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肥料高騰の今だからこそ知りたい減肥 リン酸の施肥量を数年間ゼロにできる可能性

山口 亮子

ライター:

連載企画:連続講義 土を語る

肥料高騰の今だからこそ知りたい減肥 リン酸の施肥量を数年間ゼロにできる可能性

化学肥料の価格高騰が続き、肥料コストの節約を真剣に考える農家は多い。「肥料の三要素の一つであるリン酸が土壌に一定量含まれれば、リン酸肥料を大幅に節約、あるいは一切与えなくても収量に影響しない」。こんな研究を手掛けた農研機構の新良力也(にら・りきや)さんに、減肥と土づくりについて聞いた。

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一定の条件下でリン酸肥料を半分やゼロにしても収量変わらず

■新良力也さんプロフィール

農研機構農業環境研究部門の研究推進部研究推進室職員。農学博士(1998年、東北大学)。1987年、農林水産省北海道農業試験場に着任。農研機構中央農業総合研究センター(現・中日本農業研究センター)、東北農業研究センターなどを経て2022年、現職へ。

──2021年から化学肥料が高騰していて、肥料コストの急増や必要量の確保に不安を覚える農家が増えています。農林水産省に化学肥料について問い合わせをすると、よく2008年の化学肥料の高騰を引き合いに「あのとき畑に投入する化学肥料を減らしても、収量はほとんど変わらなかった。なので、今回も冷静に対応してほしい」と言われます。新良さんは、当時、リン酸肥料の施用を大幅に減らす研究をしていたそうですね。

リン酸肥料の価格がものすごく上がった時に、リン酸はもう水田の土壌にたまっているじゃないか、じゃあ減肥を考えましょうと研究をしました。

水田土壌では、植物が吸収できる形態である有効態リン酸の量を増やして土壌改良するという努力が長年なされてきました。一方で、土壌改良の指針になっていた有効態リン酸の下限値である土100グラム当たり10ミリグラムを上回る土壌で、どういう減肥ができるのか。このことは、あまり考えられてこなかったんですよ。

そこで研究したところ、下限値の前後の有効態リン酸が含まれれば、減肥しても収量がほとんど下がらないと分かったんですね。具体的に言うと、リン酸を各県が定める標準施肥量の2分の1まで減らす、あるいはリン酸の施肥量をゼロにする栽培を4年間続けても、収量が下がらなかったんです。

土壌に下限値の前後の有効態リン酸が含まれれば、リン酸肥料を2分の1に減らしたりゼロにしたりしても収量はほぼ変わらないと全国8県での研究で分かった(画像提供:農研機構)

──毎年リン酸肥料を施さないといけないと思っている人からすると、びっくりする結果ですね。

これを受けて、農研機構は2013年に「水稲作におけるリン酸減肥の基本指針」を出しました。有効態リン酸が土100グラム当たり10~15ミリグラムの場合、各地の土壌条件に応じて標準施肥量からその半量までの施肥を、100グラム当たり15ミリグラムより多い場合、標準の半量の施肥を推奨するとしています。

──この研究を受けて、リン酸肥料の減肥は広まったのでしょうか?

残念ながら、すごく広まったわけではありません。農研機構が出したのはあくまで基本指針ですから、地域ごとに詳細な試験をしてもらって、指針を作って減肥を実施してもらいたいと考えていました。この研究は8つの県の協力を得て行ったので、8県は県内対応版として、減肥の指針を作ってくれました。

再び肥料が高騰しているので、基本指針を参考に自分の地域に合った指針を作ってもらえればいいなと思います。

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根拠に基づいた減肥と地力の向上が大切

──2008年の肥料高騰は、長期化せずに収束しました。ただ、今回の高騰は、長期化するのではないかとも感じます。その場合、肥料を節約するためにどんな対応が考えられるでしょうか?

