特別栽培のハードルは意外と低い⁉
ヤマガタデザインアグリは、自社ブランド「SHONAI ROOTS(ショウナイルーツ)」で地元JAや地域の生産者などと連携している。有機作物などの高付加価値な農産物の販路確保や、手間のかかる包装・出荷作業などを請け負うことで、生産者の手取りアップや生産性の向上に取り組んでいる。
同社取締役の田中草太(たなか・そうた)さんは、こうした従来の地域課題を「最適化」することが街づくり企業としての目的であると説明する。
他の農業分野での事業でどのような「最適化」がなされているのかを見てみよう。
ヤマガタデザインアグリが仕入れで取引している生産者は、組合などの団体を含む10~20件、戸数にすると30~40戸ある。
ショウナイルーツでは特別栽培の基準(慣行栽培で使用される化学肥料・農薬を基準値の50%以上削減)を満たした作物であることを条件の一つとしており、田中さんはその条件を満たす生産者を探して商談を進めてきた。
そうして地域の生産者と話をしている中で、田中さんはあることに気がついた。多くの生産者が、自身が特別栽培の基準で作れることを知らないでいるということだ。
「有機や特別栽培の話をすると、『そんなの大変でできない』とか『うちはけっこう農薬を使っているから』と身構える生産者さんがけっこういらっしゃいます。でも、実際に栽培履歴をつけているノートなどを見せてもらうと、すでに特別栽培の基準を満たしていたり、少し減らすだけで基準に達したりということがけっこうあるのです」
もともと農業未経験者だった田中さんだが、多くの生産者から栽培履歴を見せてもらううちに、どの農薬を削減できそうかがある程度わかるようになった。田中さんの指摘によって、特別栽培の基準が意外と簡単に満たせることを知った生産者は少なくない。
「慣行レベルの農薬使用回数は地域ごとに違っていて、この地域の基準値は山形県のホームページを調べればすぐにわかります。ですが、それを把握されていない農家さんがけっこういるのです」
田中さんによれば、都道府県が公表する慣行レベルの農薬使用回数はあくまで基準値でしかなく、すでに生産者自身で削減する努力はされているのだという。
「農薬散布は手間がかかるし、最近は値段も上がってきているので、技術のある農家さんだと、もともと使用回数が少ないんです。私たちが有機農業でブランディングしているのが目立って見えるかもしれませんが、農家さんはそもそも経済合理的に、いかに農薬や化学肥料を減らせるかを当たり前のように考えています。ですから、あとちょっとだけ回数を減らしてもらうだけで、これまでより高い単価で買わせていただくことができるんです」(田中さん)
包装・出荷の作業はヤマガタデザインアグリに担ってもらえるので、生産者は栽培に集中でき、特別栽培の基準を満たした作物も作りやすくなる。さらに従来よりも高い価格で買い取ってもらえるとあって、生産者にとってはメリットの大きい取り組みなのだ。
地元調達の有機肥料で、肥料価格高騰の影響は最小限に
ヤマガタデザインアグリが有機農業を選んだのには、もう一つ大きな理由がある。原料を輸入に依存している化学肥料から、地域で調達できる有機質肥料へ移行することで、環境への負荷や肥料の価格高騰のリスクを最小限に抑え、農業の持続可能性を高めるというものだ。
同社が農業分野に着手した2019年当時、化学肥料への依存度を少なくしていく考えについて田中さんが語ると、地元生産者たちからは「たしかに値段は上がるかもしれないけど、まだ先の話だろう」とよく言われていた。
ところが、それからわずか3年で肥料の高騰は現実のものとなったわけである。
「備えておいてよかったと思います」と田中さん。化学肥料が急速に値上がりしている中でも、同社が使用している有機肥料は今のところほとんど価格は据え置きだ。その肥料を買いたいという地元生産者からの相談も増えてきているという。
「化学肥料に依存する農業よりも、地元の有機資源を活用するほうが、持続可能な農業は可能であるということが実証されつつあるのではと考えています」(田中さん)
同社では豚ぷんを原料とした堆肥を地域の養豚農家から入手し、キノコの廃菌床やもみ殻くん炭などと組み合わせて施用している。それら有機質資材はすべて地域内の事業者から調達したものである。
今後は地域で廃棄されている有機資源をさらに活用するため、カニ殻・エビ殻といった海産物、学校給食や飲食店・スーパーなどから出る食品残渣(ざんさ)、下水処理汚泥などを活用した肥料を開発・販売する計画も進めていく。
