農薬とは
農薬とは、農作物や観賞用植物などの人が育てている植物に発生する害虫や病気を退治したり、雑草を除いたりするために使われる薬剤などのことです(引用:農林水産省「農薬ってなに?」)。イメージしやすいのは、農作物を病気や害虫から守るための薬剤でしょう。
しかし、虫を殺すための殺虫剤すべてが「農薬」というわけではありません。例えば、家屋に出た害虫(ゴキブリやムカデ、シロアリ)を駆除するための「家庭用殺虫剤」は、農薬と有効成分が同じであっても、あくまで家庭用で使うためにつくられており「農薬」ではありません。害虫を退治できることに違いはありませんが、農作物には使ってはいけません。
どれが農薬か判別するには
ホームセンターなどでは農薬と家庭用殺虫剤が入り交じって陳列されていることがあります。
そういうときは、ラベルに「農林水産省登録第○号」といった番号が記載されていれば、それが農薬だと判断することができます。この番号は、農薬として使用する際の安全規範についての厳しい検査をクリアした証拠なのです。
これがなければ「農薬」ではありません。
農薬に対する一般的なイメージ
「農薬は便利だが体に悪い」
「わずかな量でも長期間摂取していると体に蓄積する」
「土壌が汚染されて作物が健康に育たない」
「農薬を使った作物は栄養価が低い」
「農薬は畑や田んぼの生物環境を破壊する」
農家にとって農薬は、品質の良い農作物を安定的に生産するうえで便利な資材です。
しかしその一方で、「害虫を駆除する」「病気のもととなるカビや細菌を殺菌する」といった農薬の基本的な作用から、上記のようなよくないイメージや、不安を持つ消費者もいます。
人体への影響のみならず、農薬を散布する田畑の環境や、自然環境に及ぼす影響を懸念する声も時代が進むにつれて増えてきました。
当事者である農家も同じ考えです。農家は、農薬を散布するなかで消費者よりも被ばくする可能性が高く、消費者のためにも自身の健康のためにもより安全な農薬を求めてきました。昔と比べると減農薬の取り組みも全国各地で広がってきています。
農薬の安全性
日本で使ってもよい農薬は、人の健康や環境への影響などについて安全性が確かめられ、国に認められたものだけです。国による農薬登録の基準は年々厳しくなっている反面、裏を返せばより安全性が増していると言えます。
農薬取締法とは
1948年に制定された「農薬取締法」という法律があります。その名の通り、農薬の製造販売や、使用方法を規制するものです。この法律の施行以前には粗悪な農薬が少なからず出回っていました。それらの不良農薬を追放することで、農業生産の安定をはかり国民の健康を保護するのがこの法律の目的です。
施行された後も、環境汚染や作物への残留性の問題、健康への懸念など、その時代の要請に応じて改正が行われています。
また、製造された農薬を登録する際には、膨大な試験成績に基づいて厳重な審査を受ける必要があります。この審査で、防除効果の確認はもちろん、作物への薬害の有無や、自然環境への影響、収穫後の作物の安全性、適切な使用方法(適応作物や希釈倍数、散布量など)などが担保されて初めて農薬として販売することができます。
農薬にまつわる意見やイメージ、海外での研究データなどを鑑みながら、より安全性を担保するため国による農薬登録の基準が年々厳しくなっているのは前述したとおりです。
農薬の種類一覧
「農薬」として登録されているものの一覧を下記の表にまとめて紹介します。
カテゴリー | 種類 |
---|---|
病害虫の防除のための化学農薬 | 殺虫剤・殺ダニ剤・殺線虫剤・ナメクジ駆除剤・殺菌剤・殺虫殺菌剤・殺鼠剤・・忌避剤・誘引剤・除草剤 など |
作物の成長の調整のための化学農薬 | 発根促進剤・着果促進剤・無種子化剤 など |
生物農薬(病害虫の天敵) | 寄生バチ・テントウムシ・昆虫ウイルス など |
