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有機農業を科学する ~理想の生態系をもつ田畑をつくるには~

連載企画:農業×科学

有機農業を科学する ~理想の生態系をもつ田畑をつくるには~

「生物多様性」と聞いて有機農業を連想する人はどれくらいいるだろうか。生物多様性は、自然環境と同じように「保護されるべきもの」として語られるケースが多い。農業においても、自然農法や有機栽培が成功した結果として、虫や鳥が増えたことなどが話題になりやすい。たしかに、それは間違っていない。だが、生物多様性は有機農業を続けてきた結果だけではなく、有機農業を成功に導くための手段でもある。今回は、農業生態学が専門の山形大学農学部准教授の佐藤智(さとう・さとる)さんに、生物多様性で有機農業が可能になる仕組みについて解説してもらった。

■佐藤智さんプロフィール

1_山形大学農学部_佐藤智准教授 1995年、山形大学農学部卒業。1997年、同大学大学院修士課程修了。2002年、英国イーストアングリア大学生物学科学部にて博士号取得。その後、服飾販売や博士研究員などをしながら国内外を放浪、2009年より現職。専門は農業生態学。研究テーマはテントウムシやタニシの機能を活用した環境保全型農業や、アメリカミズアブ研究など、身近な生物の機能を人間のくらしに活用する方法の開発。インドネシアなど熱帯の山村での農作業や調査も。
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生物多様性で害虫被害が軽減できる仕組み

有機農業に取り組む際に、大きな課題となるのが、病害虫だろう。虫や病気が発生すると、どうしても化学農薬に頼らざるを得ない。

しかし、圃場(ほじょう)に多種多様な生き物がいると、必ずしも農薬による防除をしなくてもすむという。その仕組みについて、佐藤さんはこう説明する。
「生態系は多様な生物のバランスによって保たれていて、そのバランスが崩れると、何か特定の害虫が大量に発生しやすくなります」

食べる・食べられるという関係で結びついている生態系は、害虫も含めてあらゆる生物によって保たれている。そのバランスを維持することで害虫の大量発生を防ぐことができるということだ。例えば、クモやカモなどが圃場にいると、カメムシやヨトウムシといった害虫を食べてくれるので害虫被害が抑制される。

とはいえ、天敵を圃場に確保しておくためには、常に害虫にも一定数いてもらわなければならない

佐藤さんが学生相手の授業でよく使うのが、ゴキブリ駆除の市販品の例である。佐藤さんの自宅でゴキブリ駆除を仕掛けてから数日でゴキブリは死んだが、近くでゲジゲジも死んでいたのを発見した。

「ゲジゲジというのは、ゴキブリの捕食者です。これはゴキブリを駆除する商品ですが、ゴキブリだけではなく天敵まで殺してしまいます。ゴキブリはまだまだ屋外にたくさんいて、生命力も強いのでまた家に入ってきます。一方、天敵であるゲジゲジは、しばらく経ってからやってきます。だから、ゴキブリが嫌いなら、この薬をずっと置き続けなければならなくなるということです」(佐藤さん)

ゴキブリを駆除すると天敵のゲジゲジも死んでしまう

ゴキブリを駆除すると天敵のゲジゲジも死んでしまう(画像提供:佐藤智)

佐藤さんは言う。「農薬を使うと害虫が消えて、使わないと大量発生する。皆そういったイメージは持っていると思いますが、では害虫以外の、もともと田んぼにいた生き物たちがどういう働きをしていたかということは、ほとんどの方は気にしていないのでは」

慣行栽培では害虫を駆除するとき、農薬による防除が第一選択となる。しかし、薬で害虫を殺すことは、それを食べる天敵を殺すことにもなる。それまでは害虫と天敵の数がバランスよく保たれていたが、害虫を駆除することでそのバランスは崩れてしまう。害虫も天敵もいなくなった圃場では、農薬散布をやめると、生命力の強い害虫から先にやってきて、天敵が戻ってくるまでにはしばらく時間がかかる。

こうして天敵が戻ってくるまでのタイムラグの中で害虫による食害や病気の媒介が発生し、被害を防ぐためさらに農薬を使い続けなければならなくなる。

佐藤さんや、地元有機農家の経験によると、生態系のバランスが戻ってくるのには最低でも3年はかかるという。ほとんどの農家はその3年間を耐えられるほどの余力はないし、それでもやり続けようというモチベーションを維持するのも難しいだろう。

「害虫も生態系の一部で、害虫がいなければ天敵もいることができません。ある程度は害虫による農業被害を許容することが、有機農業をやっていくうえでポイントとなるでしょう」(佐藤さん)

天敵も種類が多様なほど生態系のバランスは保たれる

天敵と害虫が、食べる・食べられる関係にあるとはいえ、必ずしも1つの害虫に1つの天敵となるわけではない。天敵にも体の大きさや活動する場所などに多様性がなければ生態系のバランスは崩れてしまう。