対応は大きく分けて3つ考えられます。まず1つ目は土壌診断をして、過剰な施肥をしないこと。節約を考えざるを得ないので、これまでの肥料のやり方を見直してみることです。私たちが手掛けてきた研究のやり方ですね。

2つ目は、地力を上げて、土壌から得られる養分を増やすこと。手間がかかるけれども、堆肥(たいひ)を施したり緑肥をすき込んだりして有機物を補給することで、高い地力の圃場(ほじょう)を作っておけば、肥料が少なくていいわけです。

3つ目は、私たち研究者がもっと肥料を減らせる画期的な研究をする……ということでしょうか。肥料が高い状態が続けば、そういう研究をどんどんしないといけない状況になるかもしれません。

地力が高ければ高温障害が出にくい可能性も

──地力については、農水省の調査によると、堆肥の投入量が30年間で約4分の1に減っています。

そうですね。ただ、堆肥を入れる量がすごく減ったからといって、コメの収量が顕著に下がっていないので、一般に問題だとは感じられていません。

近年、気温が高いために、米粒の一部が白濁する白未熟粒が生じ、コメの品質を落とすので問題になっていますね。堆肥の投入量が減ることで、地力の低下により、イネの生育後半に稲体の窒素が不足して障害が出やすくなっているのかもしれません。

地力が下がっていることも、高温障害の発生に影響しているかもしれないのです。

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水田の地力低下を研究していて、転作を繰り返す水田で土壌の可給態窒素の量が下がりやすいと分かりました。水を張らないと、有機物の酸化や分解が進みやすくなって、地力が落ちてしまうと考えられます。
そもそも、水田地帯の地力は畑作地帯の地力より高く、有機物の分解が早く進み地力が消耗しやすい畑作地帯と比べたら、地力が昔より下がっているといっても許容範囲かもしれません。けれども、せっかく高い地力が下がってはもったいない、何とか維持したいとも考えられます。

──転作だと、ムギもよく作られますね。その場合も地力の低下は起きますか?

ムギでも地力の低下は起きます。ただ、ムギは冬に作付けされるので、夏に作付けするダイズの方が地力を下げる可能性があります。温度が高い季節に土を空気にさらす方が、土中の有機物の分解が進んで地力を下げやすいからです。なお、ダイズが特に土壌有機物を減耗させる特性を持つのではないかと考える研究者もいます。

転作で下がっている地力を堆肥や緑肥で補う

──転作で失われる地力を挽回するには、どうしたらいいでしょうか?

有機物を補うことが大切です。家畜ふん堆肥の施用は一つの方法です。ただ、稲作地帯の近くには、堆肥を供給してくれる畜産農家が意外と少ないという課題もあります。そこで、緑肥をすき込むことで有機物を補う研究も手掛けました。

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水稲を作付けした後の冬に、マメ科の緑肥であるヘアリーベッチを栽培し、すき込んでダイズを作付けする研究をしました。ヘアリーベッチを緑肥として導入すると、土壌の可給態窒素の量を増やし、田畑輪換によって下がってしまったダイズの収量を回復できると分かっています。

緑肥のヘアリーベッチを導入すると、土壌の可給態窒素の量が増え、ダイズの収量も有機物を施用しない場合より増えると分かった(画像提供:農研機構)

農水省が2021年に策定し、2050年に有機農業の農地を全体の25%にすると掲げた「みどりの食料システム戦略」がありますね。有機農業にしろ、有機物を入れて地力を上げる取り組みにしろ、手間が今まで以上にかかります。それでも地力向上の重要性について、研究で得られた知見を使いながら、消費者にも農産物が少々高くなる可能性を含めて理解を示してもらう。そういう社会システムをみどり戦略で作っていけると思っています。

これまで研究で得られた知見をどう農業現場に普及させるか。これが今まで以上に必要になると思っています。

水稲作におけるリン酸減肥の基本指針

田畑輪換圃の窒素肥沃(ひよく)度の低下と有機物施用対策技術

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