マイナビ農業TOP > 農業経営 > 農家こそ健康診断!~がんを公表した百姓の切実な願い~【ゼロからはじめる独立農家#48】

農家こそ健康診断!~がんを公表した百姓の切実な願い~【ゼロからはじめる独立農家#48】

西田 栄喜

ライター:

連載企画:ゼロからはじめる独立農家

農家こそ健康診断!~がんを公表した百姓の切実な願い~【ゼロからはじめる独立農家#48】

小さい農家にとって一番の資産は自分の体。ただ、会社勤めと違い自営業者でもある個人経営農家の健康診断は任意。普段の忙しさにかまけて受けていない人も多くいると思います。私もそのひとり。そんな中、自身の経験から農家こそ健康診断を受けるべきだと強く説く人がいます。しなやかファーム代表の“しなやん”こと阿部俊樹(あべ・としき)さんは、2022年1月にTwitterで甲状腺がんであることを公表。今回、自身の「がんサバイバー」としての経験を語ってくれました。阿部さんの話を聞いて、私も健康診断を受けよう、いや受けなければと思えてきました。

twitter twitter twitter

■阿部俊樹さん(通称:しなやん)プロフィール

阿部さん 三重県四日市市のキュウリ農家、しなやかファーム代表。1981年生まれ。進学を機に名古屋に出たのち会社員を経て2017年、35歳の時に帰郷し、兼業農家であった両親から農地を引き継ぐ。四日市市内で当時唯一のキュウリ農家となり、現在はブルームキュウリ専門農家に。販路開拓も自身で行い、三重県内のスーパーや産直ECにて販売。Twitterを活用したさまざまなプロデュース、ポッドキャスト人気番組を手がけ農の魅力を発信している。
阿部さん(しなやん)のTwitter
三重おもろし食堂

阿部さん(しなやん)と仲間達のポッドキャスト「三重おもろい食堂」。笑いの中にも気づきが多い内容

関連記事
農家バンドの仕掛け人! 農業嫌いだった農家が情報発信に力を入れるワケ【農垢の素顔#1 しなやん】
農家バンドの仕掛け人! 農業嫌いだった農家が情報発信に力を入れるワケ【農垢の素顔#1 しなやん】
今回が第1弾となる「農垢の素顔」は、Twitterで多くのフォロワーを獲得しているアカウント=垢(あか)を持つ日本中の農家さんのもとを訪ね、その魅力に迫るシリーズです。記念すべき初回を飾ってもらうのは、Twitterを介してつながった…

ある日、がんの宣告を受ける

西田(筆者)

阿部さんと言えば農家バンドフェスのプロデュースなどTwitter活用という面でも有名ですが、そのあたりは以前のマイナビ農業の記事を見ていただくとして、今回は健康診断でがんが見つかった経験について聞いていきたいと思います。

まずはどういう経緯で健康診断を受けに行こうと思い、がんが見つかったのでしょうか?
サラリーマン時代は毎年健康診断を受けていたのですが、農家になってから忙しくて時間に余裕がなくて。また、体は動かしているし、食事も野菜をきちんと食べているから、何となく健康ではないかと根拠のない自信もあって受けてませんでした。

でも2021年のその時はふと思いついて、健康診断を受けに行こうと。その理由のひとつに、自分がというより同じ年齢の妻に健康診断を受けてほしかったというのがあります。

阿部さん

しなやかファームHPロゴ

しなやかファームのホームページ。写真やデザインが素敵なサイト

西田(筆者)

2017年に就農して以来、4年ぶりに思いついての健康診断だったんですね。がん検診ではなかったんですか?
がん検診とかではなく、一般的で簡単な健康診断でした。最後のお医者さんとの問診で、「阿部さん、首にピンポン玉ぐらいのしこりがあるの、気づいてます?」と聞かれましたが、自分では全く気づいてなくて。念のため詳細な検診を受けた方がいいということで、その日のうちに予約をしました。
そしてその検査の結果、甲状腺がんだと判明しました。

阿部さん

西田(筆者)

発見は本当に運が良かったんですね。分かった時はショックだったと思いますが。
自分自身はなんとなく“他人ごと”みたいに思ってて。それに、何となく「がんなのかも」という予感がありました。なので、がんの告知をされてもそれほどショックはありませんでした。ただ、そのあと妻に電話をかけて結果を伝えたら、妻が途中から無言になって。「お医者さんが『若いから手術すれば大丈夫』と言ってたよ」と言っても無言。これはヤバイと思って急いで家に帰ったら、妻が泣き崩れてて、それからもしばらく情緒不安定な日々が続きました。

その時に大切な家族を悲しませてしまったと実感し、“他人ごと”から“自分ごと”になりました。

阿部さん

西田(筆者)

頼りにしている夫ががんになったということで、かなりショックだったんでしょうね。当時は奥さんもまだがんについてよく知らなかったから、不安になったのかもしれません。

一方で、今は情報がありすぎて、そのせいで不安になってしまう時代ですよね。がんに関しても、ネット上にいろんな情報が飛び交っている。むしろ不安な時は見たくないものほど目につくことがあると思うのですが、阿部さんはどうでしたか。
情報は大切ですが、すべてのことを知る必要はないと思います。その情報が自分に当てはまるかどうかも分かりません。主治医のことだけ信じることにしました。自分の主観をゼロにして主治医からの客観的な診断を頼りにしたのはよかったと思います。

阿部さん

Twitterでがんの告白、その時……

西田(筆者)

