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飼料を変えて温室効果ガスを削減 研究プロジェクトで飼育した牛肉が予想以上の反響

山口 亮子

ライター:

飼料を変えて温室効果ガスを削減 研究プロジェクトで飼育した牛肉が予想以上の反響

飼料に工夫を加えて肉牛の排せつ物由来の温室効果ガスを削減する。そんな地球環境に配慮した技術が開発された。アミノ酸のバランスを改善した「アミノ酸バランス改善飼料」。この飼料を与えた牛の肉が2022年4月、研究開発に協力した畜産農家によって発売された。

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ふん尿由来の温室効果ガスを削減

飼料のアミノ酸バランスを改善することで温室効果ガスを削減するという取り組みは、ブタやブロイラー(肉用鶏)ではすでに実用化されていた。肉用牛でもそうした効果が得られるのではないかと、農研機構や栃木県畜産酪農研究センターが2021年まで研究をしてきた。

この研究プロジェクトに協力したのが、栃木県大田原市で肉用牛2400頭を飼う株式会社前田牧場だ。取締役の齋藤順子(さいとう・じゅんこ)さんは、2020年に農研機構から研究への協力を打診されたときのことをこう振り返る。

「そのころ、牛のげっぷが温暖化を助長するという話が盛んにされていました。私たちは、牛がいる農業を素晴らしいと思っています。そんなに牛を悪者にしなくてもいいんじゃないか、何かできることはないかと感じていたときだったので、声を掛けられてすぐ協力を決めました」

肉用牛の飼育で発生する温室効果ガスは、消化器官内で生じるメタン(CH4)が二酸化炭素(CO2)換算で最も多く、次いでふん尿の処理過程で生じる一酸化二窒素(亜酸化窒素、N2O)が多い。

「一酸化二窒素に関して、ブタやブロイラーの飼育で生産性を維持しながら削減する方法が提案されていました。そこで、肉用牛でも同じように一酸化二窒素を削減しようとする研究が、農林水産省の委託研究プロジェクトとして立ち上がりました」
農研機構畜産研究部門食肉用家畜研究領域の上級研究員の神谷充(かみや・みつる)さんがこう解説する。

神谷さん

神谷充さん(写真提供:農研機構)

成育に影響なく原料価格も同等

一酸化二窒素は、ふん尿に含まれる窒素化合物に由来する。エサに含まれるタンパク質の量を減らせば、ふん尿になって出てくる窒素量を減らせ、温室効果ガスも減らせる

「ただ、単純にエサに含まれるタンパク質を減らしていくと、牛の成長に影響が出てきます。そのため、タンパク質は減らすけれどもアミノ酸のバランスを整えることで、成長や肉の生産に影響ないようにするエサが、このアミノ酸バランス改善飼料です」(神谷さん)

アミノ酸のバランスを整えることで、体内で作られるタンパク質の量が増え、エサのタンパク質を減らすことができる。具体的には、配合飼料の原料で、タンパク質の含有量が多い大豆かすの一部を、トウモロコシとバイパスアミノ酸に変えた。

アミノ酸飼料

大豆かすをトウモロコシとバイパスアミノ酸に置き換えた(写真提供:農研機構)

バイパスアミノ酸は、ルーメンという牛の消化器官の中で微生物に分解されず、小腸に到達しやすいアミノ酸だ。すでに飼料用として市販されている。
「バイパスアミノ酸は大豆かすと比べるとかなり高いです。ただ、与える量が少ないのと、大豆かすに比べるとトウモロコシの方が安いこともあり、原料価格に差はありませんでした」(神谷さん)

堆肥(たいひ)化で排出される温室効果ガス半減

前田牧場では、飼料メーカーの中部飼料株式会社(名古屋市)にバイパスアミノ酸とトウモロコシを合わせた配合飼料を作ってもらい、ホルスタイン種の去勢牛に給餌した。なお、バイパスアミノ酸は、味の素ヘルシーサプライ株式会社(東京都中央区)などの製品を使用している。

この飼料を与えた牛について、齋藤さんは「エサの嗜好(しこう)性にも増体(成長のスピード)にも、そして肉のランクにも問題ありませんでした」と話す。

肥育や肉質に影響がない一方で、温室効果ガスの削減効果は顕著だ。
「ふん尿に出てくる窒素の量がどのくらい減ったかも調べていて、試験では通常のエサに比べて15%程度減らすことができると確認しました」(神谷さん)

また、栃木県畜産酪農研究センターで行った研究でふん尿を牛舎の敷料と一緒に堆肥にする際に排出される温室効果ガスの量も計測したところ、通常のエサに比べて半減していた。

なお、研究対象としたのはホルスタイン種の去勢牛であり、和牛や、和牛とホルスタイン種の交雑種でどのような効果が得られるかの検証は今後なされていく。乳牛については、別の研究プロジェクトで研究されることになっている。

給餌結果グラフ

ホルスタイン種の去勢牛8頭のうち、試験区の4頭にアミノ酸バランス改善飼料を与え、対照区の4頭に通常の飼料を与えた。試験区は増体や枝肉重量に影響なく、ふん尿からの窒素排せつ量を15%以上削減できた(画像提供:農研機構)

研究プロジェクトで飼育した牛肉が予想以上の反響

ホルスタイン種の去勢牛を対象にした研究プロジェクトは2021年に終了した。その後も前田牧場ではアミノ酸バランス改善飼料を使っている。

2000頭弱いるホルスタイン種の去勢牛のうち、およそ5分の1の約400頭にこの飼料を与える。全頭を対象にしないのは、飼料を変えることの影響をもう少し時間をかけて見極めたいのに加え、給餌器の形状による制約もある。もともとペレット状の飼料を与えていたが、導入したアミノ酸バランス改善飼料は粉状のため、牧場内で対応できる給餌機が限られている。

2022年4月には、この飼料で育てた牛の肉を「地球にやさしいお肉」として発売した。自社の直売所「ミートショップ」で販売する。

「研究プロジェクトで飼育した牛の肉を試験的に販売したところ、予想以上の反響があって、興味を持ってくれる方がたくさんいると分かったんです。こういうお肉が世の中に求められているだろうし、牛と人が共存するためにこういう方法もあるということを知ってもらいたいと思って」
発売を決めた理由を齋藤さんはこう説明する。

前田牧場ミートショップ

前田牧場のミートショップ(写真提供:農研機構)

農家と消費者双方の取り組みに

これらの結果を踏まえた上で、神谷さんは言う。
「私たちは、温室効果ガスの削減の一つの方法ということで、アミノ酸バランス改善飼料の研究成果を発表しました。他の方法には、飼育の仕方をより効率的にして飼育期間を短くすることで排出量を減らす、国産の飼料を使うことで輸送に掛かる温室効果ガスを減らすというものもあります」

エサを新しいものに変えるのは、畜産農家にとって大きな決断になる。そのため「それぞれの経営で取り組みやすい方法で、温室効果ガス削減に取り組んでもらえたら」と考えている。

「温室効果ガスを減らすような飼育の仕方で育てたものを、消費者が積極的に消費してくれれば、それは農家と消費者双方の取り組みになる」
こう話す神谷さんは、前田牧場の「地球にやさしいお肉」に限らず、畜産の環境負荷に配慮した商品が今後も生まれ、消費者に選ばれる存在になってほしいと期待している。

前田牧場

ミートショップを併設しているファーマーズカフェ

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