2年ごとに3人の研修生を受け入れ
柑香園は、和歌山県紀の川市にある観音山フルーツガーデンの14ヘクタールの園地で、かんきつ類を中心にイチジクや梅、スモモ、ブドウなど数多くの果物を栽培している。一方で、20年以上前からジュースやゼリーなどを加工するほか、果物を含めた商品をEC(電子商取引)サイトで販売することも手がけてきた。2018年からは紀の川市を皮切りに京都や兵庫、山梨など全国で11店舗のフルーツパーラーも展開している。
農林水産省が農業次世代人材投資資金(旧青年就農給付金)を始めてから、同社は2年ごとに3人の研修生を受け入れてきた。大事にしているのは研修生が独立後に困らないような研修を組むことだ。
農地と販路の課題を解消
「研修生が独立する際、最も大きい課題は農地と販路の確保。うちはその両方を用意してあげます」。児玉さんは観音山フルーツガーデンで研修する利点についてこう説明する。
観音山フルーツガーデンは周囲で離農する農家から農地を積極的に引き受けている。研修生が独立する際には利用権の設定を変えて、彼ら彼女らにその農地を引き渡すようにしている。最近では新たに利用権を設定された果樹園は初めから研修生に任せるようになった。独立後に引き継がせるつもりだ。
出荷基準は食味評価
研修生の収穫物はある条件を満たせばすべて買い取る。その条件とは、観音山フルーツガーデンの社員による食味の評価。同社の選果は、糖度や酸度などを計測する光センサーではなく、社員の食味評価によっている。1本の木の中で最も味が悪そうな実をもいで食べる。それでおいしいと判断したら、その木にあるすべての実を収穫する。さらに集荷した段階でもコンテナごとに食味評価をして、最終確認をする。
児玉さんは「お客さまを中心に考えますから、基準に達しなければ、遠慮なくお断りします。うちで扱う果物は、果樹園で木になっている状態では『観音山のフルーツ』ではなく、この食味評価を通過して初めて観音山フルーツガーデンの商品となるんです」と語る。
収入を補填(ほてん)する機会を提供
一般に研修生は独立後、収入が不安定である。収入の不足分を補填するため、観音山フルーツガーデンは随時、園内の作業について卒業生がアルバイトをする機会を設けている。
ここで一人の元研修生に証言してもらおう。田中良(たなか・りょう)さん(34)だ。早稲田大学を卒業後、稲作農家やJICAなどを経て、2019年に観音山フルーツガーデンの研修生となった。
研修期間中はかんきつ類を主体に多くの果樹の栽培だけではなく、果物の調製やフルーツパーラーの店員、首都圏での販促活動などなんでも手伝った。「基本的に任せてくれるので、トライアンドエラーができて勉強になりました」と田中さんは話す。
2019年に同社のそばで独り立ちする際には、観音山フルーツガーデンから利用権設定で1.5ヘクタールの農地を譲り受けた。「独立した段階で農地や販路があるのはありがたかったですね。おまけに観音山フルーツガーデンにある機械はいつでも好きに使わせてもらえるので、助かってます」(田中さん)
地域農業への危機感
児玉さんは自社の研修の概要を紹介した後、公的機関の研修について話し始めた。
「農業の世界に入る門戸として県の農業大学校があるけど、農地をあっせんしてくれるわけでも、販路をつくってくれるわけでもない。マーケティングを学べるわけでもない。こうした環境下で農業の経営者を育てられるか、僕は疑問に思っているんです」
こうした批判の裏にあるのは地域の農業への危機感だ。高齢化が進み、放っておけば農地は荒れていく。「僕は71歳やけど、果樹の農家はもっと年いっている人ばかり。切実な問題なんです」
だからこそ新しい人を育てていきたい。児玉さんが彼ら彼女らとともに実現したいのは、紀の川市に「観音山合衆国」を誕生させることだ。その意図についてこう説明する。
「アメリカ合衆国では各州が独立した機能を持ちながら連携している。紀の川市でも販路や農機でうちが持っているものを使ってもらいながら、出荷してくれる農家や研修の卒業生らが営農を続けてもらえるような、ゆるやかな関係に基づく協力体制をつくりたいんです」
周囲とのつながりの中でどんな地域の農業が築かれていくのか。5年後、10年後が楽しみである。