厳しいガス障害から回復
松尾さんは現在キュウリを作っている武雄市若木町川古(かわご)が出身地。県外の農業関連施設や農業法人に勤めてから、地元に戻った。JAさがが2年かけてキュウリやトマトを作りたい人を育てる施設「トレーニングファーム」や、「キュウリの神様」と称される農家の山口仁司(やまぐち・ひとし)さんのもとで研修を受けた後、2021年に独立就農を果たしたことは以前の記事で伝えたとおりだ。
経営耕地面積は22アール。加温機や二酸化炭素の発生装置などの環境制御機器を複合的に導入している。
1年目から高収量をあげられたのは、もちろんトレーニングファームと山口さんのもとで計2年半にわたり実践的な研修を受けた成果である。松尾さんは「問題に対処する引き出しを多く持つことができた」と振り返る。
2021年はスタートの年としては厳しかったといえる。台風による大雨や重油高に加えて、牛ふん堆肥(たいひ)を原因とするガス障害の発生に悩まされたからだ。
松尾さんは山口さんにならって、定植前にマルチシートを全面に敷いている。その理由は「定植後に敷く面倒を避けることと活着や根張りを良くするため」とのこと。
ただ、堆肥を入れてマルチシートを張ってから3日後、ガス障害が発生した。すぐにマルチシートを剥がして、散水するなどの対処をとる。「ガス障害を見た人からは、『よくここまで回復できたね』と言われます。それもこれも、引き出しが多くあって、次々に出てきた問題に対処できたからですね」(松尾さん)
師匠のありがたさ
また、師匠である山口さんの支えが大きかったという。山口さんは松尾さんに限らず、産地の農家を回っては無償で助言をしている。困っている農家から電話が入れば出し惜しみすることなく答えるし、時間があれば現場に駆けつけるそうだ。
「トレーニングファームや山口さんのところで実践的な研修を積んできたけれど、現実に起きた問題への対処という点では、まだまだ足りないところがあったというのが1年目の実感です。知識としては持っていても、その道具をいつ、どういうタイミングで使えばいいのかが分からないことって結構あるんです。そんな時に(山口)仁司さんが来てくれて、とても助かりました」(松尾さん)
山口さんが支えてくれるから、多少の問題が生じても、諦められない気持ちが強くなったという。松尾さんによれば、そんな気持ちでいるのは自分だけではなく、山口さんが講師を務めるトレーニングファームの卒業生も同じであるそうだ。
とくに力を入れた従業員教育
ところで松尾さんが1年目でとくに力を入れたのは、すべての従業員が管理作業をできるようになってもらうこと。現在雇用しているのは社員1人とパート2人。最初は、それぞれの適性に応じた管理作業をしてもらい、だんだんと慣れてもらっていった。そのうちにそれ以外の管理作業もこなしてもらった。
それでも、1年目ということもあり意思疎通がうまくいかず、計画していたとおりには農作業がはかどらないことも少なくなかった。作業の遅れを取り戻すため、臨時で人を雇うことがかさなった。結果的に労務費は年間で500万円を超えた。当初の計画では400万円と見込んでいたので、25%増である。
「経営を始めてみて、人を雇うようになり、しゃべって伝えることがとても難しいことだと感じる毎日です。それでも一生懸命についてきてくれる従業員にはとても感謝しています」と松尾さん。2年目の抱負についてはこう語った。「今年は意思疎通をしっかり図りながら、的確な作業ができるようにしたいと思っています。これについては毎日が試行錯誤ですね」
松尾さんの課題は産地の課題
こうした松尾さんの課題は産地の課題でもある。トレーニングファームの研修生は土地も家も機械も施設もない人ばかり。親元で就農する人とは出だしから違う。このため、講師を務める山口さんは、卒業生には経営耕地面積を20アール以上にした雇用型経営を勧めている。10アールで35トンをあげれば、1000万円にはなる。20アールならその倍の2000万円だ。これだけ稼げば、土地や資材の借金も返せるとみている。
松尾さんが雇用に関する悩みをどう克服するか。産地にとってもその行方は注目される。