■柴田晃さんプロフィール
日本クルベジ協会代表理事。立命館大学OIC総合研究機構客員教授。1975年、立命館大学卒。2002年、同学大学院にて政策科学で博士号取得。社会システム工学、経営学、資源保全学、農業環境工学など、幅広い分野を横断して社会スキームを構築する研究に取り組んでいる。日本炭化学会会長。日本バイオ炭普及会事務局長。 |
バイオ炭とは何か。炭との違いは?
木材を燃焼させると、酸素量が十分であれば灰になるまで燃え、酸素量が少なければ木炭になる。炭の原料には、木材、竹材、農業廃棄物、食品残さ、家畜排せつ物など多くの有機物があり、それらを総称してバイオマス(生物資源)という。
バイオ炭とは、それら有機物を不完全燃焼(酸素の供給量を制限して熱分解)させることによって生成した炭化物のことだ。
炭はもともと調理や暖房の燃料として古くから用いられてきた。それが近年、国内外の研究者たちにより、炭を土壌施用することによって二酸化炭素(CO2)の削減や、農地の土壌改良にも効果があると再評価されている。
こうした炭の新たな研究領域を表すものとして、バイオ炭という名称が用いられるようになった。
日本の農業ではもみ殻燻炭(くんたん)が広く使われている。炭を使った資材が製品化されるなど土壌改良材として炭は古くから利用されているが、農地に施用することでCO2の削減ができるという研究についてはあまり知られていない。
なぜバイオ炭がCO2削減になるのか
バイオ炭はなぜCO2の削減ができるのか。その仕組みについて、樹木を例に解説する。
木は、原子レベルで見ると、重量の約半分が炭素(元素記号:C)でできている。炭素は燃焼すると酸素(O2)と結合して二酸化炭素(CO2)となる。また、木は枯れるとシロアリや微生物などに食べられて最終的には分解され、炭素が酸素と結合してCO2となり排出される。
ところが、木材を酸欠状態で熱をかけて炭にすると、炭素が結晶化し分解しにくい物質になる。そのため、炭は木材のように常温では簡単には腐敗や分解がなされず、CO2になりづらくなる。
炭にして固めた炭素を土中に埋めれば、酸素と結合することなく長期間(半減期は120年〜1万年と言われている)炭素のまま地中にとどめておくことができる。この考え方を炭素貯留といい、大気中のCO2を削減(除去)する新たな方法として近年注目されている。
しかも炭は土壌改良材としての機能があるので、農地に混ぜ込めば作物にとっても非常に有益である。
これがバイオ炭農地施用という、新たなCO2削減の取り組みの柱となる考えだ。
バイオ炭は地球のCO2を減らす唯一の方法!?
温室効果ガスによる地球温暖化が問題視されて以来、多くの解決策が提案されてきた。
しかし、柴田さんによれば「地表上のCO2を減らす方法としては、今のところバイオ炭が唯一」と言う。それはどういうことか。
カーボンニュートラルという考え方がある。カーボンは炭素、ニュートラルは中間・中立(偏りがない)という意味だ。転じて、CO2をはじめとする温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させて差し引きゼロにすることを言う。
地表上にある炭素は、酸素(O2)や水素(H2)と結合してCO2やCH4(メタン)などの形で大気中にあるか、海洋中に溶け込んでいるか、バイオマスとして動植物内にあるかのいずれかの状態でしかない。炭素(C)は、燃焼・分解で大気中にCO2として放出されたり、植物の光合成によってCO2からCとO2に分解され植物の細胞として取り込まれたりしながら、地表上でバイオマスとして結合と分解の循環を繰り返しているにすぎず、その総量は一定である。
ここで問題になってくるのが化石燃料である。石油や天然ガスなどの化石燃料は、もともとは生物の死骸などが地中に埋まり、長い年月をかけて生成された有機物だ。土や海の底深くに堆積(たいせき)する化石燃料を掘り起こして燃焼させると、地表上にCO2が排出され、炭素の総量も増えてしまう。
これをカーボンプラス(欧米ではカーボンポジティブ)といい、CO2増加の主な原因となっている。
増え続けるCO2を削減するためには、化石燃料の使用で増えた炭素を地中に戻す必要がある。
この考え方をカーボンマイナス(欧米ではカーボンネガティブ)といい、その具体策として、有機物が分解しCO2にならないように炭化させ、土中に隔離する炭素貯留が有効とされている。
「これまでにCO2削減のためにいろいろな対策が行われてきましたが、どれもカーボンマイナスにはなっていない」と柴田さんは言う。「日本政府は2030年までに温室効果ガスの排出量を46%減らすという目標を掲げましたが、逆に言えば54%分の温室効果ガス量は増え続けるということです。地表上の総炭素量を減らす取り組みをしなければ、CO2の削減にはなりません」
さらに柴田さんは続ける。
