審議会に専門の部会を設置
農水省は9月29日、農林水産大臣の諮問機関である食料・農業・農村政策審議会を開き、「基本法検証部会」を設置することを決定。基本法のもとで実施してきた施策の成果や課題を検証するための作業をスタートさせた。
現行の基本法制定は1999年。食料の安定供給の確保と多面的機能の発揮、農業の持続的な発展、そして農村振興の4つを目標に掲げた。先進国の中で著しく低い食料自給率の向上を目指すこともこの法律で決まった。
ここで戦後農政の歴史を簡単にふり返ってみよう。
1961年制定の旧農業基本法は、農家の所得を他産業と同じ水準にすることを目指した。そのための方策が、需要が見込める農産物の生産を後押しすることと、農場の規模拡大の推進。日本経済は高度成長のまっただ中にあり、製造業などとの所得格差を埋めることが農政の課題になっていた。

農水省は基本法の検証作業に着手した
ウクライナ危機で「食料安保」が焦点
旧基本法に対し、現行の基本法が検討され始めた90年代後半、日本の農業はかつてない難局の中にあった。その難局とは、「農産物市場の開放」だ。ガット・ウルグアイ・ラウンドで農産物分野の交渉がまとまり、日本のコメ市場の開放が決まったのが1993年。これ以降、海外の農産物の流入にどう対応するかが最大の関心事となり、1999年の基本法制定につながった。
ここは、食料安全保障の重要性が強く意識されるようになった現在とは異なる点だ。基本法も「世界の食料の需給及び貿易が不安定な要素を有していることにかんがみ、国内の農業生産の増大を図る」と規定してはいる。ただ、ウクライナ危機による穀物相場の急騰を経験した今日のような切迫感はなかった。
この点に関連するのが、現在の日本の経済力の低下だ。基本法ができたとき、日本はなお世界第2位の経済大国の立場にあった。だがその後、中国が急激に台頭して2010年にGDPが日本を追い抜き、両国の差は広がる一方だ。その結果、農産物の国際市場で中国に「買い負ける」という事態が現実のものとなってきた。

国際相場が高騰した飼料用トウモロコシ
多面的機能から「みどり戦略」へ
基本法にある「多面的機能」という言葉にも注意が要る。自然環境の保全や良好な景観の形成、文化の伝承など、農業が食料の供給以外の多様な役割を果たしていることは、日本の農業を守る理由の一つになった。食料供給だけなら「安い海外産をもっと入れればいい」という主張も成り立つからだ。
この点も、農業に対する国際的な認識が変化した。自然環境の保全につながるどころか、むしろ農薬の使用による生物多様性への影響や二酸化炭素(CO2)の排出など、農業にはマイナス面もあると認識されるようになったからだ。農水省はそうした国際潮流を踏まえ、2021年に「みどりの食料システム戦略」を決定した。
このほか、日本の人口減少や気候変動による農業生産の不安定化、いくら目標を掲げてもいっこうに高まらない自給率など、現行の基本法で対応が可能かどうか検証が必要な問題が次々に浮上した。そこにウクライナ危機による穀物や肥料価格の上昇が重なり、初の法改正が視野に入ってきた。

みどりの食料システム戦略
穀物生産のあり方も論議の対象
では基本法の見直しは、農業経営にどう影響するのか。
まず、農業と地球環境問題との関連は議論の対象になるだろう。みどり戦略で打ち出したような、農薬や化学肥料の削減の数値目標を入れるとは考えにくいが、環境調和型の農業を目指す姿勢は明確にすると見られる。この点は、国内で生産が可能な有機肥料の活用にも関わってくる。
食料の安定供給に向け、穀物生産のあり方も検討される可能性がある。基本法の帰結ではないが、日本の農政は事実上、需要の減少が続くコメと水田の扱いを中心に組み立てられてきた。そうした政策体系を改め、麦や大豆、飼料用トウモロコシも併せて推進する方向を示すかどうかも焦点になる。
見直しに向けた検討期間は1年をめどにしている。法改正の中身だけでなく、議論の経過も日本の農業の未来を占ううえで注目に値する。

国産小麦の振興が課題になっている