農薬として扱われるもの
ほとんどの農薬は、カビやウイルスなどの病気や、害虫、雑草を殺して農作物を守る化学薬品ですが、例外もあります。
例えば「植物成長調整剤」のように農作物の生理機能の増進や抑制に用いられる薬品も農薬として登録されています。水稲の草丈の伸長を抑え、倒伏に強くする倒伏軽減剤や、果菜類の着果を促進する着果促進剤も農薬として扱われています。
このほか、「生物農薬」と総称される、対象となる害虫を食べたり、卵を産みつけて寄生したりする「天敵」や、害虫や病原菌を退治するカビやウィルス(BT剤)などもまた「農薬」として製造・販売されています。
農薬が農家にもたらすメリット
- ・収量の減少を防げる
- ・作物の形が整い、価値が上がる
- ・労働が軽減される
緑あふれる環境とはいえ、農耕地は「自然」ではありません。あくまで人の手が加わった「人工」のものです。
ひとところに同じ作物が植えられているのも自然界ではありえない状況であり、ほとんどの農家は経済的になりたつような収量・品質にするべく施肥するので、どうしても病害虫などが寄ってきてしまいます。
収量の減少を防げる
農薬を使用せず、なおかつ、他に何も手を施さなければ、経済的な生産レベルを維持することは難しいと言えます。
農薬散布の有無を比べた試験データによると、農薬を散布しない試験区の方が収量は減少しました。被害の程度は地域や品目にもよります。リンゴの場合は販売可能な品質のものは収穫が皆無になったという試験区もあります。農薬なしでも比較的つくりやすい水稲では、まったく被害を受けなかった試験区もあったものの、平均すると約2割の減収。他にも、キャベツやジャガイモなど様々な品目で試験をしていますが、いずれも農薬無しの試験区では減収しています。
作物の形が整い、価値が上がる
よほど特殊な場合でない限り、消費者は見た目が美しい農作物を選びます。
たとえば葉っぱが害虫に食べられたとして、果実を出荷する果菜類なら間接的な影響で済みますが、葉っぱや茎を丸ごと出荷する葉菜類は被害の影響をまともに受けてしまいます。
出荷先の規格にもよりますが、市場出荷や共選の場合は食害痕があればすぐさま規格外品になりますし、規格がいくらかゆるい直売所などで販売する場合も、訳あり品となって、基準よりも低価格で売ることになってしまいます。
労働が軽減される
有機稲作での最大の課題とされるのが雑草抑制であるように、日本の稲作は除草剤に支えられてきた経緯があります。農薬を使って雑草や病害虫を防除することで労働時間が抑えられ、結果として生産コストが下がるためです。
対して、農薬を使わないで害虫から農作物を守るためには、作物を防虫ネットなどで覆い、保護する必要があります。トンネルをつくり、防虫ネットをかけ、固定する作業はそれ相応の労力がいります。それだけでなく、トンネル用のアーチパイプや防虫ネット、固定するためのペグやパッカーなどの資材を購入する費用も、農薬を散布するのと比べるとずいぶん高くつきます。
農作物の安全性をより高めるために
農薬取締法が施行されてからというもの、農薬の安全性は改良されてきました。2020年には農薬の登録の際の評価基準がより厳しいものになるなど、時代の要請とともにさらなる改正が進んでおり、これから先もますます厳しくなるものと想像できます。
農薬の安全性を担保するのは法律だけではなく、実際に使用する農家にもその責任が委ねられています。すべての農作物を誰かが検査しているわけではありません。それぞれの農薬を、法律で定められた通りに正しく使えてはじめて安全な農作物が流通することになります。
農薬を正しく使えば、品質の良い作物を作ることができ、かつ収穫量を高めることにもつながるといえます。だからこそ、農薬についての正しい理解を深め、適切な使用方法で農薬と付き合っていくことが大切です。