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地元の“隠れ担い手”を即戦力に 農家が教える学校が人気のヒミツ

伊藤 雄大

ライター:

連載企画:凄い!農家のアイデア集

地元の“隠れ担い手”を即戦力に 農家が教える学校が人気のヒミツ

荒れた里山や耕作放棄地を解消するにはどうすればいいか。地域で暮らしてきた人たちの技術をどう継承していくか。そんなことを考えた地元の有志がつくった「里山技塾(さとやまぎじゅく)」は、農家を講師に迎えて、農業や農村の技術を教える学校です。技術や里山の魅力を伝えたい農家と、専業ではないが農業・林業技術を学んで実践したい「潜在的な生産者」をマッチングし、担い手を増やしていく──。その背景や仕組みをお伝えします。

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「里山技塾」を開いたわけ

町報に掲載してもらったチラシ

筆者が住む大阪府豊能郡能勢町で、地元の農家が技術を教える学校「里山技塾」がスタートしたのは、2020年12月と、つい最近のことです。
町からは広報や事務的な面でサポートを受けていますが、運営母体は「能勢なつかしさ推進協議会」という町おこしの活動をする地元有志の団体です。
私は、兼業で農家をしながら、協議会の活動をスタッフとして手伝っており、塾の第1回の講座である“栗の学校”の事務局をしています。
栗の学校の先生は、農協の営農指導員でも普及所でもなく、地元・能勢町で栗を30アール栽培している西田彦次(にしだ・ひこつぐ)さん。生徒は、能勢町に住む18〜65歳の老若男女約20人です。
当初、定員は10〜15人としていましたが、11月に募集して1カ月ほどで応募が殺到し、増枠をして締め切っても、いまなお応募が多数あるような状況です。
栗の学校の受講料は年間3万5000円と有料ですし、開催日も平日であるにもかかわらず、一般企業に勤めながら有給休暇をとってまで参加してくれている人もいます。

町でも、農協でもなく、有志と農家がそろえばどこでもやれる、農家を育てる学校──。そんな取り組みが、全国で広がればいいなと思い、その背景や仕組みについて、できるだけ詳しく書いていこうと思います。

栗山を守ることは、町の農業を守ること

特産の炭づくりに欠かせないクヌギ原木の切り出し作業。里山で働くこと、産業を継続することは、里山を守ることにつながる

能勢町は大阪最北端にある中山間地域です。町の特産のひとつが栗で、なかでも「銀寄(ぎんよせ)」という町発祥の大粒の品種は、他の産地の同じ品種と比べても倍以上の価格で取引されており、10月頃には直売所が栗目当てのお客さんでにぎわいます。
そんな産地ですら、全国の中山間地域と同じく、少子高齢化や都市部への人口流出の影響で担い手は減り、放置された栗山(栗園)が目立ちます。これにより、ただ栗の出荷量が低下するだけではなく、動物が住む深山と人里の境界が曖昧になり、動物たちが田畑を荒らすようになりました。山の斜面も、シカが食べない笹ばかりが残るステップ地帯のような風景が散見されます。里山の恵みに支えられてきた中山間地の生活は、里山が崩壊すると成り立ちません。
先人の努力で栗のブランディングに成功し、販売価格が上がったとしても、考えてみれば当たり前ですが、担い手、つまり現場で汗水を流して働く人たちがいなければ、栗山も農村も荒れていくのです。農村の美しく健康的な景色は、誰かが汗水たらして働いてこそ維持されるものなのです。

そこで、第1回は能勢町の基盤ともいっていい「栗栽培」をテーマとしました。それも、1回きりの体験のような授業ではなく、毎月1回、1年間にわたってじっくり学んでもらい、即戦力とはいわないまでも、確実に担い手になってもらうような仕組みを考えました。

