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在来作物とわら細工が主力商品。小農という生き様がブランドイメージになった

在来作物とわら細工が主力商品。小農という生き様がブランドイメージになった

かつて農家の副業として行われてきたわら細工。今では一部の年配者がその技術を知るのみとなったが、現代でもわらを編みながら生計を立てる若い農家がいる。山形県真室川(まむろがわ)町にある工房ストローの高橋伸一(たかはし・しんいち)さんだ。40歳で地方公務員を退職し、家業の農家を継いだ。少量多品目の家族経営で、在来作物にもこだわるまさに昔ながらの小農である。在来作物とわら細工を中心とする農業がなぜ成立するのか。高橋さんを取材した。

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■高橋伸一さんプロフィール

■高橋伸一さんプロフィール
1975年、山形県真室川町に生まれる。高校卒業後、真室川町役場に就職。2016年3月に退職し、「工房ストロー」を立ち上げる。2017年には地域の生産者と「真室川伝承野菜の会」を結成し、事務局長として会を取り仕切る。

200種以上を収穫する昔ながらの小農

高橋さんは、両親、妻、子ども3人の7人家族で暮らす。少量多品目の家族営農を続ける農家の5代目だ。

米・野菜の栽培の他、鶏・牛などの畜産も行い、山菜、きのこ、木の実、川魚なども収穫している。そのすべてを一般販売しているわけではないが、高橋家では200種以上にも及ぶ食物を生産・採取している。いわゆる昔ながらの「小農」だ。

田んぼは約3ヘクタール。すべて慣行栽培で行っており、反収は10俵(約600キロ)と山形では平均的。全量を地元JAに卸している。畑は約1ヘクタール。キュウリや大豆などの在来作物をメインに栽培している。

在来作物とは、種苗会社が開発・販売する一代限りのF1品種とは異なり、その地域、その農家で数世代にわたって自家採種で守られてきた品種である。

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主力となる作物は、勘次郎胡瓜(きゅうり)だ。黄白色のずんぐりとした見た目で、苦みも青臭さもなく、甘みが強いのが特徴だ。他には見られない特徴的な品種であり、幅広い層のファンがついている。

勘次郎胡瓜は10アール弱の面積に100株ほど植えている。収穫時期は7~8月をピークとした2カ月半で、収穫量は全部で1.5トンほど。規格品は1キロ800円で卸している。
JAでは取り扱っていない農作物であり、基本的には自分で販路開拓をしている。レストランなどの飲食店や仲卸業者が主な取引先で、その他にも産地直売所、物産店、マルシェなどに出荷したり、オンラインショップで販売したりしている。

勘次郎胡瓜の仕分け作業

わら細工職人としての顔

高橋さんには、さらにわら細工職人としての顔もある。
高橋さんの商号「工房ストロー」も、わらを意味する“straw(ストロー)”に由来する。真室川町は、毎年2メートルもの積雪で覆われる豪雪地帯であり、農業がまったくできない冬の間の手仕事として発達したのが、わら細工だった。

高橋さんは、この地域で古くから行われていたわら細工を、工芸作品として見た目を美しく整えた。蓑(みの)やわら靴といった昔ながらの日用品ではなく、動物のオーナメント、魔よけ、ホタルカゴといった、装飾品としての作品をメインに制作・販売をしている。

高橋さんが手がけるわら細工作品(画像提供:高橋伸一)

高橋さんの作品は県外からの評価も高く、生活雑貨を取り扱う大手企業から大量発注が来ることもある。全体の4割ほどが雑貨店やセレクトショップなどの委託販売で、残りがオンラインショップを中心とした自社販売だ。

また、自社製品だけではなく、他社が製造販売する商品のパーツ制作の委託も受けている。正月の季節商材であるしめ飾りの、縄の部分だけを毎年注文する企業があるのだ。

40歳で公務員を退職、専業農家に

いずれ家業である農家を継ぐつもりだった高橋さんだが、高校卒業後は地方公務員として就職した。

30歳を過ぎたころ、町役場で地域資源のブランド化を図る広報部門の担当となった。そこで真室川町の地域資源の掘り起こしをしていたときに、在来作物やわら細工といった農村文化と出会った。地元に当たり前のようにあった資源が、「宝」として注目され得るものであることを、高橋さんは初めて知った。

だが、在来作物もわら細工も、いくらその魅力を発信したところで肝心の後継者がいない。「せっかく、町の宝としてブラッシュアップしていく取り組みをやっても、実際にやる人がいない。情報発信したって先が見えてる。『昔そういう文化があったんです』と言ったって、何にもなんねえべ」(高橋さん)

町役場の仕事に、そんな矛盾を感じてもいた。この地域に残る魅力的な伝統文化を、これからも生きた形で残していくためにはどうしたらいいのか。

「だったら、自分がやればいいじゃないか」と高橋さんは思い立った。自分の家は農家である。在来作物は作れるし、畜産をやっているのでわらだってある。伝承野菜とわら細工を組み合わせた農家の暮らし。そういう昔ながらの百姓の生活を、現代でもちゃんと続けていけるということを実証するだけでも十分ではないか。

