左:寒河江孝(さがえ・たかし)さん
やまがた農業支援センター常務理事(兼)環境農業推進課長
中央:森岡幹夫(もりおか・みきお)さん
山形県農林水産部農業技術環境課課長補佐(環境保全型農業担当)
右:片桐千穂(かたぎり・ちほ)さん
やまがた農業支援センター環境農業推進課技術主幹
特別栽培農産物とは
特別栽培農産物とは、節減対象農薬の使用回数と、化学肥料の窒素成分量を、その地域の慣行レベル(慣行栽培の基準値)の50%以下に削減して栽培された農産物のことである。
1992年に特別栽培農産物の表示ガイドラインが国によって作られるまでは、農薬や化学肥料の削減基準や表示の仕方などは、生産者によってばらつきがあり、消費者や販売業者などを混乱させてしまうことがあった。そこで、生産者・消費者双方で共有できる一定の基準として、特別栽培農産物を出荷販売する際の表示ガイドラインが設けられた。
特別栽培農産物は必ずしも認証を取る必要はなく、表示ガイドラインにのっとった生産管理が行われていれば、「特別栽培農産物」の表示をして販売することができる。
認証・認定は県などの自治体によって行っているところもあれば、特別栽培に準じた独自の認証制度を設けているところもある。また、自治体としては認証を行っていない地域もあり、対応はさまざまだ。
山形県においては、公益財団法人やまがた農業支援センターが、県の指定を受けて認証業務を行っている。
エコファーマーとの違いは?
ちなみに、農薬や肥料の低減に関する認証・認定制度には、他にもエコファーマーがある。特別栽培との違いについて、森岡さんは次のように説明する。「エコファーマーは、堆肥(たいひ)などによる土づくりと、化学肥料や化学合成農薬の使用をおおむね2~3割低減することを一体的に行う農業者を認定するものです。それに対して、特別栽培農産物は、特定の圃場(ほじょう)で生産された農産物を出荷・販売する際の認証です」。エコファーマー(※)は農業者を認定、特別栽培は特定の農産物を認証するところに大きな違いがあるということだ。
※ エコファーマーは「持続農業法(持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律)」に基づき認定する制度だが、2022年7月1日に施行された「みどりの食料システム法(環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の促進等に関する法律)」に伴い、持続農業法は廃止されており、今後新たな認定制度に移行する予定。
認証を受けるメリットは?
特別栽培農産物の認証を受けると、各自治体またはやまがた農業支援センターのような認証機関の発行する認証シールを貼って、一般販売などができる。安心・安全を求める消費者に対し、慣行レベルの農産物と差別化してアピールできるのが生産者にとっての大きなメリットだ。
実際、農林水産省が2015年度に行った意識調査によると、すでに有機栽培や特別栽培などを実践している生産者がその栽培方法に取り組んでいる理由として「消費者の信頼感を高めたい」(66.4%)という回答が最も多かった。
有機農産物や特別栽培農産物に限定して取り扱う販売業者もあり、慣行栽培のものよりも高単価で販売できる可能性がある。
山形県においては、県のブランド米である「つや姫」がまさにそれである。つや姫は有機栽培または特別栽培の認証取得を条件としており、2021年10月の相対取引価格(全農などの出荷業者と卸売業者間の取引価格)は60キロ当たり1万8590円と、魚沼産コシヒカリの2万71円に次ぐ高単価を維持している(全国平均は1万3120円)。
特別栽培に取り組むことで補助が得られる制度などもある。
国の環境保全型農業直接支払交付金は、化学肥料・化学合成農薬の低減50%以上という特別栽培の基準を満たしていることが補助対象の要件となっている。特別栽培基準をベースに、さらに堆肥の施用やカバークロップ(被覆作物)の作付けといった取り組みを合わせて行うことで交付金が得られる制度だ。
他にも特別栽培に取り組む生産者を支援する補助制度を独自に設けている自治体もある。
すでに特別栽培のような環境保全型農業に取り組んでいる、またはこれから取り組もうと考えている生産者は、都道府県や市町村に支援制度がないか、問い合わせてみるのもいいだろう。
特別栽培の基準値の確かめ方
特別栽培で化学肥料・農薬を削減する際の指標として用いられるのが「地域の慣行レベル」である。
そもそも地域の慣行レベルとは、どこでどのように確認すればいいのだろうか。