「例えば、アブラムシは大きさ・性質でいろいろ種類が分かれています。それぞれに対応するためには、天敵も多様な種類が必要になります」と佐藤さんは説明する。

天敵の多様性1:体の大きさ

ゴミムシと呼ばれるオサムシ科の昆虫は、害虫を食べる天敵として知られている。主に地表を徘徊(はいかい)してエサを探しているが、植物をのぼって、ガの幼虫やアブラムシを食べることもある。虫だけではなく雑草の種などなんでも食べることから、ゴミムシという名前がつけられたとされるほどだ。

ゴミムシの数と種類を有機圃場(緑)と慣行圃場(赤)で比較

ゴミムシの数と種類を有機圃場(緑)と慣行圃場(赤)で比較(画像提供:佐藤智)

上の画像は、ゴミムシの数(縦軸)と種類(横軸)を示した表だ。ゴミムシの種類ごとに有機圃場(緑)と慣行圃場(赤)とで生息している個体数を棒グラフで比較している。一見してわかるように、有機圃場のほうがゴミムシの数が圧倒的に多いことがわかった。それだけではなく、有機圃場ではゴミムシの種類も多く、体の小さい種類もいた。

人間の場合、体の大きな大人と幼稚園児とでは口の大きさが違うので、食べられる食材のサイズは異なる。虫もそれと同じで、体の大きさによって捕食する害虫のサイズが決まってくる。大きなゴミムシは大きな害虫を、小さなゴミムシは小さな害虫を食べる。つまり、有機圃場ではさまざまな大きさの害虫に対応できる生態系になっているということだ。逆に、大きなゴミムシしかいない慣行圃場では、体の小さな害虫には対応できずにたくさん発生するリスクが増す。

害虫にはサイズだけではなく数の問題もある。害虫の数が多くなると、体の大きな天敵はそれを大量に食べる。逆に害虫の数が減ってくると、大きな天敵はエサの少なくなった圃場からいなくなってしまう。天敵の種類が多様な圃場であれば、大きな天敵がいなくなっても、代わりに小さな天敵が対応してくれる

天敵の多様性2:活動の場所

天敵に求められるのはサイズだけではない。活動している場所も多様性のポイントである。

下の画像は、アブラムシとそれを捕食する天敵の活動する場所の違いをイメージしたものである。

天敵のサイズや活動場所にも多様性が必要

天敵のサイズや活動場所にも多様性が必要(画像提供:佐藤智)

画像左上にいるアブラムシは植物の上にいる状況を表し、下部にいるアブラムシは地面に落ちた状況を表している。植物の上にいるアブラムシは、テントウムシの幼虫や寄生蜂などのエサとなるが、これら天敵は地面に落ちたアブラムシは食べに行かない。地面に落ちたアブラムシは、ゴミムシなど地面を徘徊する虫が捕食する。

つまり、テントウムシの幼虫だけがいてもアブラムシの発生は抑制しきれない。地面にいるゴミムシもいてこそ、効果的にアブラムシの大量発生を防げるのだ。

「ほったらかし」で生態系はつくれない

では、具体的にどういう方法で自分の圃場に「生物多様性」をつくるのか

バランスのとれた生態系=自然に近い形、という発想のもと、「ほったらかしがいいのでは」と考えそうなところだ。しかし、佐藤さんはそれを即座に否定した。

「ほったらかしはだめです。生態系を利用した農業をするには、勉強が必要です。生き物というのは、これまでの歴史の中で、間違いなく農業のパートナーとして機能してきました。その生き物の機能を農業に生かすためには、天敵になる虫が生きやすい環境を人為的に作ってあげる必要があります

佐藤さんは一例としてトンボの例を挙げた。トンボは成虫も、幼虫のヤゴも害虫を食べてくれる益虫とされる。

そのトンボを田んぼに増やすためにはどうするか。例えば中干しの時期をトンボの羽化する時期に合わせるという方法が考えられる。稲の生育だけを見て田んぼから水を抜くと、まだ生育途中のヤゴは水がなくなって死んでしまう。稲と一緒にヤゴの様子も見ながら中干しの日を決めると、トンボを増やすことができる。

どうやって圃場に益虫を増やすかは、地域ごと、圃場ごとに環境が異なるため、一概には言えない。自分の圃場にいる虫を見て、その虫が害虫なのか益虫なのか、さらに捕食する虫は何なのか、どのような環境を好むのかなどを調べる必要がある。

天敵防除の勉強法をアドバイス

生態系を利用した天敵防除の勉強方法として、佐藤さんは次のような例をアドバイスしてくれた。

書籍
勉強の基本は本を読むことである。文字も写真も情報量が豊富で、必要な時に必要なページを開くことができる。

佐藤さん自身も愛用する次の3冊をすすめてくれた。

  • 矢野栄二「天敵 : 生態と利用技術」(養賢堂・2003年)
  • ロバート・ノリス他「IPM総論―有害生物の総合的管理」(築地書館・2006年)
  • 中筋房夫「総合的害虫管理学」(養賢堂・1997年)

