正確な情報を渡せるのが信頼できる産地
「産地の信頼は正確な情報を取引先に渡せるかどうかにかかっている。このツールを使えばそれができると思った」。JA伊豆の国営農事業部長の蜂屋幸(はちや・みゆき)さんがこう評価するのはECサイト「Tsunagu Pro(ツナグ・プロ)」。農業資材の販売事業を手掛けてきた株式会社Tsunaguが2021年7月からサービスを展開している。
農産物の直接的な取引を促すECサイトの多くは、売り手として農家を、買い手として個人や飲食店などの小口の事業者を主にしている。一方でTsunagu Proでは売り手としてJA、買い手として青果卸や量販店、学校給食事業者などの大口の事業者を主としている。
収穫前にデータで受発注
基本的な利用の流れは次の通りだ。JAは農家から当面出荷する品目や規格、量、日時などのデータをオンラインで収集。それを踏まえて取引先に商品を提案して、注文があった分を農家に発注する。逆に取引先から欲しい商品の提案を受けることもできる。
ただし、導入したすべてのJAでこの通りにいっているわけではない。ほとんどの農家がデジタル化にすんなりと対応できるわけではないからだ。スマートフォンやパソコンを所有していなかったり、所有していてもTsunagu Proのシステムを使いこなせなかったりする。
そこでJA伊豆の国では生産部会を通じて作付けの実績やその後の生育状況などの情報を収集して、時期に応じた収穫量を予測。そのデータをTsunagu Proで取引先に公開して、買い手を募集する方法に転じた。つまり、あくまでもTsunagu Proを活用するのはJA伊豆の国であって、農家にはデジタル化の対応で負担はかかっていない。
事前の取引で値崩れを防ぐ
JA伊豆の国がTsunagu Proを活用して、まず取引を始めているのは地元にある量販店や菓子屋など。扱っている主な品目はイチゴとミニトマトなどである。いずれも特産品で取扱量が多く、出荷の予測が立てやすいからだ。
今後は市場への出荷にも応用していく。同JAの農産物の6割が向かう先は京浜地方だが、これまでは出荷量が多すぎると、地元の市場に戻ってくることも。地元の市場にも同じ品目を出荷しているので、だぶついてしまうことがある。結果、値が崩れる。Tsunagu Proでは事前に取引を済ませることができるため、こうした事態を防ぐことにもつながるという。
同時に計画しているのは農産物直売所においての活用だ。同JAには三つの農産物直売所がある。その運営で課題とされてきたことは二つある。
一つは同じ時期に同一の品目の農産物が過剰に出荷されることへの対策だ。過剰出荷は、農家が横並びで同じ品目を作ってしまう結果である。その場合にTsunagu Proで飲食店や量販店などに契約を持ち掛ければ、売れない分を減らすことができる。
もう一つは農産物直売所での地場産の割合を増やすこと。同JAで取り扱っている農産物の産地の内訳はおおむね地場産が7割、それ以外が3割となっている。蜂屋さんは「地場産の割合はかなり多いほう」とはいうものの、「さらに増やしたい」と考えている。そのために引き入れたいのはJA系統への出荷が皆無、あるいは少ない農家。Tsunagu Proで購入したい品目ごとに価格や数量を示すことで、JAへの出荷を選択肢の一つにするよう促していく。
JA経営の立て直しには経済事業の自立が必須
ほかの多くのJAと同じく、JA伊豆の国にとっても経営課題は経済事業を立て直すことだ。営農販売課課長の萩原孝彦(はぎわら・たかひこ)さんはこう打ち明ける。
「これまで経済事業の赤字は金融事業で埋めてきた。ただ、それがもうできなくなりつつある。JAバンクの貯金の金利が下がり、JA共済の保有高も下がっているからだ。うちのJAにとっては経済事業を黒字化することは急務」
ただ、営農・経済事業の立て直しといっても、営農事業ではほぼ収益がない一方で管理費が出ていくばかりなので、赤字から逃れることは難しい。代わりに伸ばそうとしているのが購買事業と販売事業である。中でも注力するのが「直販事業の拡大」だ。2019年度に「3か年計画」で策定した「経済効率化プログラム」でこれを重要事項に位置づけた。蜂屋さんが説明する。「農産物の取扱高に対するうちの手数料は、市場出荷が1%なのに対して直販が5~10%。直販を増やすことで収支を改善しないと厳しい」
同プログラムで目標に掲げたのは、2018年度に2億7400万円あった経済事業(営農指導除く)の赤字について、独自の改善策によって2021年度までに8030万円を解消することだ。まずは量販店の新規開拓や既存店との取引拡大によって2020年度に9010万円を解消した。目標を前倒しで達成できたわけである。
蜂屋さんは「経済事業の改善はまだまだ現在進行形。Tsunagu Proを活用すれば、改善の余地はさらに広がると考えている」という。
JA伊豆の国がTsunagu Proを評価するもう1点は、取引先への発注書や納品書などの帳票類の入力と出力が簡単にできることだ。営農販売課の直販担当である與五澤真(よごさわ・まこと)さんは「今までは受発注に紙を使ってきたので、入力や出力に手間はかかるし、誤って記載することもあった。今は入力の手間がなくなって、伝票を処理するのにかかる時間は数十分の一くらいで済んでいる。もちろん誤って記載することもなくなり、とても助かっている」と話す。
JA伊豆の国は静岡県東部にあるほかの7つのJAと合併して、4月1日に「JAふじ伊豆」として出発する。JA伊豆の国の農産物の取扱高は51億円。合併すれば170億円になる。新生JAでもTsunagu Proを活用することを検討する。取り扱う農産物の量や品目が増える強みを生かして、大口の取引を進めたり、旧JAで運営してきた農産物直売所間で足りない時期に足りない品目を補い合ったりする。蜂屋さんは「いいツールが見つかったので、合併は直販を広げるチャンスだと思っています」と話している。