慣行レベルの調べ方
特別栽培農産物に関する各都道府県の慣行レベル(慣行栽培の基準値)は、農林水産省のホームページでリンク一覧が公開されている。
ただし、認証制度の実施・不実施は自治体によって異なり、実施している場合であっても、特別栽培に準じた独自の制度を運用しているところもある。
特別栽培に関してどのような取り組みを行っているかは、一覧に掲載されている各地域の担当部署に確認をしてほしい。
農林水産省「特別栽培農産物に係る表示ガイドラインに基づき地方公共団体が定めた慣行レベル等」(ページ中段「その他の関連情報」内)
https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/tokusai_a.html
インターネットで調べるのが苦手な人は、県の担当課や認証機関に直接問い合わせれば資料をもらえる。公的機関以外にも、JAなど農業関連団体や企業も資料や情報を持っている可能性があるので、まずは相談してみるといいだろう。
基準値の見方
各地域の慣行レベルとされる化学肥料と農薬の基準値は一覧表で見ることができる。
化学肥料に関しては10アール当たりの窒素成分量が指標となっており、リン酸とカリは低減の対象にはなっていない。
農薬については、節減対象農薬の延べ使用回数(農薬有効成分回数)が記されている。
化学肥料の窒素成分量と、節減対象農薬の使用回数は、米、大豆、野菜、果樹など品目ごとに分けられ、さらに品種や作型などでも細かく値が設定されている。
農薬使用回数のカウント方法
すべての農薬が節減対象となるわけではない。基本的に対象となるのは化学合成農薬であり、その中でも有機JASで使用できないものが節減対象農薬となる。
ただし、節減対象農薬とされる薬剤名が具体的に列挙されているわけではない。有機JASで使用できる農薬が一覧表で明記され、それ以外の化学合成農薬を節減対象農薬として使用回数をカウントするという考え方だ。
使用回数のカウント方法だが、一つの薬剤を作物や圃場に散布した回数ではなく、農薬に含まれる有効成分が基準となる。
例えば、有効成分が一つしかない単剤の節減対象農薬を用いた場合、散布した回数がそのまま使用回数としてカウントされる。一方、有効成分が複数ある混合剤の場合、含まれる有効成分一つ一つがカウントの対象となる。ただし、混合剤に有機JASで使用できる成分が含まれている場合は、それ以外の成分を使用回数として数えることになる。
カウントの期間はいつからいつまで?
農薬と肥料については、使用する期間の考え方も重要なポイントとなる。
特別栽培では、「栽培期間中」に用いた農薬の使用回数と化学肥料の窒素成分量をカウントする。
農林水産省によれば、栽培期間中とは「前作の作物が収穫された時点から当該農産物の収穫・調製までの期間」とされている(果樹の場合は、年1回の果実の収穫時点から当該年の収穫・調製まで。1年間に数回収穫できる作物は、前年の最終収穫後から翌年の最終収穫・調製まで)。
ということは、作付けをする前の段階で行われた種子や苗の消毒、除草剤の散布なども使用回数に含まれるということだ。作付けしてからの使用回数や成分量ではない点に注意したい。
ちなみに、栽培期間中という用語は、表示ガイドラインの中では「生産過程等」と表記されている。一般消費者には、この「生産過程等」が何を意味するのか理解しづらく、生産者と消費者との間に認識のずれが生じてしまうところから、一括表示欄などに表記する時は「栽培期間中」とすることになった。ガイドラインを読み込む際には、用語にも注意が必要だ。
認証を取ることだけが特別栽培ではない
今回の取材で特別栽培について解説してくれた片桐さんは、ガイドラインの中身を説明するに当たって次のような前提を話してくれた。「当センターでは、表示ガイドラインの基準を満たした農産物の認証登録を行っていますが、このガイドラインは、必ず認証を取るよう義務づけるものではありません。特別栽培は、認証を受けなくても取り組むことのできるものです」
細かく規定されているガイドラインは、あくまで一般市場での流通・販売の際の表示でトラブルが生じないように設定されたものであり、公的機関などのチェックを受けずとも表示することができる点は理解しておきたい。
次回は、特別栽培農産物の認証申請の流れと、販路や今後の見通しなどについて解説する。
*本記事の解説は山形県における特別栽培の運用制度が基になっています。細かな規定や運用方法などは都道府県によって異なるので、詳しくは各地域の担当者に問い合わせてください。