施設もノウハウも販路もあるが、後継者がいない
福岡県久留米市の田んぼが広がるエリアにハウス群が立ち並ぶ。ハウスに前後を挟まれた一画に、株式会社ONE GOの事務所と倉庫、加工場がある。
「もともと20アールだったのが、2021年に25アール増やして、2022年も17アール増やした。合わせて62アールなので、もともとの3倍近くになっているね」
整備されて間もないハウスを指さして、同社CTO(最高技術責任者)の築島一典(つきじま・かずのり)さん(67)が説明する(冒頭写真右)。
築島さんの自宅は、ハウス群の目と鼻の先にある。築島さんは、もともとイチゴの「あまおう」を栽培する築島農園の事業主で、収穫物を地元の卸売市場やJAに出荷していた。自らイチゴの栽培に使う道具を開発して特許を申請するほど栽培技術の向上に熱心で、固定客も獲得。経営は順調だったけれども、悩みは後継ぎがいないことだった。
「少しずつ面積を減らしてやめていく方法もあった。でも、ハウスという施設と栽培のノウハウがあったので、続けてやってもらえたらと考えてね」(築島さん)
そこで、「継がないか」と付き合いのあった嘉村裕太(かむら・ゆうた)さん(32)に声をかける(冒頭写真左)。ただ、嘉村さんは今でこそONE GOのCEO、つまり農業法人の代表だが、声をかけられた当時、農業と全く畑違いの福祉事業所の経営者だった。

奥に整備したばかりの連棟ハウスが並ぶ
障害者が働ける農業現場を増やしたい
嘉村さんが築島さんと出会ったのは2017年のこと。2016年に障害者の就労を支援する株式会社SANCYO(さんちょー)を立ち上げ、「就労継続支援A型事業所」の運営を始めていた。
A型事業所は、障害者と雇用契約を結び、障害者が一定の支援を受けながら働ける福祉サービスを提供する。その利用者は内職のような単純作業をこなしているというイメージを持つ人もいるだろう。嘉村さんは「体を動かしたいとか、農業にかかわりたいという利用者も一定数いるので、そのニーズに応えられないか」と、働く場の一つに農業を加えたいと考えた。事業所の利用者が作業を手伝える農家を探していて、築島さんと出会う。
イチゴの栽培は、苗の定植やハウスのビニールがけなど、人手を要する作業が生じる。嘉村さんの活動を知った築島さんは、SANCYOの利用者にそうした作業を依頼するようになった。そして2019年ごろから、嘉村さんに農園を継がないかと持ちかけるようになる。SANCYOの利用者が働ける農業の現場をもっと増やしたいと考えていた嘉村さんがそれに応じ、CMO(最高マーケティング責任者)として物部遼平(ものべ・りょうへい)さんも加わり2020年にONE GOを立ち上げた。

2020年にONE GOを3人で創業した(写真提供:株式会社ONE GO)
3人で創業し13人の規模に
農業側の高齢化、そして人手と後継者の不足という課題。福祉の側の障害者を雇用する場の創出と賃金の向上という課題。両者のそんな困りごとを解決する方法が、農業法人を立ち上げてSANCYOの利用者を雇用したり、農作業に派遣したりすることだった。
3人で設立したONE GOは、13人の規模になった。SANCYOの利用者が繁忙期には毎日7、8人働きに来る。収穫した「あまおう」は、ふるさと納税で独自のブランドとして生鮮や冷凍で販売する。もともとSANCYOの利用者だった2人が、今はONE GOの従業員として働く。
築島さんが夫婦でイチゴを栽培していたころと比べると、事業規模は「かなり広がった」(築島さん)。築島さんはCTOとして栽培を指導する。新しいことに関心が強く、組織が柔軟に変化していくのを楽しんでいる。

ふるさと納税で人気の冷凍あまおう。急速冷凍しており食感がいいと評判だ(写真提供:株式会社ONE GO)
農業と福祉、双方の困りごとを同時に解決しないと連携できない
築島農園とSANCYOにとっての最適解は、事業の承継と農業法人の立ち上げだった。身内以外に事業を譲る「第三者継承」自体は農業でもみられるが、まったくの異業種に譲ったONE GOのような事例は珍しいという。嘉村さんは言う。
「福祉と農業のそれぞれに困りごとがあって、そのどちらかが先行すると、連携は成り立たないと思っています。事業所の利用者には、農業のような現場で体を動かす方がいい人もいれば、動かさない方がいい人もいます。農業の都合だけで福祉の分野から人を呼び込むのは、違うと思うんですね」
嘉村さんは、いわゆる「農福連携」は農業と福祉の一方が他方に従属する関係に陥りがちだと感じており、この言葉は使わないようにしている。

育苗中のイチゴ
従業員が増え、ハウスの拡張も進み、ONE GOは組織としての基礎を固めている段階だ。収益性を高めつつ、加工品を開発したり、新規事業を手掛けたりすることを考えている。
「観光農園事業を始めるというのが目下、僕らの夢と希望です」(嘉村さん)