株式会社パンドラファームグループ代表取締役 和田宗隆さんプロフィール
1956年奈良県西吉野村(現・五條市)生まれ。大学を中退して20歳で家業の山守(森林管理者)を継承するも、以後林業不況が加速。22歳の時、地元生産者と共に農業(果樹栽培)と農産物加工に取り組む。1996年、株式会社パンドラファームグループを設立。2000年より、野菜を中心とした共同出荷体制を整え、安定供給を目指して全国で契約栽培を開始するなど、生産者と消費者のWin-Winの関係構築を目指している。 |
聞き手:株式会社日本総合研究所 福田彩乃さんプロフィール
一橋大学経済学研究科修了。JAグループのシンクタンクを経て、2020年に株式会社日本総合研究所(以下、日本総研)に入社。現在は創発戦略センターのコンサルタントとして、農業経営に関する調査や支援に動く傍ら、農村DXの推進に注力している。 |
農村DXとは
日本総研が提唱するコンセプトで、農村全体をデジタル化して、儲かる農業と住みやすい農村を作るというコンセプト。「デジタル技術を農業生産だけに利用するのではなく、農村づくりにも活用し、組織や社会システム自体を変革し、新たな価値を生み出すこと」と定義され、スマート農業の次の一手として注目を集めている。
地域の農家と共に労働生産性の難題に向き合う
古くから柿と梅の産地として知られる奈良県五條市。地域の生産者が農業に専念できるよう、また出荷商品の品質を安定させることを目的に、1996年に生産者が中心となって地域共同センターとして立ち上げたのがパンドラファームグループです。
主に梅・柿を主体に野菜や果樹の栽培・加工・販売事業を手がけており、梅栽培では有機肥料を使った環境配慮型農業に取り組んでいます。
2021年からは中山間地域の労働環境や作業効率を改善し、次世代に農業をつなげていくため、同社が先頭に立って農林水産省の「スマート農業技術の開発・実証プロジェクト」に取り組んでいます。
中山間地域の労働負担軽減に、スマート農業シェアリングという一手
福田さん:私自身は何度も圃場(ほじょう)に足を運んで実態を目の当たりにしていますが、改めて中山間地域の農業の過酷さについて教えてください。
和田さん:山の斜面は雨が降ってもすぐに水が抜けたり、昼夜の寒暖差によって甘く色のよい果樹ができるなどの恩恵はありますが、その反面、労働生産性が非常に悪いことは見ての通りです。もともと果樹栽培は摘蕾(てきらい)や収穫など人の手による作業が多く、急斜面ということも相まって機械化が容易にできなかったという事情もありました。
20年ほど前であれば収穫期に呼びかけると働きに来てくれる人はいましたが、今は人口減少や高齢化で人手を確保することも難しい。このままでは、せっかく若い人が農業を継いでくれたとしても、産業として立ち行かなくなってしまうでしょう。
福田さん:生産者は高齢化し、農業者人口は減っていく。そのような状況下で、パンドラファームではデジタルの力を使って地域を維持していくための実証実験を進めていますね。この全容と、取り組みの背景について教えてください。
和田さん:農業は地域を支える主要産業ですから、それを維持・発展させていくことが大事です。特に、スマート農業による作業の省力化・効率化は、担い手を増やすためにも必要な要素の一つだと考えます。しかし、個人農家が高額な農機を導入するのは現実的ではありません。繁忙期が一定時期に集中する果樹栽培であればなおさらです。
そこで、まずは地域の農家が共同で利用できる「スマート農業シェアリングサービス」の仕組みをつくりたいと考えました。この構想を思い描く中、日本総研さんの掲げる「農村DX」の存在を知り、ご担当者と意見交換する中で互いのやりたいことが一致したのが取り組みのきっかけです。
実証実験では、ハードとして追従型自走運搬車とリモコン式草刈機、自走式破砕機を導入。私たちパンドラファームグループが実際に栽培現場での利用や管理を行い、日本総研さんがスキーム(枠組み)を作って、実際にどの作業でどれくらい作業時間が減っているのかなどのデータ検証をしてもらっています。
