急ピッチでの基準づくりが奏功し、昨秋、32人の職員が24のリンゴ農家へ副業に出向いた。
副業に参加した職員は、農作業を通じて仕事の幅が広がったと話す。県外の人らに向けて観光PRする部署の職員は「実際にリンゴ生産に携わったことで、そこでの苦労やストーリーなどを交えて説明することができています」と話す。地域の基幹産業に触れることで得られたものは、想像以上に大きかったようだ。
小林さんの農園には昨秋、計4人の職員が副業に訪れた。いずれも農業の経験はなかったというが、熱心な仕事ぶりには目を細めていた。「私は作業の指示を出すくらいで、皆さん自主的かつ丁寧に仕事をしてくれ、つる割れなどのミスもほとんどなかった。ぜひ来年の収穫時期も来てほしい」と期待を寄せていた。
民間企業への波及を目指して 自治体からはすでに約30件の問い合わせ
収穫の最盛期を終え、榊さんは「これから農家さんや参加者にヒアリングする予定ですが、ポジティブな意見が多く、双方にとってよい取り組みだったのでは」と、副業解禁について振り返る。同様の地域課題を抱える自治体からは問い合わせが殺到。取材に訪れた12月中旬も隣県の職員がりんご課を訪れ、副業を解禁するまでのプロセスやポイントについて聞いていた。
ただ今回、同市が副業を解禁した目的は、一時的な労働力の確保にとどまらない。
同市が見据えるのは、公務員の副業を契機に、地域の企業や団体にも同様の取り組みが水平展開していく構図だ。りんご課では基準づくりと並行して、地域の商工会などへ今回の取り組みに関する情報を提供するなど、副業推進を呼びかけてきた。すでに今春から、リンゴ生産に限った形での副業解禁に向けて検討を進めている企業もあるといい、徐々に波及効果が表れつつある。
「ネックなのは本業への支障。管内は中小企業が多く、土日も仕事がある企業も少なくない。さらに万が一、農作業中にケガなどした場合はどうするかも考えていかなくてはいけない問題です」(榊さん)
民間企業への波及に向けて、クリアにするべき問題は少なくない。しかし今回、公務員が口火を切ったことで、地域産業を維持していこうとする機運は高まりを見せつつある。「少ない人、少ない力で、今の生産基盤を維持していかなければいけない状況は今後も変わらないと思う。そうした状況に向けて、この取り組みが地域全体に広がっていくのを願っています」。リンゴ作業の次なるピークは6月。農繁期を迎えた同市の姿を再び取材してみたい。