国内最大の産地、八代のイグサ
八代市は国内最大のイグサの産地として知られているが、生産量は減り続けている。
20年ほど前から安価な中国産のイグサが入って価格が暴落したこと、ライフスタイルの変化により和室のニーズが減り、畳の需要そのものが減ってきたことなどがその理由だ。
今回取材した村上友教さんは、イグサ農家の4代目にあたる。畑のある八代市鏡町は干拓地で、曽祖父の代に入植してきた歴史がある。現在は2.7ヘクタールほどのイグサ畑を所有するほか、飼料用の米や馬鈴薯(ばれいしょ)なども栽培している。
周辺の農家は村上さんが子供の頃に次々にトマトや露地野菜へ転向していったというが、村上さんは現在もイグサ栽培を続けている。
この日は朝5時半からイグサの刈り取り作業を行っていた。イグサ専用の刈取機を使い、丁寧に刈り取っていく。
イグサの栽培から加工までが八代の伝統
八代のイグサ農家はイグサを栽培するだけではなく、刈り取ったイグサの加工や製品化まで行っていることが多い。オフシーズンにはゴザを作るなどの作業を行っており、設備や加工技術を持っているイグサ農家は、生産者であると同時に職人でもあるのだ。村上さんの自宅にも、刈り取ったイグサを乾かし、泥染めを行う設備が備わっている。
さらに、高齢化や後継者不足によりイグサの栽培をやめてしまった農家でも、加工だけは細々と続けているケースもある。村上さんも、すでに引退したイグサ農家に加工の手伝いをお願いすることがある。
村上さんは、イグサの栽培から畳表への加工、製品化までを八代の伝統として残したいと思っているという。
TikTokで発信し続ける意味
村上さんはイグサの栽培を続けるだけでなく、広く知ってもらうためにSNSを活用している。
イグサ畑の風景や加工作業の工程などは、動画配信アプリ「TikTok」を使って発信している。村上さん自身がファンだという人気YouTuber「カジサック」にそっくりな衣装を着て「イグサック」と名乗り、音楽に合わせて全力で踊り、ポーズを決める。全ては「みんなに振り向いてほしいから」だという。
手探りで始めたTikTokだったが、イグサ畑でジャージ姿で踊る村上さんの姿はインパクト大。「イグサ農家のTikToker」は少しずつ話題になり、10代から20代の利用者が多いとされるTikTokで、1600人を超えるフォロワーを抱えるまでになった。
取材に訪れていた肥後ジャーナルライター・山田も村上さんのTikTokに参戦。イグサ畑で一緒に踊らせてもらった。音楽に合わせ、全身を大きく使って踊る村上さんのダンスはキレッキレ。イグサの加工場や畑をさりげなく登場させることで、自然にイグサへの親しみや興味を持つユーザーもいるのだろうと感じた。
YouTubeは人気だが、農業の傍ら完成度の高い動画を作り、発信し続けるのは簡単ではない。
村上さんは「歌って踊って、イグサ畑や加工場を紹介する短い動画をスマートフォンひとつで撮影、発信できるTikTokが、自分に向いていると思う」と話す。
YouTubeやInstagram、Twitter、ClubhouseなどさまざまなSNSがある中で、自分に合ったプラットフォームの見極めは大切だ。自分の強みを生かし、継続的に更新できる方法で情報を発信する。一般ユーザーにファンを作りたいと考える農家には、必要なスキルだと言えるだろう。
農業×エンタメの可能性
実際にTikTokを始めてからどのような変化があったのか、村上さんに尋ねた。
「畳屋さんがTikTokを見て店頭の広告に使うなど、動画を活用してくれています。イグサの生産や加工について、一般の人が知る機会のひとつになってくれたらうれしいですね」
全国のフォロワーとのやり取りでは、新鮮な発見も多い。特に、イグサや畳に特に興味はなかったというTikTokユーザーが、八代のイグサや畳に興味を持ってくれることは大きな喜びだ。発信した動画に寄せられたコメントを読んで、今後の情報発信に生かすことも多い。フォロワーからの「いいね」やコメントは、イグサ農家としてのモチベーションの大きな源になっているという。
八代のイグサを絶やしたくないと話す村上さんは、TikTokを使って全国の人にもっとアピールしたいと考えている。4人の子供たちの代まで地元の伝統を残していくため、今日も農作業の傍ら、畑をバックに全力でダンスを踊っている。
編集後記
八代の特産品と言われながら、生産量が減り続けているイグサ。
生産や加工の伝統を守るだけでなく、その存在を広くアピールする方法を模索する中でたどり着いたのがTikTokのダンスだったというのは意外だった。
「イグサ栽培もTikTokもがんばって、最高にかっこいいパパになる」と語る若きイグサ農家、村上さんの挑戦は続く。