福田さん:この取り組みには、12人もの生産者が参加してくれています。和田さんは、普段から生産者・非生産者問わず周囲の人を巻き込んでいっていますよね。DXで、これまでのやり方を変え、幅広い方々との接点が可能になっていく中で、和田さんのオープンなスタンスってすごく大事だと思います。
和田さん:生産者だけが農業をするのではなく、さまざまなプレーヤーに自分たちのできることを持ち寄って取り組みに参加してもらうことで、地域を維持していきたいと考えています。最近では、今年5月31日からの4日間、地元の農業高校の2年生の生徒13人が梅畑で農業実習をしました。梅の実の収穫体験の中でスマート農業に触れてもらうとすごく興味を持ってくれて、地域の人が農業にどのように参加できるかを考えてもらうきっかけにもなったと思います。
将来の栽培適地の判断に、圃場環境のデータを活用
福田さん:実証の主たる目標は省力化・効率化ですが、別の狙いもあると伺っています。
和田さん:今は当たり前のように梅と柿を栽培していますが、気象変動が起きている中で、これまでと同じ圃場で、同じ品種を生産していて、本当にそれでいいのかという疑問があります。この地域が10年後、15年後にどんな産地になっているのか予測できたらと思い、圃場モニタリング装置を導入しました。梅も柿も苗木を植えてから実がなるのは5年後です。新たな担い手が現れたとして、ただでさえ傾斜地で生産効率が悪いところに、植えても取れないということはなくしたい。改植の時期に適作地を判断できるように任意の圃場でデータを取って、奈良県の果樹・薬草研究センターにも見てもらっています。経験則だけでは想定できないことが起こる時代ですから、判断材料となるデータを蓄積していきたいと考えています。
アナログな農業だからこそ、デジタルでアシストを
福田さん:こういうことを「やりたい」と考える方は多いと思うのですが、なかなか実現に向けた行動に移すのは難しい部分もあるように思います。次々と実行に移す和田さんの行動力はどこから湧き出てくるのでしょうか。
和田さん:若い人が農業をやってよかったと思えるようにしたいんです。この地域で農業をやっていけるという見通しは、インフラなくしては成り立ちません。そのためにデジタル化はものすごく大事。さらに言うと、経済的に成り立つためには、安定した価格で安定した量を継続的に利用してもらうことも大事です。これからの農業にはいろいろなアイデアが必要ですから、人が関わらなくてもいい仕事はどんどんデジタル化するべきだと思います。
最終的にはデジタルとアナログの融合が理想です。農業はアナログなものだからこそ、それをアシストできるデジタルでないと意味がない。これを実現することにより、農業をしていてよかったといえる将来を地域の皆さんと作っていきたいですね。
福田さん:10年後、20年後を見据えて、人口が減っていく中で、安定的に農業生産をしていくために、デジタルの力を使いながら本当に人間がやるべき部分に注力するというわけですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。
取材後記
今回、和田さんの話を伺う中で印象的だったことは、「デジタル技術は作業負担を軽減するだけではなく、地域のあらゆる人の農業への参加を可能にする手段でもある」という考えだ。次世代の担い手を受け入れ、育てていくには労働生産性の向上が急務であり、一戸あたりの経営面積が小さく高額な農機の導入は難しいという地域農家の事情に配慮した「スマート農業シェアリングサービス」は有効な手段といえるが、特筆すべきはその使い手として、地域住民がスマート農業に触れられる機会を創っている点だ。
将来的なスマート農業のオペレーターの育成も視野に入れたこの取り組みは、ゆくゆくは農福連携への波及など、さらなるプレーヤーの拡充も目指している。農業を農業者だけで完結させない、新たな農村の姿に期待が膨らむ取材だった。(マイナビ農業編集部/石岡)