地域ブランド牛の競争激化、経済のグローバル化にも揺るがない畜産ブランドの確立を
「国産牛肉」と言えばどの産地を想像しますか?
現在国内では、三大和牛を筆頭とする銘柄牛が百種類以上に上り、競争は年々激化しています。地域ブランド牛業界は、まさに戦国時代の様相を呈しているのです。それに加え、TPPやEPAの発効、日米貿易協定の最終合意など経済のグローバル化が加速。国内の畜産農家は、日本だけでなく海外とも戦わなければならない状況になりました。
「経済のグローバル化を危惧する声は徳島県内でも非常に多く、平成29年度の生産者アンケート調査では、実に約7割の生産者が悪影響を及ぼすと考えています」と教えてくれたのは徳島県畜産振興課の田上総一郎さんです。
「しかし、その一方で輸出への興味・関心があると答えた生産者が約3割存在していたのも事実です。県産ブランド畜産物のブランド力強化や品質向上、JGAPや農場HACCPの認証取得を通じた安心・安全な畜産物の生産、輸出に伴う勉強会の開催や輸出関連情報の必要性を実感しているという生産者の切実な声を受け、国内外で勝負できる畜産ブランドの確立を決めました」。
「JGAP認証」の牛肉、本当においしいの?県が主体となり、”おいしさの裏付け”に奔走
このように徳島県では、ブランドの高付加価値化、厳しい国際競争など一見ピンチに見える現状をチャンスと捉え、「徳島県の畜産物を積極的に海外輸出する好機」と考えました。東京五輪×GAP認証をきっかけに、徳島県の畜産物×JGAP認証で世界を視野に入れた畜産ブランドを確立しようとしたのです。
「『とくしま三ツ星ビーフ』の定義の土台になったのが〈JGAP家畜・畜産物の認証取得〉です。さらに〈徳島県育ちの牛〉〈高品質な枝肉〉を認定要件に加え、黒毛和種を〈ゴールドスター〉としてJGAP認証農場・28カ月齢以上・A4またはB4等級以上、BMS5以上と定義。交雑種の〈シルバースター〉は、JGAP認証農場・25カ月齢以上・A3またはB3等級以上、BMS3以上と定めました」と田上さん。しかし、取り組み当初は『とくしま三ツ星ビーフ』のおいしさに疑問を持つ人もいました。
そこで徳島県は「おいしさ」を裏付ける客観的なデータを得るために奔走を始めます。畜産振興課の大久保喜美さんは、「JGAP認証取得が牛肉のおいしさにどう関係するのかという声を受け、黒毛和種の血統・和子牛の流通経路・牛肉のおいしさ評価として成分検査及び官能検査について考察などを進めました」と話します。
「まず、血統ですが、国がまとめた令和2年度の全国の家畜市場で売買されている約38万頭の和子牛のデータを確認したところ、このうち約11万頭の父親は人気のある種雄牛10頭であることが判明しました。つまり流通する和子牛の多くは同じ父親を持つ同系統で、『とくしま三ツ星ビーフ』の血統もこれに当てはまることがわかりました。さらに和子牛の流通経路は、有名ブランド牛も『とくしま三ツ星ビーフ』も全国の家畜市場が起点であることに変わりはありません。また、人間の五感を使って品質を判断する官能検査では、有名ブランド牛より総合評価では勝っており、おいしさ評価としての成分検査では、オレイン酸の割合が有名ブランド牛と同程度であるという結果も検出されました」と話す大久保さん。JGAP認証取得に加え食味の裏付けを行い、ブランド化を推し進めてきたということですね。
これらの検証結果などから、『とくしま三ツ星ビーフ』は有名ブランド牛に勝るとも劣らないおいしさを誇ることがわかりました。これに加え、アニマルウェルフェアに配慮したJGAP認証農場で牛たちにストレスなく飼育されていることから、おいしさ、安全性、持続可能性のすべてを兼ね備えたブランドが誕生しました。
JGAPを目指したことで牛に向き合う姿勢が変わり、仕事への誇りが明確に
こうして誕生した『とくしま三ツ星ビーフ』認定制度は、県職員の地道な努力や、知事の公印が押された認定証がオンライン上で迅速に交付されることなどから、生産者にじわじわと浸透していきました。そんな県の熱い思いに一番に賛同してくれたのが「株式会社 肉の藤原」の代表取締役社長・藤原幸作さんです。
