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野菜に「イミ」という付加価値を! 生産者と消費者をつなげる意外なポイント

連載企画:生産と消費をつなぐ

野菜に「イミ」という付加価値を! 生産者と消費者をつなげる意外なポイント

市場で青果物を取引する流通の仕組みは、生産者にとっては自分が作った野菜の価格決定権を他人に委ねる仕組みでもあります。もし生産者と消費者を直接つなぐ優れたシステムがあれば、生産者自身が青果物の価格決定にかかわれるのでは。そう考えた野菜の仲卸が「企業をハブ(中継)にして生産者と消費者をつなぐ」というサービスを考えました。食品関連以外の企業も巻き込んだ新たな取り組みとは?

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野菜に「イミ」を持たせて適正価格で売るために

私は東京の大田市場で「大治(だいはる)」という青果物の仲卸を経営しています。
前回は、市場における青果物の価格決定のプロセスについてご説明しました。
青果物の相場は売り手と買い手の需給バランスによって決まるわけですが、そこに生産者が介在しないことによって矛盾が生じます。その矛盾の解消のためのさまざまな取り組みについてもお伝えしました。

前回の記事はこちら
市場価格に左右されない野菜の価格設定とは。リスクを乗り越える出口戦略
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東京青果市場などの大規模な市場は、日本の食を支える大事な流通システムです。全国の消費者が比較的安価に野菜を入手できるのは、この機能のおかげと言ってよいでしょう。しかしその価格設定のシステムは、時に生産者にとって理不尽な…

私が仲卸業に従事するようになって約25年、その間に商品の販売手法は大きく変わりました。
単なる商品としての「モノ」を売る時代から、体験や経験を加えた「モノ+コト」を売る時代に変わり、さらに今はそれを買うことの社会的な価値といった「イミ」を加えて販売する時代になったと言われています。
青果物のように毎日消費する商品であっても、「コト」や「イミ」を持たせることができなければ、従来の需給バランスの枠組みの中のルールに従わざるを得ないのが実情です。

東京食材専門ビストロ

当社はこれまで、東京野菜についてはさまざまな「コト」に取り組んできました。この場合の「コト」とは、東京野菜を知ってもらうための企画やイベントの開催や、実際に食べてもらえる場の提供などです。少しでも東京野菜を身近に感じてもらい、他の商品と異なるポジションを確保するための仕掛けとして機能することを期待していました。そのために「練馬野菜カレー」を皮切りに、さまざまな6次化商品を企画、販売しました。東京野菜のお弁当の製造や、東京食材専門のビストロの運営に着手したこともあります。
しかし、それらの「コト」を通じて一般消費者に東京野菜の魅力を十分に伝えられたという感触は得られなかったというのが本音です。
東京野菜に限らず、自社の青果物を適正な価格で取り扱うためには「イミ」を加えた新たな仕組みが必要なのではないかと考えるようになったのは2019年ごろ。ちょうど青果物の相場低迷が東京野菜の価格に影響を及ぼすようになっていたころでした。そこで、青果物の価格設定の新たな仕組みの中に、農家や私たちのような食品関連企業以外の企業を巻き込むというアイデアが浮かんだのです。

企業を巻き込んで野菜を売る

2019年に実施したのは「応援!100円東京野菜」キャンペーンという企画でした。
この企画の目的は、都産都消を推進することで都内の生産維持や二酸化炭素排出削減に貢献することを消費者に認知してもらうこと。東京野菜を買う「コト」に、いわゆるSDGs的な「イミ」を付与した取り組みです。
さらに企画の趣旨に賛同した企業に協賛金をいただき、その一部を販売補助に充当することで、すべて店頭で税別100円にて販売することに。協賛企業のロゴシールを商品に貼り付け、「企業広告付き野菜」として店頭に並べたのです。
これを2019年の8月31日、野菜(やさい=831)の日に合わせて1週間実施。地元の企業が地場の農業発展を応援する新たな企画として注目されて、テレビのニュースをはじめとした多くのメディアで取り上げられることとなり、販売に協力した全店舗で完売という成果を上げました。

