予察情報の利用方法
各都道府県の病害虫防除所(以下、防除所)は、地域における病害虫の発生状況と予測についての情報を「予察情報」として定期的に発表している。
防除所の発生予察は情報量が多いため、まずはどのような内容が書かれているのかを整理したい。
予察情報の利用方法
各都道府県の病害虫防除所(以下、防除所)は、地域における病害虫の発生状況と予測についての情報を「予察情報」として定期的に発表している。
防除所の発生予察は情報量が多いため、まずはどのような内容が書かれているのかを整理したい。
発生予察情報の種類
発生予察情報にはいくつかの種類がある。予報、警報、注意報、特殊報、その他の5種類があり、この分け方は全国共通である。
効率的に情報を得るために、それぞれの意味と発表されるタイミングを押さえておきたい。
予報
おおむね1カ月に1回のペースで定期的に発表される。年度ごとに第1号から発表され、2号、3号と号数が重ねられていく。
発表された時期に例年発生する病害虫の種類や実際の発生状況、防除対策について書かれている。
警報
重要な病害虫が大発生することが予想され、緊急で防除対策が必要な場合に出される。警報が出されるのは、農作物が壊滅的な損害を受けるほどの事例であり、めったに発令されることはない。
近年では2020年10月ごろに西日本で大発生したトビイロウンカのケースで警報が発令された。山形県では過去20年近く警報は出されていない。
注意報
警報ほど深刻ではないが、重要な病害虫が多発することが予測され、早めの防除対策が必要となるときに出される。
東北地方など稲作の盛んな地域では、7~8月に斑点米カメムシ類の発生で注意報を出されることが多い。
特殊報
これまで県内で未確認だった病害虫が発見された場合や、毎年見られる病害虫でも、極端に減ったり増えたりといった例年とは異なる現象が見られた場合などに発表される。
近年の気候変動や物流の変化などによって、他県または海外で見られる病害虫が侵入してくるリスクが懸念されるため、特殊報にも注意が必要である。
その他
「その他」は各都道府県が独自の判断で発表できる予察情報の総称。
山形県では、危険度に関して注意報の下に「発生速報」を置き、月2回の調査が終わるたびに適宜情報を公開している。
他県では「防除情報」や特定の病害虫や作物の名前のついた予察情報などを、その他として発表しているところもある。
情報の中身と見るべきポイント
一年で最も病害虫が懸念される7~8月は、生産者にとっても農繁期となる。限られた時間の中で効率的に情報を抜き出したい。
農林水産省によると、防除所が生産者に提供すべき主な発生予察情報は次の2点とされる。
・今後、発生が多くなると予測される病害虫
・病害虫を効率的に防除できる時期
ただし、情報のまとめ方や用いられる用語は都道府県ごとで異なる。そこで、全国で共通傾向にある項目を以下のように整理した。
自分の地域ではどのような用語・形式になっているのかを確認する目安としてほしい。
要点・概要
予察情報の冒頭で特に重要なポイントが要点や概要として示される。自分に関係する作目や病害虫が、この要点・概要に書かれていたら、特に注意して詳細な情報を確認したい。
一覧表
作物、病害虫、発生時期・発生量などがまとめられた一覧表。最低限の情報量で見やすく整理されているので、自分の栽培している作目の状況を一目で確認できる。
作目ごとの解説
各作目名が見出しとなって、それぞれの予察情報が詳しく記載されている。作目ではなく病害虫ごとに項目を立てて解説する県もある。
発生状況、予報の根拠、防除対策などについて解説されている。
予報の根拠
病害虫の発生状況と予測、作物の生育状況、気象予報など、注意が必要になる根拠について詳しく説明されている。作目ごとの解説の一項目として記載されていることが多い。
防除対策
病害虫の発生状況を踏まえて、薬剤防除などの必要な対策が記載されている。作目ごとの解説の中に、項目の一つとして含まれていることが多い。
気象予報
病害虫の発生は天候の影響を大きく受けるため、向こう1カ月間の天候見通しが示されている。
予察情報は文字による解説が多くを占めており、見慣れない人にはどこにポイントがあるのかわかりづらいかもしれない。
