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有機質資材の効果を手軽に見える化 窒素肥料を何キロ節約できるか一瞬で分かるアプリ

山口 亮子

ライター:

連載企画:連続講義 土を語る

有機質資材の効果を手軽に見える化 窒素肥料を何キロ節約できるか一瞬で分かるアプリ

化学肥料の高騰で、堆肥(たいひ)をはじめとする有機質資材の活用にかじを切る農家が増えている。有機質資材の難点は、化学肥料と違って肥効が分かりにくいこと。地温や天候、資材の性質などによって分解の速さが変わるので、さじ加減が難しい。その難点を克服する手助けになりそうなアプリが公開され、全国の農家から期待を集めている。開発した農研機構九州沖縄農業研究センターの古賀伸久(こが・のぶひさ)さんに使い方を聞いた。

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2、3分の作業で全国どこでも窒素肥効を計算

■古賀伸久さんプロフィール

古賀伸久さん 農研機構九州沖縄農業研究センター暖地畜産研究領域 飼料生産グループ主席研究員。1998年、九州大学大学院で博士号(農学)を取得。1999年、農林水産省に入省し、北海道農業試験場(現・農研機構北海道農業研究センター)に所属。農林水産技術会議事務局研究専門官、農研機構本部での勤務などを経て、2021年8月より現職。

──2021年5月に公開した「有機物資材の肥効見える化アプリ」の使い方を教えて下さい。パソコンやスマホから手軽にアクセスできるそうですね。

まずは「日本土壌インベントリー」のページを開いてください。中央にある「土壌管理アプリ集」をクリックします。

日本土壌インベントリー

「日本土壌インベントリー」のホームページ(画像提供:農研機構)

続いて「有機質資材の肥効見える化アプリ」をクリックしてください。

土壌管理アプリ集

「土壌管理アプリ集」の画面。真ん中に「有機質資材の肥効見える化アプリ」がある(画像提供:農研機構)

すると、日本地図を含む入力画面が表示されます。ここに次の5つの項目を入力します。

アプリ結果画面

「有機質資材の肥効見える化アプリ」に必要な情報を入力すると、すぐに結果が表示される(画像提供:農研機構)

1つ目に、有機質資材を施す圃場(ほじょう)の位置を地図から選びます。私たちの研究拠点は熊本県合志(こうし)市にあるので、その地点を選びますね。すると、表示はされませんがシステム上で自動的に最寄りのアメダスの情報を呼び出して、過去の気温や降水量のデータから計算した地温と土壌水分のデータを取得します。このデータは窒素量算出に使われます。画面上では土壌の分類が自動で選択されます。ここでは腐植質黒ボク土になっていますね。

2つ目に何の有機質資材を入れるかを選んでください。これはプルダウンメニューで選択できます。家畜ふん堆肥なら牛ふん、豚ぷん、鶏ふん、市販資材だと植物油かす、魚かす、骨粉、米ぬか、緑肥だとイネ科、アブラナ科、マメ科、キク科……といった具合です。

3つ目に施用量、4つ目に施肥日、5つ目に収穫日を指定します。
先ほど、合志市の研究拠点を地点として指定したので、続いて豚ぷん堆肥を10アール当たり2トン、つまり2000キロ入れることにします。施肥日は5月1日、収穫日は9月1日として、最後に「資材由来の窒素量の計算」のボタンを押します。ここまでの設定は、だいたい2、3分あればできますね。

「あなたの圃場で、施肥日から収穫予定日までに肥料として利用可能な資材由来の窒素量は、およそ12.1kg/10aです」という回答が出ました。つまり、化学肥料と同等の肥効を示す窒素量がそれだけあるため、窒素肥料を12キロ減らすことができると示しています。

複雑な予測モデルも手軽に使える

──簡単に使えますね。

ここで計算したおよそ12キロというのは、有機質資材から放出される無機態窒素量です。無機態窒素はアンモニアや硝酸といった化学肥料に含まれる成分で、速効性を示し、作物に利用されやすいという特徴を持ちます。有機質資材はアミノ酸やたんぱく質などさまざまな有機態窒素を含んでいて、土壌中で分解されて無機態窒素を放出します。ですから、無機態窒素量を見積もれば、化学肥料をいくら減肥できるかの参考にできるんです。

