農業の応援団を増やすためにレストランを始める
田んぼが広がり、ところどころにイチゴやアスパラガスの植えられたビニールハウスが並ぶ。そんなのどかな田園地帯の国道沿いに「道の駅おおき」がある。地元の農産物を販売する直売所の隣にあり、芝生の広場と向かい合わせになっている建物が、デリ&ビュッフェくるるんだ。店内は明るく開放的で、テラスにあるブドウ棚には緑色のブドウの房がいくつも実っていた。
「たくさんの人に農業のことを理解してもらって、応援してくれる人を増やしていきたい。畑と食卓の距離を近づけたいと、レストランの立ち上げを決めました」
運営する株式会社ビストロくるるんの代表取締役・松藤富士子(まつふじ・ふじこ)さんはこう話す。松藤さんは町内でぶなしめじやアスパラガスを生産する農事組合法人の理事を1999年から務め、農業の意味を消費者にもっと知ってほしいと考えるようになった。そんなタイミングで、大木町が道の駅に設けるレストランの運営者を公募する。松藤さんを含む女性3人のグループが事業計画を立てて応募したところ採択され、2010年にデリ&ビュッフェくるるんを開いたのだ。
野菜の8割以上が地元産
店内にはサラダや揚げ物、煮物にごはん、麺類など、およそ40種類の料理が並ぶ。取材に訪れた7月は、旬のアスパラガスやトマトなどを使った料理が豊富にそろっていた。大木町はキノコ栽培が盛んなだけに、揚げたエリンギを甘辛く味付けした「ころころエリンギ」や、そうめんとエノキを合わせた「えのきそうめん」など、キノコ料理も多い。
店内には生産者の写真が張り出され、「完熟朝摘み苺 ラ・フレーズの皆さん」「一生一品えのき一筋 小林さん」といった説明書きが付されていて、生産者のこだわりが一目瞭然だ。「生産地や生産者の情報を正しくわかりやすくお客様に伝え、お客様からの要望や課題をすばやく産地へ伝えるのも私たちの役割です」と松藤さん。使う野菜の8割以上が地元産だ。
メニューありきのレストランだと、いつも同じ食材をそろえるために、地元以外から仕入れをしなければならない。その点、ビュッフェ形式なら特定の野菜が多くなっても、調理方法に変化をつければ楽しんで食べてもらうことができる。
旬の野菜をふんだんに使った料理で、デリ&ビュッフェくるるんは人気店になる。コロナ禍前は年間1億円以上を売り上げ、地元や九州一円から年間7万人以上が訪れるようになった。
地元の食材を適正価格で買う
地元の食材を使うだけに、食材費はふつうのレストランより高い。
「レストランは一般的に3割が食材費、3割が人件費、3割が地代など諸経費で、残り1割が利益といわれています。ただ、私たちは地元の農家から適正価格で農産物を買うので、食材費が4割を切ったことがないんですよ」(松藤さん)
地元で調達するのは農産物だけではない。醤油や酢、味噌といった調味料も地元の醸造所から買う。
食材費が4割を超える時点で、高い利益を出すことは難しい。松藤さんは過去に、収益を優先して地元以外の食材も多く使う形に変更したらどうなるか、シミュレーションしたこともあった。だが、そうやってできたメニューに魅力を感じられなかった。
「食材費を下げることは難しいんです。だから、お客様に地元の農家が作った野菜をおいしく食べてもらえるなら、必要以上に儲けることはない、赤字にならなければいいじゃないかと開き直りました」
新規就農者の経営を支える役割も
地元の農家30軒と常時取引し、隣接する直売所からも地元の農産物を買う。取引先の農家は個人経営から大規模経営まで、さまざまだ。デリ&ビュッフェくるるんができたことで「今日は私の野菜を使った料理が出てるのよ」と農家が自慢できるようになった。
「地域の自慢になって、地元に誇りを持つきっかけになる『おらが村(わが村)のレストラン』と思ってもらえるような店づくりが実現できているのかな」
松藤さんはこう手ごたえを感じている。
農家から珍しい野菜を作ったから使ってもらえないないかと相談を受けることがよくある。若手のミニトマト農家から、割れや傷のある規格外品を捨てるに忍びないので使えないかという相談も受けた。
「切ったり、炒めたりして料理すれば問題ないので、毎日数キロ、そうしたミニトマトを使っています」(松藤さん)
大木町は新規就農者の受け入れに積極的だ。松藤さんは、農産物を買い取ることで、新規就農者の経営の安定に少しでも役立ちたいと考えている。新規就農者が多いアスパラガスだと、曲がっていたり穂先が不格好だったりすると規格外になるため、そうした規格外品も買い取っている。
食育の積み重ねがレストランや農業の将来につながる
地元の農業を将来につなげ、レストランに若い人からも興味を持ってもらいたいと、食育に力を入れている。大木町の小学6年生全員を無料で食事に招き、農業の大切さや命と食の関係、環境や自然について教える食育の授業をしている。
地元の高校生をバイトに雇うと、「小学生の時にここに来て食育の授業を受けました」と言われることが多い。松藤さんは、食育を続けていることが、レストランや農業の将来につながっていると肌で感じている。
「ふるさとのことや農業のこと、環境や自然のことなど、食育の授業で学んだことを心の中にとどめてくれる人を増やしたい。大きくなって、もしかしたら町を離れて都会に出て行くかもしれないけれど、ふるさとでに農業が息づいていることを意識してくれる。そういう人を1人でも増やせたら」
こう期待している。