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商社マン時代の所得を超えた 脱サラ農家が持つ農業のビジョン

吉田 忠則

ライター:

商社マン時代の所得を超えた 脱サラ農家が持つ農業のビジョン

農業経営にはさまざまな目標がある。規模を大きくして売り上げを増やすことを目指す人もいれば、自然と向き合う暮らしを追求する人もいる。そうした中、千葉県我孫子市で農園「ベジLIFE!!」を運営する香取岳彦(かとり・たけひこ)さんが掲げたのは、「農業を憧れの職業にする」という目標だった。

会社員時代を超えた所得

香取さんは現在、39歳。3ヘクタールの畑で、約100種類の野菜を農薬や化学肥料を使わずに育てている。都市近郊では典型的な営農パターンの一つだ。

栽培でこだわっているのが土づくりだ。乗馬クラブが馬ふんを原料につくっている堆肥(たいひ)を調達し、畑に入れている。さらにシイタケ農場から使い終わった菌床を譲り受け、細かく砕いて畑に投入している。

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主な販路はビビッドガーデン(東京都港区)が運営する産直サイトの「食べチョク」。ほかにじかに個人に販売したり、飲食店に卸したりしている。

土づくりに使うシイタケの菌床

就農前は商社で働いていた。海外での仕事が多く、一年の3分の1から半分は米国や中国に出張していた。子供が生まれるのを機に家族と一緒に過ごす時間を増やしたいと思うようになり、仕事を変えることを決意した。

農業を選んだのは、年末年始の休みに祖父母と話したとき、家が先祖代々の農家だと知ったのがきっかけだ。香取さんがものごころついたときは栽培をほとんどやめていたため、農家であることを認識していなかった。

興味を持って農業の実情を調べてみると、高齢農家の引退などで農家数が減っていることを知った。「ライバルが少ないのはチャンスだ」と思った香取さんは会社を辞め、野菜農家での研修を経て就農した。6年前のことだ。

脱サラして農業を始めた人で、会社員時代の所得水準に達している人はあまり多くはない。だが香取さんはすでに当時の所得を超えたという。

なぜそこまで所得を増やすことができたのか。その点をたずねると、「頼まれたことをやるだけ。それが僕の仕事のやり方」という答えが返ってきた。

香取さんが育てたさまざまな野菜

積極的に売り込まなくとも、なぜ買ってもらえるのか

最初の売り先は、就農前に確保した。農家のもとへ研修に通う傍ら、実家の畑で野菜を栽培した。それを知人に配り、「来年独立するので、もし良かったらそのとき買ってください」と頼んでみた。彼らのうちの何人かは期待通りに買ってくれた。さらに知り合いの飲食店主も紹介してくれた。

この最初の一歩は営業活動と言えなくもないが、就農後は売り上げを増やそうとして積極的に売り込んだわけではない。むしろ6年間農業をやってきて思ったのは、「応援の意味で買ってくれる人が多い」という点だ。

2019年秋に台風で被害を受けたとき、そのことを強く感じた。畑の様子を写した写真をフェイスブックに上げると、友人たちが畑を片付けるために手伝いに来てくれた。彼らの多くは、野菜も買って帰ってくれた。

取引先のレストランには「申しわけありませんが、予定通りに出せません」と連絡した。すると、シェフの多くは「食べられそうなのがあれば送って」「何でもいいから使うよ」と言ってくれた。香取さんは感謝の気持ちを込め、「あのときたくさんの人に助けられた」とふり返る。

畑の様子(画像提供:香取岳彦)

なぜ多くの人が香取さんを応援しようとするのか。肩肘張らず、自然体で人と接する人柄のおかげという面はあるだろう。加えて重要なのが、地域の子どもたちに農園を開放し、農作業を体験してもらうための活動だ。

例えば小学校の先生が、子どもたちを引率して畑に来る。野菜を収穫したり、虫を観察したり。多いときは100人くらい来る。授業の一環として受け入れており、お金をもらったことはない。保育園児たちが来たときなどに多少受け取ることはあるが、保護者が負担に感じるような水準ではない。

香取さんが日時を決めて内容を企画し、募集をかけるのではなく、「頼まれたらやる」というスタイルだ。頻度は、新型コロナウイルスの感染拡大前は月に2~3回に達していた。いまも2カ月に1回くらい実施している。

市民が農場に来て農作業を手伝う援農ボランティアなどと違い、香取さんの仕事が楽になるわけではない。それでも続けているのは、地域の子どもたちに農作業を体験してもらうことに意義を感じているからだ。

こうした姿勢が共感を呼び、香取さんを応援したいという人が増える。営業活動ではないが、農園のファンを広げることにはつながっているだろう。

農作業を体験しに来た子どもたち(画像提供:香取岳彦)

産直サイトで消費者と交流して得た手応え

子どもたちを対象にした農作業体験の活動に力を入れている背景には、かつて就農について祖父に相談したとき、猛反対されたことがある。

香取さんはそのとき、祖父の気持ちについてこう思ったという。「自分が生涯をささげた仕事に孫が就こうとしている。本来なら大歓迎したいのに、そうは言えない」。そして「自分が農業を憧れの職業にする」と決心した。

どうすれば目標を達成することができるか。そう考えたとき、思いついた方法の一つが「実際に体験してもらうのが早い」ということだった。半ばボランティアのような形で農作業体験を実施しているのはそのためだ。

農園の作業場に掲げた「農業を憧れの職業に」の標語

産直サイトを活用したことで、思いを実現する手応えを得ることもできた。購入した人がサイト上で生産者と交流する機能を使い、「子どもが野菜を好きになった」「夫が野菜の味に気づくようになった」などの声を寄せてくれたのだ。

野菜で食生活が豊かになり、生産者と交流して身近に感じてもらうことは、農業のイメージを高めることにつながる。消費者からのメッセージを踏まえ、香取さんは「人生を豊かにする野菜」も標語として掲げるようになった。

目指しているのは、規模を拡大して売り上げを増やすことでも、効率を追求して利益を厚くすることでもない。農業を、多くの子どもたちが就きたいと思う仕事にすることだ。それを実現するために香取さんは日々、畑に出る。

香取岳彦さん

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「食と農」の現場を日々取材する記者が、田畑、流通、スマート農業、人気レストランなどからこれからの農業経営のヒントを探ります。
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