動画サイト
書籍は情報量が多いものの、専門知識のない人には難しく感じられるかもしれない。そういう場合は、まずビジュアルでイメージをつかむ方法がある。

最近では、天敵による害虫防除に関する動画がYouTubeなどの動画サイトで見られるようになっている。佐藤さんが特におすすめするのは、米国や欧州など海外の動画。外国語が理解できなくても、テントウムシや寄生蜂といった益虫が捕食する様子など、視覚的な情報だけでイメージがつかめるようになるという。

検索するときのキーワードとして「biological control」「beneficial insect」などと打ち込むと、見た目にもわかりやすい海外の動画が多数ヒットする。

Biological controlとは、佐藤さんが専門とする天敵を用いた害虫防除のことだ。日本語では生物的防除という。Beneficial insectは益虫という意味だ。

スマートフォンの画像検索機能
田んぼや畑で見つけた虫が何という名前なのか。図鑑を開いて1ページずつめくって見比べていくのは大変な作業だ。

そんな時は、スマートフォンの画像検索機能が便利である。最近のGoogle検索には、従来の文字検索の他に、画像から検索してくれる機能も備わっている。スマートフォンのカメラ機能を利用すれば、農作業中に見つけた虫を撮影し、そのまま画像検索することで、虫の名前がわかる。

名前が判明したら、参考書などで索引から該当ページを引くことで、効率的に情報を仕入れることができる。

専門家に聞く
生物的防除に限ったことではないが、やはり直接専門家に尋ねてみるといいだろう。
専門家とは、例えば都道府県の普及指導員や農業試験場の職員、大学農学部の教員など。

「実際に専門家に質問するのはハードルが高く感じられるかもしれませんが、我々もそれが仕事ですから、聞いていただければいくらでも答えます。試験場の方は、大学の教員よりも現場のことをよく知っているので、私もよく質問していますよ」(佐藤さん)

農薬使用も視野に、これからはIPMに注目

生態学を専門に有機農業・循環型農業を研究している佐藤さんだが、「今の農薬は昔と比べると毒性も弱い」として、必ずしも農薬の使用を否定しているわけではない。「最終的に行きつくのはIPM(Integrated Pest Management=総合的病害虫・雑草管理)ではないか」とも言う。

そもそも生物的防除は、無農薬栽培や有機農業に限定された考え方ではない。天敵は生物農薬として、広義の農薬に位置付けられてもいる。実際、農薬メーカーでは生物農薬も販売しており、自然由来の成分のため使用しても有機JAS認定を受けることは可能だ。環境保全のために昨今注目されているIPMにおいても、防除方法の一つとして生物農薬が挙げられている。

このように、生物的防除=天敵を用いた防除は「農薬」の一つとして科学的な研究が進められている分野である。参考書はもちろんのこと、インターネットでも情報はたくさん公開されており、スマートフォンのカメラ機能を使えば、すぐに虫の名前が確認できるようになった。

「これまでは知らない虫を見てもなかなか判別できませんでしたが、今はICT技術によってすぐにわかるようになりました。これから有機農業をやりたい人は、そうした技術を積極的に使ってみては」と佐藤さんはすすめる。

インドネシアの山間部に伝わる「農家の知恵」

海外で研究することが多い佐藤さんだが、今興味深く感じているのは、インドネシアと日本の山間部における農業の違いである。

日本の中山間地というと、農家の高齢化や離農者の増加などのため、「中山間地域等直接支払制度」のような補助金を出さなければ、農地として維持するのが難しくなっているのが現状である。

一方のインドネシアでは、「山間部の若者がすごく元気で、楽しそうに農業をやっています」と佐藤さんは言う。「有機農業をやっていたり、IPMの取り組みもあったり。現代文明をまったく入れない地域もあれば、5Gの発信基地とか水力発電などを独自に持っている地域もある。なぜこんなにインドネシアの山間部が元気なのかを探って、日本の中山間地の力になれないかと考えています」

西部ジャワの山間地にあるシプタギラ村には、星の動きを見ながら田植えなどの適期を決めるといった、村独自の「ローカル・ウィズダム(Local wisdom)」と呼ばれる技術が残っているそうだ。日本で言うところの「農家の知恵」のようなものかもしれない。

同じ有機農業を実践する若い農家同士、日本とインドネシアで交流できないかと佐藤さんは構想している。

例えば、今では当たり前のツールとなったZoomを用いることで、日本の有機農家とインドネシアの有機農家をつなぐことは可能だ。佐藤さんの研究チームには日本語を話せる留学生が多くいるので、通訳を行うなどでコーディネートすることも可能だ。

同じ国内においても横のつながりを持てる機会が少ない日本の農家。海外の有機農家から学ぶことは多いのかもしれない。

インドネシア山奥の村にて

インドネシア山奥の村にて(画像提供:佐藤智)

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