「例えば、植林によっていくら森林を増やしたところで、木は数十年単位で伐採されたり枯れたりして結局はCO2になるため、長期的に見ると総炭素量を減らすことにはならないのです。また再生可能エネルギーの開発は、化石燃料の使用削減(カーボンプラス量の削減)にはなっても、カーボンマイナスにはなっていません。そのため、現状ではカーボンマイナスのバイオ炭農地埋設施用のみが、世界で唯一実効性のある取り組みです」
バイオ炭をビジネスとして社会に実装する
バイオ炭にいくらCO2削減の機能があるとはいえ、ただ土中に埋め続けるだけではコストがかかる一方だ。
そこで、政策科学を専門とする柴田さんは、バイオ炭を社会に実装していくために、土壌改良材として農地に施用するという設計図を描いた。
現在、バイオ炭を用いたカーボンマイナスプロジェクトとして進められているのが、J-クレジット制度と農地炭素貯留野菜「クルベジ」という2つの事業モデルである。
CO2削減量を売買取引できるJ-クレジット
J-クレジットとは、CO2削減量を数値化して売買する排出権取引の仕組みを取り入れた日本の制度である。
2019年に気候変動に関する国連機関「IPCC」において、CO2削減の技術としてバイオ炭が明記されたことを受け、日本もバイオ炭をJ-クレジット制度の対象として認めることとなった。
バイオ炭を農地に施用すると、CO2削減に貢献したい企業などにクレジットとして売却できることになったのである。
この仕組みを農業者の視点から見ると次のような流れとなる。
①バイオ炭製造業者などが、専門機関「日本バイオ炭普及会」(JBA)からの品質証明を受けてバイオ炭を生産・販売
②品質証明書付きのバイオ炭を農業者が購入し、農地に施用
③バイオ炭を施用したことを日本クルベジ協会に報告、炭素貯留削減量の認証を申請
④日本クルベジ協会が申請された分のバイオ炭施用量から運搬に要したCO2量を算定し、実質炭素貯留量をJ-クレジット事務局に報告・申請
⑤申請内容が承認されたJ-クレジットを民間企業などに売却
⑥売却したクレジット金額を日本クルベジ協会を通して農業者に還元
環境保全の食品ブランド「クルベジ」
バイオ炭を施用した農地で育てられた農作物を、「クルベジ」というブランド(登録商標)を用いて販売できる事業も進められている。
温室効果ガスを削減する野菜という意味で、COOL(地球を冷やす)+ VEGE(野菜)でクルベジと名づけられた。
農作物の認証表示としては有機JASや特別栽培などが有名だ。共通しているのは「おいしい」「安心・安全」という消費者ニーズに応えているという点だ。
しかし「おいしい」や「安心」は生産者と消費者の主観にゆだねられる部分が大きく、明確な基準があるわけではない。
その点クルベジでは、農産物や農産加工品材料の栽培などで使われたバイオ炭から、どれだけのCO2を削減したことになったかを簡単な計算式で数値化できる。クルベジブランドの商品を購入した消費者は、どれだけ地球温暖化対策に貢献できたかをラベルを見てわかるようになっている。
2019年4月のG20首席農業研究者会議を受けて開催された同年11月の国際ワークショップにおいて、日本政府は気候変動に取り組む国内のビジネスモデルとして、クルベジの事例を取り上げた。
またクルベジは、京都府亀岡市や千葉県四街道市など、自治体として取り組む地域が徐々に出てきており、さらに今後は販売企業や流通業者、農業団体などと連携していく計画もある。
柴田さんは言う。「これまでの食品ブランドとは違い、環境保全価値を数字で見えるようにしたところがクルベジの強みです。原則、バイオ炭炭素貯留によって1ヘクタールあたり1トンのCO2を削減すれば『クルベジ』というブランドの無償利用を行える仕組みです。農業者の皆さんには、J-クレジット制度による売却に加えて、クルベジブランドでの販売でも収益を上げてもらいたい」
地域振興の可能性も秘めたバイオ炭
2022年1月、日本クルベジ協会は農地に施用したバイオ炭から計算したCO2削減分約250トンをJ-クレジットとして申請。2022年6月に承認される予定だ。バイオ炭がJ-クレジットとして認められるのは国内初である。
「2022年6月のJ-クレジット承認を受けて、多くの企業にJ-クレジットの購入をしていただく予定です。炭素貯留によってカーボンマイナスを進める具体的な技術は、今のところバイオ炭しかありません。企業の皆さんには、CO2削減のためにもより高い価格で購入し、より多くの農業者を支えていただけるとありがたいです」(柴田さん)
J-クレジット制度やクルベジブランドといった社会的事業が動きはじめている。
その他にも、国土交通省や環境省など複数の省庁をからめたビジネスエコシステム「COOL VILLAGE(クール・ビレッジ)」や、地域の未利用バイオマスと地産地消をつなげる循環型経済「サーキュラーエコノミー」にバイオ炭を活用するといった構想も柴田さんは描いている。
地表上にある炭素を地中に戻すバイオ炭。農業者が主役となって取り組めるCO2削減策のこれからに期待したい。
(画像提供:柴田晃)