菅原さんに情報の見方のアドバイスをしてもらった。「まずは予報内容の一覧表を見るといいと思います。これからどんな病害虫がどう発生するのかを端的に確認できます。あとは防除などの対策ですね。定期的に発表される予報については、この2点を押さえておくと基本の部分は大丈夫です。予報の根拠についても、これまでの発生経過を知るうえで重要です」
山形県では下線を引くなどして特に注意してほしいポイントを強調している。その他の県でも、注意点を太字にしたり、図表を入れたりするなどの工夫をしている。
まずは必要な部分だけを確認するようにして、慣れてきたら他の内容にも目を通してみると予察情報の読み方がわかってくるだろう。
病害虫の予察が難しいケース
植物の病気も害虫も、毎年決まった時期に同じように発生するとは限らない。時には発生状況が例年とは異なり、予察が難しいこともある。
近年の傾向について菅原さんは「天気が読みづらくなっている」と言う。病害虫の発生は気象条件に左右されるため、天候も予察情報の重要な一要素である。天候は気象庁の発表する情報を基にしているが、近年、気象予報がはずれるケースが増えているのだという。
温暖化によって虫の生育スピードが上がってきている問題も全国で起きている。ある害虫が地域で発生するサイクルが、これまで年3回だったのが4回に増えたという事例もある。
温暖化によって病害虫の発生地域が北上する可能性も懸念されている。東北エリアが産地だった果樹を北海道に植える企業が現れるなど、農作物の適地が北上しつつあると話題にのぼることがあるが、それは病害虫も同様であるということだ。
物流の変化によって、山形県内では見つかったことのない病気が発生したこともある。
例えば、2021年8月に発表された特殊報では、サツマイモ基腐(もとぐされ)病が確認されたとの報告があった。もともと国外の病気であり、通常は国が国際検疫を徹底しているが、検疫をすり抜けて入ってきたと考えられる。
生産者の農薬の使い方も、予察を難しくする原因の一つとなり得る。
県が公開している防除対策によらず、生産者が独自の判断で同じ作用性を持つ農薬を使い続けた結果、抵抗性を持った病害虫が出てくることもあるからだ。
予察情報は県ホームページで確認
防除所が発表する予察情報は各都道府県のホームページで公開されている。他にも県や市町村、JAなどが、防除所の情報を掲示板に張り出したり、独自にチラシを作成したりして地域の生産者に注意喚起を行っている。
県によっては農業に特化した専用サイトを開設しており、防除所の情報もそこで発表している。
山形県では2002年に「やまがたアグリネット」というサイトを全国に先駆けて立ち上げた。
防除所ではこのサイトに病害虫診断防除支援システムという独自のコーナーを設置し、予察情報に加えて病害虫図鑑なども一般公開している。また、新たに開発された防除技術もサイト内に掲載していく。
病害虫診断防除支援システムには会員専用のページもあり、病害虫図鑑・登録農薬情報・防除基準を横断して調べられるシステムが利用できる。
登録は無料で、会員になると予察情報をメールで受け取れる。
スマート農業にも対応した予察情報が必要
防除所としての今後の展望について、菅原さんは次のように語った。「今後、スマート農業がさらに広まってくると、写真を撮って病害虫の画像診断をしたり、ドローンを使った無人の防除をしたりといった技術の開発がさらに進むと思います。またSDGsの取り組みが注目されている中で、環境にやさしく、持続可能な農業のために、IPM(総合的病害虫・雑草管理)を取り入れた防除も求められてきます。今後のそうした農業の移り変わりに、われわれ防除所も対応していく必要があると考えています」
また、従来とは異なる病害虫の発生にも対応していく必要がある。「気候変動による異常気象や温暖化の問題もあります。農産物の輸出入も盛んになってくるでしょう。これまで県内に見られなかった病害虫が定着していく可能性があるので、防除所の役割はこれからさらに重要になってくると予想しています」(菅原さん)
最後に、菅原さんは生産者に向けてこう語った。
「防除の基本は早期発見と早期防除です。予察情報を参考にしてもらえるのもありがたいですが、一番いいのは実際に圃場(ほじょう)に足を運んで、自分の目で確かめることです。防除所の予察情報は一つの目安と考えてください。同じ地域内でも環境によって状況は変わるので、自分で圃場を確認するのが一番の早期発見になります。もし病害虫のことでわからないことがありましたら、ぜひわれわれ防除所や普及指導員などに相談してください」