2016年3月、40歳を節目の年と感じた高橋さんは、約20年勤めた町役場を退職し、本格的に農業を開始した。

勘次郎胡瓜の収穫をする高橋さん(画像提供:高橋伸一)

わら細工の師匠に弟子入り

高橋さんがわら細工を始めたのは、公務員を辞める3年前だった。当時、県や市町村を中心とする公的な団体が、地元の資源を活用した仕事の創出を目的に、わら細工の講座を開設していた。かねて地域の伝統文化の調査をしていた高橋さんも、実際にやってみようと応募した。

講師は伊藤佐吉(いとう・さきち)さんという、80代後半(当時)の古老である。この地域では有名なわら細工の名手であり、今でも高橋さんが師匠と仰いでいる人物だ。
もともと、糸や折り紙といった素材から、何か別の形のものを作り上げる手わざが好きだった高橋さん。わら細工の面白さにすぐにのめりこんだ。
わら細工の技術は、師匠である佐吉さんだけではなく、近隣市町村にいるたくさんの先達たちに、横断的に聞いて回った。

「今、自分のやっている技術なんて、わら細工の世界からすると、1割にも満たない」と高橋さんは言う。だが、そのたった1割の技術だけでも、世間からはわら細工職人として評価され、仕事として用が足りてしまうくらいの需要がある。
「だからといって漫然としていられない。まだまだ作りたいものがある」。高橋さんにはもっと学びたい技術がたくさんあるものの、農業とわら細工の制作で忙しく、なかなか機会を作れずにいる。わら細工の技術を持つ先輩たちも高齢化が進んでおり、「早く教えてもらわなければ」と焦りを感じている。

人気商品のホタルカゴ(画像提供:高橋伸一)

昔から伝わってきた最高峰の技術がここにある

わら細工の技術は、昔から長い時間をかけて伝えられてきたものである。「わら靴が雪中でしみてこないように」「霜焼けにならないように」と、履く人のことを考えながら技術の改良が重ねられてきた。

「今に残るわら細工は、何世代にもわたる創意工夫が凝縮されている結晶のようなもの。これまでにたくさんの技術が淘汰(とうた)されてきたと思う。その最先端、最高峰としてあるのが今の姿なんだ」(高橋さん)

近年は委託製造も含めてわら細工の発注量が増えていて、高橋さん一人では手が回らなくなっている。そこで、材料の下準備や縄の制作など、各工程を部分に分けて、近隣町村の先輩たちに依頼する「分業制」を検討している。

「自分には、手の平が二つしかないから、『去年は100個だったから今年は200個だ』と言われてもできないわけよ。じいちゃんたちに相談してみたら、まんざらでもなかったみたい」と高橋さん。先輩たちにとっても、昔の手習いが人の役に立つことにはやりがいを感じられるようだ。手先を動かすので認知症予防にもなるという。
高橋さんは「地域の手仕事を残すのに、少しでも貢献できるんじゃないかな」と話している。

「わら細工には昔の人たちの思いが詰まっている」と高橋さん(画像提供:高橋伸一)

変わらずに継続していくことが目標

今後の展望について尋ねると、高橋さんは次のように答えた。「継続は力なり。なるべくこのままの状態で継承していきたいな。だって、何百年も続いてきたものだもん。だから、これからも大きくは変わらないこと。それが今後の目標かな」

現在に残るわら細工は、高橋さんいわく「最高峰」だが、最高峰の技術で作られた品物も、ディスカウントショップで安く買える商品と、機能の面では変わりはない。かつて農村ではあたりまえのように作られていたわら細工も、現代ではその役目を果たすことはなくなり、高橋さんのように生業(なりわい)として技術継承をしている若者はほぼいないのが現状だ。せっかく何百年もの歳月をかけて磨かれてきた技術である。華々しく注目される必要はないから、細々とでも続けていきたい。伝統文化とはそういうものだと、高橋さんは考えている。

一方で、昨今は持続可能な社会という考え方が広く受け入れられるようになり、使い捨てではなく、手のかかった質のいい品物を長く使うという価値観を持った客層も増えてきた。手仕事の背景にあるストーリーや、人間の思いなど、機能以外の価値にもお金を払ってくれる人がいる。そうした人が増えてくれば、またわら細工をやる次の世代の人が出てくるかもしれない。

「自分のような生き方は、誰でもできるわけではないと思う。農家としての環境が整っていないとできないし、なにより、好きじゃないと続かない。それでも、自分がやめるまでに、社会がもっとこういうものにお金を払ってくれる風潮になっていればいいけどね。その時に、俺みたいな人が1人、2人と出てきてくれたらいいと思う」。
小農として、気負いのない生き方を実践する高橋さんが、笑いながらそう語った。

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