「農産物を高く売ることだけではなく、肥料開発という上流の部分でも地域の皆さんと一緒に取り組んでいくことで、農家さんにとってもメリットにつながるのではないかと考えています」と田中さんは語る。
他の機関・団体の事業とも積極的に連携
ヤマガタデザインアグリでは、自社事業だけではなく、他の機関・団体が取り組む事業においても連携体制を構築し、自社の事業展開に生かしている。
鶴岡市の農業人材育成事業を業務受託
鶴岡市の農業経営者育成学校「SEADS(シーズ)」では、行政と地域の高校・大学、JA、民間企業であるヤマガタデザインなど8機関が連携している。ヤマガタデザインは業務の一部を受託していて、研修生のカリキュラムの検討や、情報発信など広報の部分を担っている。
SEADSの大きな特徴の一つは、基本である慣行栽培に加えて、将来的に導入する可能性のある有機農業の講座も設けていることだ。地域の有機農家数戸が研修受け入れ先として参加していて、鶴岡市外から来た研修生でも地域のネットワークに入りやすいようにと、SEADS事務局がサポートをする。
SEADSでの研修を終え、将来的に基準に適合する農作物を生産した場合は、ショウナイルーツの販売網も利用できる。
産学連携のロボット開発
同じヤマガタデザイングループの会社「有機米デザイン」が手がける「アイガモロボ」の開発にも、ヤマガタデザインアグリは深く関わっている。
アイガモロボは雑草の発芽・生育を抑える自動抑草ロボットであり、2019年に有機米デザインを立ち上げてからの約3年間、全国33都府県、200台以上で実証実験を行ってきた。研究開発においては、東京農工大学をはじめとする多くの機関と連携体制を構築しており、雑草の抑制効果の検証では山形大学など数多くの学術機関が協力している。
実証実験では、地元の若手農業者団体「F.A.I.N(ファイン)」のメンバーも協力している。ファインとはその他にも米・野菜などの販売や人材育成などで連携協定を結んでいて、持続可能な農業の普及という、共通する目的の下で連携を強めている。
ヤマガタデザインに人が集まる理由
ヤマガタデザイングループがこれほどまでに規格外の急成長を遂げてきたのには、こうした地域内外の企業や機関などと積極的に連携してきたことが大きな要因と言えそうだ。
なぜヤマガタデザインはこんなにも人を引きつけるのか。
そのヒントはヤマガタデザイン代表取締役の山中大介(やまなか・だいすけ)さんの言葉にあった。
山中さんは日経グローカルの連載記事で、「ショウナイホテル スイデンテラス」建設の資金集めが難航していたことを振り返って次のようにつづっている。
「私は、目の前の田んぼの風景の美しさに賭けてみたいと思った」
「大切なことは、その美しい本物の持つ可能性を地域の住民が信じ抜くことである」
人を動かすには熱意が不可欠である。ヤマガタデザインの出発点には、創業者である山中さんの熱意があり、それが地域の人たちに希望を与えたのだろう。
だが、熱意だけで人を動かすことは難しい。その熱意が本物であるかを示す必要がある。
山中さんは、同誌で次のようにも語っている。
「私たちは、課題解決のために自らがリスクを取り続けるハコであるべきなのだという結論に達する。地方都市から、可能な限りのフルスイングで社会にイノベーション(事業)を創出し、皆の想いを、理想的な社会を実現することが私たちに求められている役割なのだ」
ヤマガタデザインアグリの急速な成長の背景にあったのは、奇抜なアイデアや最先端の技術などではなく、山中さんをはじめとするヤマガタデザインスタッフの地域の力を信じる熱意と、事業をどんどん進めていく行動力と覚悟だった。
そして、地域の人たちが本気で連携すれば、多くの課題は解決可能であるということもヤマガタデザインは示してくれている。地域にもともと備わっている力を発揮できるようにネットワークを作り、事業を通じて地域の仕組みを次々と最適化しているところに、同社の事業の新規性があるのかもしれない。
もちろん、それがいかに難しいことか、会社経営者など事業を担っている人ほど理解できるだろう。立ち上げ当初、まだ実績のなかったヤマガタデザインに、地元の金融機関・企業が多額の資金を出したことからも、同社への期待がいかに大きかったかを察することができる。
農業をはじめとする地域経済の持続可能性が重視される中、ヤマガタデザインが示唆するものは非常に大きい。