旅行関連事業に進出、社名を変えた背景
「ぼく自身は食そのものに興味があるというより、食をめぐって生産者と消費者の関係を改めることに関心がある。そうしないと、地方の過疎の問題は解決しない」。高橋さんのこの言葉は、社名変更の背景を端的に示す。
雨風太陽は、高橋さんが2015年に設立した。その原点を、高橋さんが2013年に創刊した「東北食べる通信」に見ることができる。農法や漁法に関する生産者のこだわりやオリジナルのレシピを載せた情報誌を、食材と一緒に届けるという取り組みだ。消費者が生産者と直接会う機会も設けている。
食材は都市と地方をつなぐうえで、重要な役割を果たす。だが高橋さんがやりたいのは、たんなる通信販売ではない。生産者のこれまでの歩みや哲学も知ってもらうことで、地方を訪ねるきっかけになってほしいと願う。それが、「地方の過疎の問題を解決」するための手がかりになると考えている。

新しい社名の雨風太陽
スマホのアプリで消費者が生産者からじかに食材を買えるようにする産直サイトのサービスも、こうした発想の延長にある。だから、新型コロナウイルスの影響がようやく和らぎ、国内の観光旅行の回復が本格的に始まった最近の状況について、高橋さんは「千載一遇のチャンス」と話す。
ポケットマルシェから雨風太陽への社名変更を発表したのが4月26日。同じニュースリリースの中で、新たに「親子向け地方留学プログラム」を始めることも発表した。親子で生産者を訪ね、ホタテの殻むきや鹿猟、まき割りなどを数日間かけて体験してもらうサービスだ。宿泊先も用意する。
逆説的な話になるが、人の移動を凍りつかせた新型コロナの感染拡大が、新サービスを始めるための基盤をつくった。自宅で調理することが増えた消費者と、飲食店の休業などで販路が減った生産者が産直サイトで結びつき、利用が急増したからだ。そしていま、コロナの影響は急速に後退しつつある。
高橋さんは「地方が食べものの原料をつくるだけの場所になり、売り上げがいくら伸びても、農村や漁村は残っていかない」と強調する。必要なのは、まず都市と地方に住む人がじかに交流すること。産直サイトのサービス名であるポケットマルシェから社名を変えた背景にはそうした事情がある。

親子向け地方留学プログラムのイメージ
消費者と生産者の「接触面積」を増やす
インタビューでは、事業の収益性についても質問してみた。結論から言うと、現時点ではまだ黒字化していない。他の多くの食品流通と違い、産直サイトは物流センターや倉庫などを持つ必要がないため、運営側のコストは低いというイメージがある。だが利益を出すのはそう簡単ではない。
あらかじめ強調しておくと、スタートアップ企業にとって利益が出ていない状態は必ずしも珍しいことではない。企業や個人に成長性を説いて投資を仰ぎ、人材の確保や設備投資などの資金に充て、事業を一定の規模以上に大きくして黒字化を目指す。雨風太陽もそうしたプロセスの中にある。
では同社はいまどこにお金がかかっているのか。一つは人件費。パートや社員、インターンシップなどを合わせると、スタッフは5月1日時点で64人いる。仕事は食材の梱包の仕方など出品に関する生産者の相談への対応や、宅配便で誤配や遅配が起きたときの消費者のフォローなど多岐にわたる。

ポケマルのスマホ画面
アプリの機能を高めるため、システムの開発にも人手をかけている。サイトの充実は消費者と生産者の双方の利便性を高め、他社との競争を大きく左右するからだ。これは産直サイトの運営が、食品の流通事業であると同時に、IT関連ビジネスの側面も持っていることを反映している。
加えて大きなコストになっているのが、インターネットなどに出す広告費だ。広告を打たなければ、収益性は格段に高まる。だがそれで黒字化の時期が早まっても、サイトを使う消費者と生産者の数を増やして事業規模を大きくすることは難しい。それは同社が目指していることではない。
ポケマルに登録する消費者数は5月17日現在で53万人とコロナ前の2020年2月末の10.2倍に増え、生産者は6800人と3.4倍になった。消費者が地方を訪ねる旅行関連の新事業は、このネットワークが基盤になる。
高橋さんは「産直サイトのプラットフォームを土台に、消費者と生産者の接触面積を広範囲に増やす」と話す。「食そのものに興味があるというより」という冒頭のセリフは、食を二の次にすることを意味してはいない。食で結ばれた両者の関係を、さらに発展させるのが同社の目指す方向だ。

消費者と生産者が直接交流する機会を重視している(2020年に東京都港区で開いたマルシェ)
社名を雨風太陽にしたわけ
雨風太陽の事業展開についてもう少し触れておこう。