100円東京野菜

キャンペーン時の店頭の様子。野菜に複数の企業のロゴがペタペタと貼られているビジュアルは、プロサッカーチームのユニフォームから着想

世間から注目されたという点においては成功と言えるこの取り組みですが、コロナの影響もあり、結果的には単発で終わってしまいました。日々出荷される農産物の場合、イベントでいかに販売するかよりも「いかに安定的に継続的に販売していけるか」のほうが重要であり、100円の時だけ売れるのでは本当の意味においての問題解決にはならないのです。
また、企業にとっても広告付き野菜に協賛することは、1回目は多少の話題になるかもしれませんが、本当の意味での宣伝効果につながるかは疑問ですし、支援する意義が明確でなければ継続は難しかったと思います。
「応援!100円東京野菜」キャンペーンは、東京野菜を売る「コト」についてはよくできていたと思いますが、消費者が東京野菜を買い続ける「イミ」、さらに企業が東京野菜を応援し続ける「イミ」においては改善の余地のある取り組みだったのではないかと思います。

継続的に企業と生産者をつなげる「千菜一遇農en」

千菜一遇農en 関さん

東京・清瀬の関ファームで企業のスタッフがミニトマトの収穫方法について指導を受ける様子

「応援!100円東京野菜」は反省の多い企画ではありましたが、ここで打ち出した「農業を応援する」「企業を巻き込む」「消費者の理解を得る」などの考え方は、それぞれの立ち位置や役割を変えることで「イミ」の部分についてさらにブラッシュアップできると感じました。
また、以前は需要に結びつけることが難しかった6次化についても解決できるかもしれないとも考えました。
そしてコロナ禍において、それらの考え方をまとめて新たにスタートしたのが「千菜一遇農en(せんざいいちぐうのうえん)」という取り組みです。

「千菜一遇農en」とは、生産者と企業を直接結ぶことを目的としたサービスです。「en」には、農園の「園」、人と人をつなぐ「縁」といったさまざまな意味を持たせています。
契約農家は圃場(ほじょう)の一部を企業のために開放し、企業のスタッフに福利厚生の一環としての農業体験を提供。企業側は収穫した農産物を原料にした加工食品などを顧客向けの発信力のあるノベルティーやギフトとして活用できます。
また、収穫物の一部を学校給食や子ども食堂に寄付することで社会貢献にもなるでしょう。
さらに農業体験と合わせて、契約農家の野菜を継続して購入するサブスクリプションサービスも。企業のスタッフが生産者と「互いの顔の見える関係」を構築し、国産の安全で安心な農産物を継続的に提供してもらえるという安心感は、企業価値の向上や今後の採用活動にも良い影響を与えるかもしれません。こうしたサービス全体が、社員の福利厚生と企業のCSRやSDGs活動につながっていくというメリットもあります。

そして契約農家となった生産者にとっては、契約圃場における収入がおおよそ倍になるという金銭的なメリットがあります。
また、生産者は企業という固定した顧客を確保することで「何を作るべきか」が明確になります。企業の社員と定期的な体験を通じて関係性を構築していくので、生産者自身が「誰のために」「何を作るのか」という目的を明確に持てる状況をつくれることが、生産者にとっての最大のメリットです。
このサービスの開発に至った背景には、野菜を扱う仲卸としての思いもありました。生産した野菜の売り先や価格決定を他者に依存するのではなく、そこに生産者自身の意思を通わせることで、納得のいく農業経営を実現してほしい。そのお手伝いをするのも仲卸の役割だと考えたのです。

企業をハブにして生産者と消費者をつなぐ

農業体験という「コト」の先には、さまざまな社会的意義という「イミ」の提供が用意されています。
千菜一遇農enにおける当社のテーマは、新たな販路開拓と農産物価格の適正化です。

今までは食品を商品として直接取り扱う企業に対して青果物を販売してきました。ただ、そのような企業は一握りです。しかし、「企業に所属するスタッフ=消費者」という考え方に基づけば、すべての企業が顧客となり得ます。この考えを基に「企業をハブ(中継)にして生産者と消費者をつなぐ」ことを目指したのが、千載一遇農enなのです。
そして、このサービスを通じて生産者と消費者の距離が縮まることで、農業への理解が深まり、農産物全体の価格が適正化されることにつながることを期待しています。
このサービスは中小規模の生産者にこそマッチすると思っています。

雨の翌日に消費者のことを思い、一つ一つのキャベツの泥を拭き取る気持ちを、通常の流通において単価に反映させることは非常に困難です。
しかし、互いの顔の見える関係を築き上げることで、生産者の農産物に対する思いが伝わる機会が増えるのではないかと思います。

次回はこのサービスの更なる展開についてや、市場で働く立場において、いかに農業の発展に貢献していくかについてもお話ししたいと思います。

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