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大規模トマト農場、「風通しのいい組織づくり」で挑む経営の発展

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

大規模トマト農場、「風通しのいい組織づくり」で挑む経営の発展

昔ながらの家業から企業的な経営へ。農業界はいまその転換のプロセスの中にある。そこで重要になるのが、スタッフがスキルを高め、存分に発揮できる組織づくりだ。そんな課題に挑戦しているグリーンファームらぱん(埼玉県比企郡滑川町)の代表の清家良夫(せいけ・よしお)さんにインタビューした。

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日々の「気づき」を忘れない工夫

グリーンファームらぱんは設立が2010年。13棟のハウスでさまざまなトマトを育てている。主な売り先は埼玉県内を中心にしたスーパー。スタッフはパートを含めて78人いる。トマト栽培では大規模経営の部類に入る。

清家さんは2020年に代表になった。この2年間とくに力を入れてきた点についてたずねると、「スタッフがこれまで身につけてきたスキルを100%出し切れるような環境をつくること」という答えが返ってきた。

栽培技術を含め、スタッフのスキルには信頼を置いている。だから「みんな高いスキルを持っている」と強調する。だがそれをフルに発揮し、さらに高めるには、組織運営をより良くする必要があると考えているのだ。目指しているのはトップダウンではなく、ボトムアップによる収益の向上だ。

たくさんのハウスが並ぶグリーンファームらぱんの農場

そのために充実に努めてきたのが、社員と一緒に月1回と週に1回のペースでそれぞれ開く会議だ。肝心なのは単なる報告会ではなく、しっかりとした議論の場にすること。「何時間かけてこれだけ収穫した」などシンプルな報告で終わりにするのではなく、収穫に費やした時間が適切だったのかを話し合う

スタッフが漫然と仕事しているわけではないことは理解している。だが忙しさに流されてばかりいると、日々の仕事で感じた「気づき」をつい忘れがちになる。それを防ぐには、現場から活発な意見の出るような風通しの良い職場環境が大切だと考えているのだ。会議はそのためにある。

「スタッフが自分の頭で考える農場経営」(清家さん)を実現するうえで重要だと考えているのが、社員が問題意識を共有することだ。清家さんは「会議では経営状態に関する情報をすべてオープンにしている」と話す。

トップの指示ではなく、自分の判断で仕事のやり方を変えることで、収益が上向くのを実感してもらう。それを端的に示すのが賃金だ。清家さんは「農業は賃金が低いと言われるような状況を皆で改めていきたい」と強調する。

ミニトマト

栽培と販売の間に位置する重要な仕事

社員にはそれぞれ担当を割り振ってある。栽培や販売、出荷などだ。中でも清家さんが重視している仕事の一つが調査だ。清家さんが代表になる前からあった仕事だが、「いままで以上にプロに育ってほしい」と期待する。

担当の仕事は各ハウスを回り、生育状況や天候などをもとに翌週以降の収穫量を予想すること。トマトの収量や色などが予想と大きく違ったとき、その原因を栽培担当と話し合う。その積み重ねを通し、予想の精度を高める。

一方、予想した内容や実際の収穫状況に関する情報は、出荷や販売の担当に伝える。販売担当がスーパーのバイヤーと商談を進めるうえで必須の情報だ。もし予想と結果が大きくずれれば、その後の販売に響く。それを防ぐため、どんなタイミングで農場の様子を調べれば精度が高まるかを検討する。

ここでも念頭に置いているのは、トップダウンではなく、現場発の仕事の徹底だ。各担当がトップにその都度報告して判断を仰ぐのではなく、横で連携して仕事の改善方法を模索する。栽培や販売、出荷だけでなく調査の担当を置くのはそのためだ。清家さんは「役割はとても重要」と話す。

ハウス内の様子

清家さんの組織運営の考え方を示す具体例をもう少し挙げておこう。この2年間に手がけたことの一つに、高糖度トマトの栽培への挑戦がある。これまでグリーンファームらぱんは大玉と中玉、ミニトマトの一般的な品種を育ててきたが、糖度が高くなりやすい品種の栽培も新たに始めてみた。

理由はいくつかある。単位面積当たりの収入を増やすには、より単価の高い品種を取り入れる必要があると判断した。事業規模をもっと大きくするには、他の農場にノウハウを伝授し、連携する方法もあると考えた。特徴のある品種の栽培スキルはそうした戦略を進めるうえで役に立つ。

一般にトマトは、糖度を高めようとすると、収量が落ちる傾向がある。では両者のバランスをどこでとれば、収益を最大化できるか。それを探るために始めたチャレンジだったが、結果は必ずしもうまくいかなかった。期待していたほど糖度が上がらなかったのだ。

栽培に失敗したとわかったとき、清家さんは「すごく悩んだ」という。販売の見込みがたたない以上、収益のことだけを考えれば、すべて栽培を打ち切るのが合理的な選択だった。栽培を続ければ、人件費や肥料代がかかるからだ。だがそうはせず、一部はそのまま残して栽培を続けることにした。

試験栽培という意味もあるが、それ以上に重視したのはスタッフのモチベーションだ。糖度を含め、さまざまなデータをとりながら栽培方法を模索してきた。株をすべて捨ててしまえば、その努力を否定することになると考えた。「次につなげるため、挑戦を続けてみたらいい」。そう伝えたという。

清家良夫さん

人の定着が可能にする営農の発展

スタッフのやる気を引き出すことは、多くの組織運営で共通の課題だが、農業ではそれがとりわけ重要になる。多くの農場は、家族ゆえにときにお互い無理も通る小規模経営から、企業的な経営への移行期にあるからだ。

トップダウンですべて決めれば意思決定は早くなる。賃金を抑えれば、経営陣の手元に残るお金は増える。だが、それで経営を発展させるのは難しい。一部の農家が「農業はもうからない」と言い続け、後継ぎを確保できなかったのと同じだ。そこで働くことに希望を持てなければ、人は定着しない

清家さんは「最終的には人の力が企業の力になる。みんなで知恵を出し合い、常に挑戦し続けられるような組織をつくりたい」と話す。変革期にある農業界が共通に追求すべきテーマだろう。

グリーンファームらぱんの商品の一つ「甘熟アイコ」。アイコはミニトマトの品種名

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