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引きこもりがほぼいなくなった町 農業を通じて誰もが関われる仕事づくり

山口 亮子

ライター:

引きこもりがほぼいなくなった町 農業を通じて誰もが関われる仕事づくり

全国に先駆けて引きこもりの実態調査を行った自治体である秋田県藤里町で、町内に113人いた引きこもりが今ではほぼゼロに近くなっている。引きこもりや障害者を単なる支援の対象とせず、こうした人々が担い手になれるような仕事づくりを進めてきた。中でも欠かせないのが農業だという。

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地域の引きこもりをゼロに

人口3000人弱で高齢化の進む秋田県藤里町は「引きこもりがいなくなった町」として知られる。藤里町社会福祉協議会会長の菊池(きくち)まゆみさん(冒頭写真右、当時は事務局長)が、引きこもりの実態を把握したいと考え、2010年に実態調査をし、18歳~55歳未満で113人という結果が出たのがそもそものきっかけだ。

総世帯数が1300ほどの小さな町で、調査した年齢層の1割に当たる引きこもりがいるという結果は衝撃的だった。菊池さんたちはそんな状況を変えたいと試行錯誤を重ねていく。最終的に至った結論は、就労するための準備の場こそが最も必要とされているということだった。

そこで、福祉の拠点として「こみっと」という施設を設け、その中に就労支援の場として手打ちそばやうどんをメインにした食事処「こみっと」をオープンさせた。さらに、高齢者の生活支援や援農など、地域の困りごとを広く解決する人材バンク「こみっとバンク」を立ち上げた。これらの「こみっと支援事業」で外部との関わりを増やし、自信をつけた若者たちは次々に一般就職し卒業していった。

今では町内に引きこもりはほぼいない。引きこもり予備軍になる人は毎年いるが、人材バンクに登録したり、求職者支援事業として設けている「介護福祉士実務者研修」に参加して資格を取ったりして自立していく。

支援する人、される人といった区別をなくす

こみっとバンクに登録していた引きこもりなどの若手が次々に卒業してしまったため、「生涯現役」を合言葉に若者から高齢者まで参加できる「プラチナバンク」を2017年に立ち上げた。そして「仕事づくり」として農業を中心にした特産品づくりに着手した。

「地方創生事業のつもりで始めたんです。私たち社協が関わる弱者と言われる人々は、誰かがやってくれる地方創生の恩恵を受けるというイメージがありました。いやいやそうではなく、弱者と言われる人々が担い手になれるような地方創生があってもいいんじゃないかと」(菊池さん)

この支援する側、される側の壁を越えていくことこそが、こみっと支援事業を成功に導いた秘訣(ひけつ)でもある。プラチナバンクの登録者はいまや約400人と、人口の1割を超えている。事業による年間の収入は4000万円ほどになった。

町内の引きこもりがほぼいなくなる一方で、町外からの受け入れもしてきた。社協で「藤里町体験プログラム」を開催していて、長期や短期の滞在者を呼び、プラチナバンクに登録するなどして仕事や町での暮らしを体験してもらっている。社協の事務局長代理を務める門田真(もんだ・まこと)さん(冒頭写真左)は言う。

「参加者が支援を受けるというよりは、町に来てもらって、畑や田んぼをやっているおじいさん、おばあさんの活躍の後押しをしてもらっています。支援する人とか、される人といった区別はなく、お互いさま。参加者にとっても、藤里町に行って地域の困りごとの解決を手伝ってくる方が達成感につながり、地域としても、そういう人にどんどん来てもらえると、地域づくりや人のつながりが広がっていく。そういう活動を目指しています」

すべての人が参加しやすい仕事づくりにはまった農業

門田さんは「すべての人が参加しやすい仕事づくりを心掛けています」と話す。人材バンクには体調に波のある人や、高齢で足腰に負担を掛けられない人、認知症を患っている人など、さまざまな人が登録している。社協としては、こうした人たちができるときに無理のない範囲でこなせる仕事も用意したい。その点、収穫後の調製作業まで含めた農業であれば、多様な人が少しずつ関わることができる。

社協は町有地4ヘクタールをはじめ、町内のあちこちで田んぼや畑を借り、ときに山林にも作業のために入っている。また、「使っていない田畑があったら使わせてください」と住民に頼んでいる。菊池さんは「大規模農業を継承するみたいな格好いいことができればいいけど、できないの。だから『何反歩借りています』なんて胸を張って言えないんだけど」と控えめだ。

町内には小規模な農家が多く、高齢化が進むにつれて、耕作されない農地が増えている。
「農業がどんどん消えていく、農地が荒れ地になっていくのを見てきました。社協にはさまざまな人が関わっていて、その力を集めることはできますから、いろんなことができると思っています」(菊池さん)

社協では、ワラビやツル植物のクズの根を掘り、ワラビ粉や葛粉(くずこ)を作る「根っこビジネス」を始め、フキを皮むきしてほかの山菜と一緒に煮物にして「藤里グッドデリ」という加工食品のシリーズを作ったり、小豆と大豆を育てて選別し、加工品にしたりしている。

農業の特徴と地域の人との共同作業が効果的

農業は引きこもり状態の解消を目指していたころから、活動の重要な構成要素だった。

「土に触れる、どんどん育っていく植物を相手にする、体を使う分だけ達成感を得やすい……。農業のそういう特徴と、地域の人たちと作業を一緒にやらなければならないことが、若者たちにとってすごく良かったんじゃないか」

菊池さんはこう考えている。都市だけでなく地方でも核家族化が進み、家族以外の大人と親しくする機会が乏しいまま育つ若者も多い。

「地域の人々と触れ合う経験をあまりしたことがない人が多く、地域の人に『お陰で助かったよ』とか『よくやってるな』と認めてもらうことの効果が、とても大きかったようです。社協の職員や仲間に認められるよりも、地域の人たちに認められることの方がかなり大きな経験になるんじゃないかと思います。それが、農業を通して無理なくできたんですね」

そう説明する菊池さんは、どんな活動を中心に据えるかは地域の特性によって変わってくるという。藤里町では農業が身近にあり、困りごとも多かったため、農業とその周辺で仕事づくりをしている。

「地域の外からプラチナバンクを含む社協の活動に参加してもらうのも歓迎しています。ここでは50代も若者、場合によっては70代で若手です。興味を持って、藤里町に来てくれる人がいると、うれしいですね」(菊池さん)

藤里町社会福祉協議会
http://fujisato-shakyo.jp/

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