アプリの使い方は非常に簡単ですが、バックグラウンドでは予測モデルを使った計算をしています。予測モデルには、先ほど説明した土壌の温度や水分、分類に加えて、分解のしやすさの指標であるADSON(アドソン、酸性デタージェント可溶性有機態窒素含量)値を入れることで、無機態窒素量を求めます。

有機質資材と窒素無機化

圃場に施した有機質資材がどのように無機態窒素に分解されるかは、気象や土壌の条件、有機質資材の質などに左右される(画像提供:農研機構)

植物油かすや魚かすはADSON値が高く、つまり分解しやすい。一方もみがらや穀類の作物残さはADSON値が低い、つまり分解しにくいということが分かります。

有機質資材ごとのADSON値

ADSON値が高い資材ほど分解しやすい(画像提供:農研機構)

なお、アプリを作成するためのデータ収集として、土壌培養実験を行いました。異なる資材と土壌、土壌温度、土壌水分、培養期間を組み合わせ、その数は計3456点にもなりました。培養実験だけで1年かかっています。予測モデルの作成や予測精度の確認などを含めて、アプリの開発には6年かかりました。

より精確なビジネス版の計画も

──すごいサンプル数ですね。そういった多くの検証がアプリに生かされているんですね。

同じ牛ふん堆肥や豚ぷん堆肥であっても、発酵の期間や副資材などで質には開きがあります。このアプリはお試し版で、予測モデルで使うADSON値は質に差がある中での平均値です。どうしても誤差が生じるので、だいたいの目安として使ってください。ちなみに、植物油かすや米ぬかなどは質の差が小さいので、予測精度はより高いです。

ある農家が「私はこの堆肥しか使わない」という場合は、その堆肥のADSON値を測れば、予測精度が高まります。より精度の高いシステムをビジネス版として作ろうとしているところです。

有機農業の課題が有機質資材の質だと知り開発

──アプリを開発するきっかけは何だったのでしょう?

有機農業のボトルネックになっているのが、有機質資材の質だと知ったことです。2014年に九州沖縄各県と農研機構の土壌研究の関係者が集う機会があり、このときのテーマは有機農業の新たな展開でした。同じ有機質資材でも夏と冬では微生物の分解速度が違って効き方が変わる、一口に牛ふん堆肥といっても全然違う……といったことが現場の課題として聞かれました。

これがきっかけで、情報を入力することで、農家のほしい情報、つまり無機態窒素の量を出せたらいいなと考えました。当時、有機農業はそれほど注目を浴びていなかったんです。けれど、現場から上がってきた悩みが大きかったことと、土壌の中でも有機質資材は一番のブラックボックスだと思っていたこともあり、何とかしたいと考えるようになりました。

それが、2021年には有機農業を推進する「みどりの食料システム戦略」が策定され、有機質資材を使いましょう、化学肥料を減らしましょうと言われるようになって、追い風を感じています。化学肥料の価格が高騰していますが、2008年にもやはり高騰があり、私が当時いた北海道では牛ふん堆肥の引き合いが増えて価格も上がりました。

有機農業は、有機質資材だけで作物が必要とする養分を賄うので、非常にハードルが高いです。その点、減化学肥料栽培は比較的取り組みやすい。有機質資材を使って化学肥料を減らしたい、あるいは有機質資材を使った循環型の農業をしたい農家には、ぜひこのアプリを使って化学肥料の減肥をしてもらえたらうれしいです。

化学肥料が以前のように安く入手できる時代は、終わったのかもしれません。養分を何によって供給するかと考えたときに、有機質資材は自然と選択肢に入ってくるでしょう。

このアプリは、科学的な根拠に基づいて有機質資材を使える点が画期的だと思います。有機質資材を使った経験のない農家、あるいは使っているが収量や品質が安定しないといった悩みを持つ農家に使ってもらいたいですね。

有機質資材の肥効見える化アプリ

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