藤原ファームは「Farm to table(農場から食卓へ)」を実践する株式会社 肉の藤原の直営牧場で、肥育から屠畜(とちく)、販売までを“一貫”して手掛けているのが特長。こうしたこだわりを凝縮した阿波牛の中でも特に優れた肉を「阿波牛のきわみ 一貫牛」と命名し、自社ブランドとして販売しています。
すでに確固たるブランドを持つ藤原ファームが、なぜJGAP認証取得に挑み、『とくしま三ツ星ビーフ』認定生産者、流通業者に名を連ねることを決めたのでしょうか。
「畜産におけるJGAP認証を取得するには食品安全、家畜衛生、労働安全、アニマルウェルフェアなどを目的とした基準を遵守するための点検項目を定め、これらの実施、記録、点検、評価を繰り返しつつ、生産工程の管理や改善を行うことが必須です。実際に始めたものの途中で挫折したらどうしようと、取得して終わりのものではないので、取り組むことを即決はできませんでした。それでも、畜産振興課の皆さんの熱意に根負けしました(笑)」と藤原社長。
実際、藤原ファームでは認証取得に向け、作業工程すべての文書化や日々の作業日誌、給餌や飼料、診療、車両・機械のメンテナンスなどJGAP認証の基準書に沿った書類作成を行うようになり、ファームの水質検査や重機の免許取得、救命講習の受講など、作業が格段に増えました。
「でも、これによって従業員の仕事ぶりが変わり、みんなが作業に意味を見出せるようになりました。報告・連絡・相談があたり前になり、牛の情報を共有することでより一層愛情が湧き、作業日誌はさながら育児日記のよう。なにより社長である私の意識が大きく変わり、JGAP認証農場にふさわしい行動をしなければと志が高くなりました」とそのメリットを語ってくれました。
JGAP認証のメリットは無限大!?販路拡大、米国輸出など次々とミラクルを生み出す徳島県
事業者間の連携をより促進するため、令和3年5月には官民一体となったブランド確立対策協議会(ちなみに会長は藤原社長)が設立されます。県の補助金を活用した生産振興に力を注ぎ、JGAP認証取得後の維持管理や牛舎の整備などをバックアップ。需要喚起や販路拡大においては、県内のホテルや肉料理専門店など200を超える外食産業、および大量消費地である首都圏の肉料理専門店と連携した消費の拡大を後押ししています。
さらに県産牛肉初となる米国への輸出を実現するという快挙も!畜産振興課がジェトロ(日本貿易振興機構)に『とくしま三ツ星ビーフ』の輸出を相談したところ、ちょうど地域ブランドの黒毛和牛を探していたシンガポールの食肉卸売加工販売会社とのご縁があり、そこを介して2021年3月の輸出が決定。以降も定期的な輸出依頼が続いているといいます。
「JGAP認証を要件に入れた黒毛和牛であり、アニマルウェルフェアを考慮している点が海外バイヤーから高く評価されました」と田上さん。藤原社長も「今後も米国を中心に『とくしま三ツ星ビーフ』の輸出を継続していきたい」と意欲的です。
2022年1月からは米国に加え、なんと欧州にも進出することが決まりました。「輸出を機に地元での認知度も上がり、お客様から『どれがとくしま三ツ星ビーフなの?』と聞かれることが増えました」と嬉しそうに語る藤原社長の笑顔が印象的でした。
相応の取り組みが必要なJGAP認証取得にすべての生産者が踏み切れるわけではないでしょうが、得られる成果はとても魅力的。畜産振興課の手厚い支援のもと国内外での販路拡大が図れる実益はもちろん、プライドという副産物が生産者の心をとても豊かにしていると感じました。藤原ファームを例に挙げるなら、社長や従業員の言動に変化が生まれただけでなく、飼料を提供してくれる業者の方々にもJGAP認証農場の一員という誇りが芽生え、チーム藤原ファームとしての連帯感が生まれているよう。
官民一体で推進を進め、地域や農業活性化の起爆剤となったJGAPは、今後も徳島県にさらなる変化をもたらすでしょう。
取材協力
徳島県農林水産部 畜産振興課
住所:徳島県徳島市万代町1丁目1番地 徳島県庁6階
電話:088-621-2415
株式会社 肉の藤原
住所:徳島県徳島市仲之町3丁目10番地
電話:088-652-1984
お問い合わせ先
一般財団法人日本GAP協会 Japan GAP Foundation