窒素を土壌に供給する雑草も
■露﨑浩さんプロフィール
秋田県立大学生物資源科学部アグリビジネス学科教授。学術博士(1988年、岡山大学)。1989年、秋田県立農業短期大学(現・秋田県立大学)講師となる。2011年より現職。畑作物と雑草の生態に詳しい。雑草は防除だけでなく、活用の方法も探っている。趣味は水彩画で、雑草の絵もよく描く。 |
──雑草の防除に苦労している農家は多いと思うのですが、雑草そのものを農業に利用することもできるのでしょうか?
雑草にもいくつか農業に役立つ効果が考えられます。まずは、栄養素の回収と作物への供給です。畑にすき込めば、次期作の作物に利用されます。
カラスノエンドウの名前でも知られるマメ科のヤハズエンドウは、根に共生する根粒菌の働きで空気中の窒素をアンモニアに変え、養分として吸収します。そこで、ヤハズエンドウをすき込めば、その取り込んだ窒素を土壌に供給できるはずです。そのように考え、今、ヤハズエンドウの効果を研究しています。マメ科の緑肥と同じようにすき込み、その後で二十日大根(ラディッシュ)をまいて、その生育を調べているところです。
──種子や根が残る心配はどうなのでしょう。
一年生の植物(発芽から1年以内に種子を残して枯死する植物)なので、根は残りませんが、種子は残ります。雑草なので、ほかの作物の生育を阻害するくらいはびこってしまうと、困ります。それもあって、ふつうは農業に使われません。
雑草の研究は、しっかりされている種類もありますが、そうでないものも多いです。ヤハズエンドウも、親しまれている割に知見が足りない部分があるので、研究に取り組もうと考えました。
強力な根っこで畦畔(けいはん)を強化
──ほかに農業に役立つ効果はありますか?
根で土を捕まえる力があります。根と葉、茎が広がることで、土が風で飛ぶのを防ぐ力もあって、風や雨で土壌が失われる「土壌侵食」を防ぐ効果があります。実際に中国の乾燥地帯である黄土高原に雑草を植えて土壌侵食を防ぐ研究が、日本の研究者も協力して進められてきました。
身近なところでいうと、水田の畦畔を強化する効果があります。チガヤやヨモギは非常に強い地下茎を張るので、畦畔の強度を維持するのにかなり役立っているはずです。除草剤で畦畔の草を枯らしてしまうと、雑草の根の効果が失われてしまうので、畦畔がもろくなります。
遺伝資源であり、生物多様性に寄与し、食用にも
──雑草はいろいろな形で農業にプラスの効果ももたらしているんですね。
雑草は遺伝資源としても役立っています。植物の歴史を振り返ると、野生植物から、作物と雑草が生まれています。作物である大豆は、雑草のツルマメに極めて近いです。そのため、作物の育種をするうえで、たとえば病害虫に強い性質を雑草から持ち込むといったことも考えられます。
パン小麦の片方の親はタルホコムギという雑草です。雑草が交雑して、遺伝子のセットをドンと渡してくれたからこそ、パン小麦が誕生しました。そういう遺伝資源としての価値は、過去だけでなく、これからも非常に重要だと思っています。
雑草は生物多様性にも寄与しています。水生昆虫のガムシは、水田の畦畔に生える雑草の葉に卵を産み付けます。イネの葉は細すぎて、卵を産み付けることができません。
──ガムシは人間の役に立つ、いわゆる益虫なのでしょうか?
ガムシは益虫でもなければ、害虫でもありません。ただ、この益虫、害虫の区分も難しいところがありますね。益虫でも害虫でもないただの虫が、実は生態系を成り立たせるうえでは大事な場合もあります。すべての生き物は網目のように、相互に関わりながら生きています。それだけに、生物多様性が重要なのです。
──そういった生き物たちにとっても雑草は大切なのですね。
ほかに雑草には、文化的な役割もあります。昔から子どもの遊びに使われていて、茎や葉などを使った草笛を作るといった草遊びは、人間の成長にとって重要な要素になっていると考えられます。
また、雑草を食べる習慣は全国にあります。救荒(きゅうこう)植物になるものもあるんですよ。
──救荒植物?
食料が不足した危機の際に、飢えをしのぐ食料にできる植物を言います。米沢藩の藩主だった上杉鷹山(ようざん)公は、「かてもの」という救荒植物の解説書を刊行しました。その中の代表的なものに多肉植物のスベリヒユがあります。乾燥させれば保存食にもなるんですよ。
雑草は、人々の生活の中で役に立つ存在でもあるんです。
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インタビューを終えた後、露﨑さんと秋田県立大学4年生の小林佳大(こばやし・よしひろ)さんに大学の実験農場を案内してもらった。その面積はなんと約190ヘクタールで、大学の農場としては国内最大級という。2人が研究を行っているのは、その一画にある水田だ。除草剤を使わないでコメを栽培している。
小林さんは、キャンパスのある大潟村の有機農家のもとで、2.5ヘクタールの田んぼの除草を手伝ったことがある。
「8条用の手押し式の除草機には、動力(エンジン)が付いていました。それでも除草作業は大変。作業の負担を少しでも軽減できないかと思い、除草の間隔と雑草の発生の仕方の関係を観察しています」
1枚の田んぼを、除草しない対照区と4つの実験区に分け、除草の間隔を変えてどの程度雑草が生えるか研究している。
この田んぼの一画で露﨑さんが飼育しているのが、ドジョウだ。
「水槽の中にドジョウを1匹入れると、水が濁るようになり、水中の環境がかなり変わるんです。水を濁らせることで、雑草の発生を抑える効果があるのではないかと考えています。一定の区画の中に放つドジョウの数を変えて、雑草の生え方を見ようと思っているんですよ」
雑草の繁茂が進む暑い夏。2人の研究が新しい除草法の開発に結びつくことに期待したい。