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医療法人が常陸牛の繁殖農家に! 高齢化する地域の担い手へ成長 

林 ぶんこ

ライター:

医療法人が常陸牛の繁殖農家に! 高齢化する地域の担い手へ成長 

袋田の滝で有名な茨城県大子町(だいごまち)にある「医療法人直志会」は、畜産農家として事業内容が登記されている珍しい医療法人。精神科病院である袋田病院を中心に障害福祉サービス事業所を展開し、関連施設である「アミーゴ牧場」で黒毛和牛の繁殖を行っています。そこから出荷される子牛は高品質で、しばしばせり市場で高値がつくほど。人口減少時代に、新たな農業の担い手として注目を集める農福連携に1977年から取り組むアミーゴ牧場とは?

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アミーゴ牧場とは

茨城県大子町にあるアミーゴ牧場では、地場産業である黒毛和牛の繁殖が行われており、約50頭の牛が飼育されています。牧場を運営するのは、精神科の病院である「袋田病院」を中心とする医療法人直志会。牧場の隣には宿泊型自立訓練(生活訓練)施設「アミーゴ荘」と就労継続支援B型事業所「MINA AMIGO(ミナアミーゴ)」があり、精神障害のある利用者たちが牧場の仕事に携わりながら、社会復帰を目指しています。

現在「アミーゴ荘」には約10人、「MINA AMIGO」には約20人の利用者がおり、12人いる専門スタッフのサポートの下、牧場内で牛舎の掃除や飼料づくり、牛の世話などをしています。また一部の利用者は、せり市場や畜産農家のヘルパーとして、牧場外に働きに出ています。

病院の裏山で育てた1頭をきっかけに

アミーゴ牧場は、袋田病院の初代院長、粉川克己(こながわ・かつみ)さんのひとつの思いから始まりました。大子町周辺は和牛の繁殖が盛んな地域であり、ほとんどの農家が牛を飼っていたため、牛は身近な動物でした。病院開院後、試験的に裏山で1頭の牛を飼い始めたところ、患者さんが楽しそうに牛とふれあい、その姿を見た院長が「これは精神疾患のリハビリテーションになる!」と、だんだんと牛の頭数を増やしていったのだそうです。

病院が開設されたのは1977年、精神病院に対する偏見が今よりもっとあった昭和の時代です。「精神障害者に対する誤解や偏見を取り除くためには、病院が地域と接する機会をできるだけ多く持たねばならない」と初代院長は考え、大子町の人たちとお酒を酌み交わす機会をよく設けていたとのこと。

地域住民の一人として冠婚葬祭の付き合いも欠かさなかった院長は、東京の下町出身の気さくな人柄で、一杯やりながら「牛の飼育について教えてほしい」と、地域の人たちとの親交を深めていきました。そして袋田病院についても、だんだんと地域の人たちから理解されるようになっていきます。

最初は精神障害の人たちがつくった牛なんて、という目で見ていた人たちも「粉川先生の病院の牛」という見方に変わっていき、地場産業を盛り上げていく同志として病院の牛の育成に力を貸してくれるようになっていきました。

1.5リットルのミルクを一気飲みする元気な子牛。予定日より3週間も早い超早産で生まれた(画像提供:アミーゴ牧場)

一流の牛を生産できる牧場に

精神疾患のある患者のリハビリを兼ねた施設として始まった牧場。そこで働く利用者たちは、牛の扱いを任せられるヘルパーとしても地域からも頼りにされるようになり、その存在はだんだん地域に浸透していきます。そうなるにつれ「クオリティーの高い牛を生産することでさらなる精神障害者の社会復帰を目指そう!」との考えが強くなり、2000年に2代目院長に就任した的場政樹(まとば・まさき)さん指揮の下、牧場は高品質な牛の生産に向けてかじを切りました。牛の専門家を呼んで繁殖方法をしっかりと学び、試行錯誤を重ねながら、約20年かけて地域の牧場から一流の牛を生産する牧場へとシフトチェンジしていったのです。

2020年4月JA常陸大宮市場で最高値をつけた「涼月(りょうげつ)号」など、せり市場で高値でせり落とされることが多くなったアミーゴ牧場の牛。高値で取引されれば「自分が世話をしている子牛が高く売れた!」と施設の利用者たちにも自信が生まれ、自立へとつながります。一流の常陸牛としてのブランドを築きつつあるアミーゴ牧場の牛は、そういったプラスの連鎖も生み出しています。

高品質な牛の生産に手応えを感じた牧場では、2022年度の全国和牛能力共進会・茨城県代表を目指した子牛の育成も始めています。

全国和牛能力共進会・茨城県代表を目指すみさと408号

利用者を「支えられる存在」から「地域を支える存在」へ

アミーゴ牧場では、牛舎(ぎゅうしゃ)の掃除や牛の世話、飼料づくりといった牧場作業の他に、農家やせり市場をサポートする畜産ヘルパーの仕事も請け負っています。なんとか牛は飼育できてはいるもののせり市場まで牛を運べない、市場までは運べても牛を引っ張れないという高齢農家が多くなり、ヘルパーの仕事は年々増えています。

1時間当たりの工賃が350円の牧場の仕事に比べて、牧場外で働く畜産ヘルパーの仕事は茨城県の最低賃金相当額が工賃として支払われるため、利用者からの人気もあるのだとか。しかし、大きな牛をハンドリングできる技術が必要で、それなりのスキルを持った利用者でないとできません。「支えられる存在から、支える存在へ」を合言葉に利用者を地域を支える人材にすべく、牧場では畜産の仕事以外にも、高齢化が進む農家の担い手不足を補える就労支援プログラムの提供に力を入れています。

農場として高品質な牛の生産が認められるようになったアミーゴ牧場。運営する医療法人直志会は、2020年より事業内容として畜産業を登記できるようになり、正式に畜産業を営むまれな医療法人として活動しています。利用者に提供できる就労支援プログラムの幅も広がり、耕作放棄地を再生して行う自然農法で米や野菜を栽培し、病院食として提供するなど、先進的な農福連携の取り組みが行われています。

耕作放棄地を利用し自然栽培した「アミーゴ米」

スタッフへの新居の提案・紹介も

アミーゴ牧場のスタッフには牛の繁殖に関わる牧場の仕事の他に、ジョブコーチとして利用者に仕事を教える役目もあります。利用者の様子を見ながら、任せられる仕事を決め、利用者の自信を少しずつ付けていきます。大変そうに感じますが、スタッフたちは「利用者から教えられることの方が多く、この仕事は楽しい」と口をそろえます。

福岡県や長野県などの出身者もおり、全国各地から「袋田病院・アミーゴ牧場」の理念に共感して大子町に移住してきたスタッフたち。牧場ではスタッフの大子町における新居の提案・紹介もしており、移住者の定着にも一役買っています。

過疎・高齢化地域の担い手へ

アミーゴ牧場

高齢化率47.7%(2021年7月時点)と茨城県下で最も高齢化が進む大子町は、農福連携に取り組む「袋田病院・アミーゴ牧場」にとってある意味、好環境な場所。高齢化で人材不足に悩む地域の人々を利用者がお手伝いする関係が築きやすく、支えられる存在だった利用者が地域を支える担い手として成長していける可能性が高まります。

過疎・高齢化が進む地域の農業を担う働き手として農福連携を推進し、地域社会への貢献を図る「袋田病院・アミーゴ牧場」。その活動にこれからも目が離せません。

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