里山技塾の仕組み

「就農ねらい」ではなく「副業ねらい」

さまざまな年齢層の参加者が集まった

里山技塾は「農村の仕事の即戦力をどうすれば増やすことができるか」を考えた取り組みですので、田舎暮らし体験などのように「消費者」がターゲットなのではなく、「潜在的な生産者(担い手)」をいかに掘り起こすかがねらいです。チラシの雰囲気はもちろん、年間3万5000円(1回3500円の計算。1回限りのポイント受講は1回4000円)と有料にしたこと、また平日開催にしたことには、ターゲットを絞り込む意図がありました。
「潜在的な生産者」として念頭に置いたのは、イネ・野菜農家はもちろん、町内の自営業者(飲食店など)、定年退職者、主夫/主婦層です。すでにある程度栗を栽培している農家の人たちは農協や普及所の講習会に行っているでしょう。そういった講習になんとなく行きづらかったけど、本当は栽培を学びたいと思っている人たちです。
栗の専業農家として就農したい人を探すのは難しいですが、副業として栗を栽培したい人たちは多いはず。幸いなことに、栗は、ブドウやモモなどのデリケートな果樹と比べると、最低限かけるべき手間が少なく副業に向いています。
結果的に、集まったのは「新しい品目として栗を取り入れたい」という農家が5人で、他はさまざまな職業の人たちです。動機もさまざまです。
「食材としてこれまで栗を扱ってきたが、自分でもつくってみたい」という町内のパン屋さんやイタリア料理屋さん、シルバー人材センターのスタッフとして栗山を扱うこともあるがもっと勉強したいという人、地元で育った者として栗栽培を学びたいという殊勝な大学生、「祖父が残した栗山をもっと上手に守りたい」という女性、移住のきっかけをつかみたいという町外在住の人、建築家、ウェブデザイナー、植木屋さんなどなど。
個人的に驚いたのは一般企業に勤める人たちで、「コロナをきっかけに、仕事のあり方を考えている」「生産事情を知って、本業に生かしたい」と、有給休暇をとってまで毎回参加してくれています。
私が思っていたよりも、「潜在的な生産者」の裾野は広かったようです。

講師が農家

講師をお願いした西田彦次さん

前段でも触れましたが、講師をお願いしたのは、農協や農業改良普及所の職員ではなく、町内在住の農家です。栗の先生になってくれた西田彦次さんは、その昔、自分に栗栽培を熱心に教えてくれた高校の先生に恩を感じており、地元学校の生徒たちに“社会人先生”として授業を開いたり、高校生に対して自宅の栗山で私塾を開いたりして、技術を次世代につなぎたいという思いの強い人です。
地元の農家が講師だと、次のようないいことがあります。

ポイント

  • 教科書的な栗栽培ではなく、地域に合うように改良されてきた「能勢の栗栽培」を教えてくれる。土質や日当たりなどの地域性や、自分自身のリアルな失敗談などを聞け、そのうえでアドバイスをもらえる
  • フットワークが軽やかで、生徒一人一人に対して親身になってくれる
  • 講師が自分の栗園を持っているので、実習でいろんなことをさせてくれる

など、挙げればきりがありませんが、座学ではなく、仕事をするように実物を見て、触って、やってみることで、言葉では説明しにくい部分を補ってくれます。
また、「先生」と「生徒」の「教える」「教わる」といった関係性というよりも、先生と生徒が協力しあって、学べる場をつくっていく、という雰囲気にもなります。

年間講座なので、実がなりそうな枝に果たして本当に実がなるかなど、観察していく

剪定(せんてい)の実習。2〜3人に1本ずつ実習樹をあてがい、相談しながら剪定。今後も観察してもらう

実際に太い枝も恐れずガンガン切っていくと、決断が早くなる

家ならではの「あったら便利な道具」も紹介。道具にフックをつけると便利

原資ゼロでスタート。受講料は共同で使う道具としても還元

里山技塾運営のしくみ

塾自体は受講料で運営できるため原資はゼロです。講師料や事務費用、次年度以降の運営費などを差し引いて余った分は、卒業生が栗を栽培するための共同道具(チェーンソーなど)を購入するなどして還元したいと思っています。
卒業生同士の交流が続くことによって、結束力が強まり、新しい動きも起こるのではないでしょうか。

役場や農家と協力して「農地」「剪定業務」のあっせんも

年間受講者の特典として、希望者には役場や地元の農家と協力して「農地(借地)」のあっせんも行っています。また、冬場の「剪定業務」もいくらか紹介することにしています。
学ぶだけでなく、せっかく覚えた技術をすぐに実践してもらえるような場を用意することで、翌年からすぐに遊休栗山の解消が劇的に進むことをねらいました。
現在バリバリに野良仕事をしているのが60〜80歳というこの町では、うかうかしていられないのです。

田舎は「副業」の宝庫

里山技塾では、栗のほかにも、里山の技術を地元の人たちに教わりつつ、担い手人口を増やすことを通じて、荒れた里山を元に戻していくような公益性のある講座を展開していこうと考えているところです。
昔の農村では「春夏は農業、冬は林業」など、あいた時間に他の仕事をするのが当たり前でした。だから、農村には「専業として1本でやっていくのは難しいけど、副業としてやるならいいかも」という仕事が、どの地域でもたくさんあるように思います。

私の地域と似たような悩みのある人は、仲間を集めて、自分たちで開く「学校づくり」をしてみてはどうでしょうか。「潜在的な生産者」は、あなたの近くにも、きっと、たくさんいるはずです。

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