チャレンジ精神いっぱいのメカ好き農業女子
11月初め、羊蹄山の裾野一帯に収穫の終わったバレイショや豆の畑が広がる。枯れ上がった畑から「白小豆、見ていきますか?」と声をかけてくれたのは、高木農園の高木智美さん。農園の後継者で夫の晃(あきら)さんとパート1人で、バレイショとニンジン、大豆、小豆を30ヘクタール作付けする畑作農家だ。トラックの荷台のコンテナをのぞくと、ずっしり入った淡いクリーム色の豆が日にあたってまぶしい。
「これは試し刈りの分。本刈りは登熟が1週間遅れで、今日は刈れるかな……」
そう話す智美さんは、農林水産省の「農業女子プロジェクト」にも参加する活動的な担い手だ。そしてメカ好きでもある。大型農機の操縦やトラクター作業機の着脱も、自分でする。GPS自動操舵システムを採用しようと言い出したのも智美さんだ。「突っ走りがちな私に、いつも冷静なアドバイスをくれるのが夫です」と智美さん。夫婦の間には「新しい事をやりたい時は、起案書を書こう」というルールがある。「夫を説得するための準備が、いい勉強になっているのかも」と智美さん。実は智美さんの実家と高木家は隣同士の幼なじみ。夫妻は農業のパートナーになった今も、話し合いができる関係だ。
大規模畑作のまちで、小規模プロジェクトに挑戦
そんな智美さんの小さなプロジェクトが、白小豆の栽培だ。京極町では畑作の輪作体系に小豆を入れる場合、「きたろまん」「エリモ167」など赤い小豆の品種を作るのが一般的で、白小豆の生産はほぼなかった。智美さんが白小豆に出会ったのは2014年、帯広で白小豆を栽培している十勝の畑作農家、十勝とやま農場でのことだった。その豆で商品化された白小豆のジュレを、もなかの皮ではさんで楽しむ和菓子を口にして、ハッとしたという。「本当においしくてきれいで、自分も作ってみたいと思いました」。晃さんの意見は、「ひとりで作れる程度ならOK」。そこで智美さんは、3アール限定の白小豆栽培計画を立て始めた。
北海道の奨励品種「きたほたる」は、1世代前の品種「ホッカイシロショウズ」より作りやすくなったとはいえ、赤い小豆より病害に弱く、発芽率は80%程度と、智美さんの体験上赤い小豆の実績より低い。赤小豆よりも粒が小さいため収量も高くない。初年度は面積が小さいこともあってコンバインは使わず、手刈り、島立て、ニオ積み(※)から選別まで、すべて手作業で製品にした。実際に収穫してみると、白小豆は色が明るい分、わずかな汚れも目立ってしまう。「だから、機械選別した後の手選別がとても大切。白小豆作りで一番気を使う作業かもしれません」(智美さん)。その一方、製品化した豆は野菜より日持ちするので、冬の農閑期に販路開拓ができるという利点も実感した。
※ 島立て、ニオ積み:刈った豆を圃場で自然乾燥させるための工程。
手塩にかけた白小豆の使い手を求めて
智美さんが白小豆に引かれたもうひとつの理由は、使い手と直接つながれることだ。バレイショやニンジンは農協に出荷すれば終わりだが、白小豆はあえて直販している。種から育てた豆を、使ってくれる人に直接手渡したい。今年の出来や、畑で日々感じる思いまで伝わる関係を築いていきたい。それが智美さんの願いだった。マルシェやイベントで販売するなど手探りしていたところ、2016年、智美さんと旧知の倶知安(くっちゃん)町の菓子店が、白小豆のどらやきを製品化。手塩にかけた白小豆を、初めて地元の人に味わってもらえた喜びは大きかったという(現在は終売)。
そもそも白あんの原料には外国産と国内産があり、国産原料は手亡豆(てぼうまめ)が主流だ。和菓子の世界では白小豆のあんはより白いことと、あんの粒子が細かく舌触りがなめらかなことから、価値が高い。智美さんの白小豆と和菓子専門店をつないだのは、“あずき博士”として知られる加藤淳(かとう・じゅん)さん(現:名寄市立大学教授)だ。2人の出会いは、北海道立総合研究機構道南農業試験場(北斗市)の場長だった加藤さんの講演会。智美さんは自分の白小豆をしっかり売っていくために専門家の力を借りたいと考え、豆を持って挨拶に行ったのだ。
同じ時期、個性的な原料を求めて農業試験場に相談に来たのが、老舗和菓子店の五勝手屋本舗(檜山郡江差町)だった。2018年、加藤さんは智美さんを伴って江差町に出向き、白小豆の魅力をプレゼンした。「高品質で有名な備中白小豆と比べると、北海道産は粒が小さく種の色がやや黄色い。しかし現行品種のきたほたるは病害や寒さに強くて作りやすく、あんに加工した時の色が明るいという特性があります」
また、智美さんの白小豆については「羊蹄山麓は火山性土壌で、気象も土壌も豆の栽培適地です。また、高木さん自身が種まきから収穫後の調整まで品質を確認している点でも信頼が置けます」と説明した。
加藤さんのすすめを受けた五勝手屋本舗社長の小笠原敏文(おがさわら・としふみ)さん(当時専務)は、まもなく試作をスタート。結果は「あんがきめ細かく、小豆らしさがありながらすっきりした味わい」と上々で、2019年5月、ニシンをかたどったもなかが新発売された。その後、高木農園は小笠原さんの紹介で地元の豆問屋に選別を委託。これにより2020年、同店の生菓子全般に使うねりきりの原料が高木農園の白小豆に切り替わった。小笠原さんは「ひとつの商品が長生きできるのは、よい原料を作ってくれる農家さんのおかげです」といい、毎年5月になると商品POPで高木農園の姿を伝えている。
白小豆の希少さが、縁を引き寄せる
2021年、高木農園の白小豆は80アールに増産した。「今年度、赤い小豆は1.2ヘクタール。来年は白小豆の面積のほうが多くなるかも……」と、高木さん夫妻は顔を見合わせる。コロナ禍の需要減で小豆の価格が下落した一方、白小豆は価格が高い。そして取引先との信頼関係も生まれている。面積が増えてきたことで作業は機械化し、白小豆は他の作物と並んで、夫婦で作る正式品目に“昇格”した。
最近、智美さんがうれしかったのは、SNSを見た長野県の日本料理店からの問い合わせだ。その店に今年納めた2俵の白小豆は2021年秋、こだわりの白いおはぎになって全国に冷凍販売が始まっている。
「ここまで増やせるとは思っていませんでした。白小豆が思いがけずいろいろな縁をつないでくれました。うちの白小豆が使ってもらえて、商品になった姿を見るのはうれしいものですね。出会いを大切にして行動してきたことが、少しずつ結果に表れてきたのかもしれません」(智美さん)。2015年に3アールで始まった白小豆栽培は使い手と出会う度に増え続け、2022年は1.3ヘクタールの作付けを予定している。