2021年の1月、手術のために入院する前日にTwitterでがんであることを公表しましたね。当時私はまだ阿部さんとそんなに交流はなかったのですが、それでもTwitter農家として有名だった阿部さんの公表は衝撃的でした。
なぜTwitterでがんであることの告白をしたのでしょうか。
私の場合はたまたま健康診断でがんが発覚しました。私のがんは進行が遅いこともあり手術まで1カ月以上の期間がありました。その間に仕事の段取りや心の整理ができたのが救いでした。

でも、もし発見が遅れていたら、緊急性のある病気だったらどうだったのかと。もっと妻や子供達を悲しませていただろう。そんな悲しい思いを他の農家にさせたくない。ひとりでも多くの人に健康診断に行ってほしい。そんな思いでツイートしました。

阿部さん

西田(筆者)

ツイートするのはかなり勇気がいったのではと推察します。
ツイートする1秒前まで震えがとまりませんでした。

「今までと全く違った内容のツイートで驚かせるかもしれない」「そんなこと公に言うべきではないかも」「これまで築いてきた信用が崩れるかもしれない」「がんの人が育てた野菜は不健康だと思われないだろうか」「地域の人達はどう思うだろう」「子供達に対してネガティブな影響はないだろうか」

そのようなことをいろいろと考えました。でも多くの農家にこんな経験を味わってほしくないと強く思い、ツイートする前に思いの詳細をnoteに書いて、家族にも「お父さんはこんなこと思っているからツイートしていいか」と確認をとり、覚悟してツイートしました。

阿部さん

西田(筆者)

反響はどうでしたか。
すごい反響がありました。結果として多くの人に私の伝えたいことが伝わったと思います。私への応援が欲しいのではなく自分の健康に気をつかってほしいと思ってやったことなので、「健康診断に行きます」という反応が一番うれしかったです。また知人、友人に広めてくれた人も多くいました。

阿部さん

西田(筆者)

内容も大切だったと思いますが、情報発信したのが阿部さんで、それまでの信用があったからこそ伝わったのでしょうね。

手術後の経過はどうですか?
僕がかかったタイプの甲状腺がんは、肺などに転移していない場合、摘出すれば抗がん剤治療の必要のないものでした。幸い転移は見られず10日で退院しました。最初は体力の衰えも感じましたが、すぐ以前と同じように作業できるようになりました。

今も3カ月に1回検診に行っています。その都度転移がないかとドキドキしています。私の場合、安心できる状態になるまで8年とも10年かかるとも言われていますので、いつも心の片隅にあって落ち着かないところがあります。

阿部さん

西田(筆者)

「がんサバイバー」(がん経験者)は人生観が変わると言われていますが、その点はどうでしょうか?
人生観は大きく変わりました。やらされてると感じることはやらないとか、気が合わない人とのつきあいをやめるとか。当たり前のものが当たり前でないということ、そして自身を含め、家族の健康が何より大切だということを感じました。
 
あと、どんなことがあっても畑に行きたくなるのが自分でも意外でした。強烈に死を意識した時に自分の中に農業が残りました。

阿部さん

西田(筆者)

経験者ならではの重い言葉ですね。阿部さんはいろいろと情報発信をしていますが、自身の宣伝はあまりせず農業や地域全体を盛り上げようとしてすごいなと感じていました。それも人生観の変化があったからなのでしょうね。

健康診断の大切さ

西田(筆者)

2019年に厚生労働省が行った国民生活基礎調査によると、20歳以上で過去1年間に健診などを受けた人の割合が、全体では69.6%であるのに対し、農林漁業従事者は62.7%と低くなっています。あらためて、農業従事者が健康診断を受ける大切さについて阿部さんはどう感じていますか。
農家だったら誰もが収量アップを目指していると思います。でもどんなに作物が豊作でも、農家自身が健康でなければ世話することも収穫することもできない。畑作業より先にすべきは自身のこと。そう考えたら健康診断に行かない理由がありません。

阿部さん

西田(筆者)

確かにそうですね。作物への病害虫対策はしっかりしているのに、自分へのケアをしていないのはおかしいということに、あらためて気づきました。農業も漠然とやるのではなく、たとえば土壌診断をして土の状態を知ることで適切な対処ができます。健康診断が自身への土壌診断と思えてきて、その大切さが腑に落ちました。
おいしい作物を育てて、ユーザーさんからまた買いたいと言ってもらえても、農家本人が健康でなければ届けられない。それこそ不誠実ではないでしょうか。
人間ドックまでいかなくても、まずは簡単な健康診断の受診を習慣化してほしいです。また女性農業者も増えてますが、女性特有の病気もあるので、女性もぜひ健康診断を受けてもらいたいと思います。

阿部さん

西田(筆者)

早く分かれば健康でいられたかもしれないのに、その機会を自分でなくすのは確かに不誠実かも。
命のもとである食料を育てている農業は「究極のサービス業」というのが私の自論ですが、それも提供し続けてこそですね。

実は私の妻は現役の看護師なんです。毎年、地元の石川県能美市から無料で受けられる健康診断の案内がある度に「今年こそ受けに行くように」と言われていたのですが……。それこそ初めに阿部さんが話していたように、自分だけは大丈夫だと何となく思いこんで受けていませんでした。阿部さんのお話を聞いて、今年こそはと強く思いました。
阿部さんが大変な思いをしてきたことを隠すことなく伝えてくださったことで、私を含め多くの人に気づきを与えてくれたと思います。本当にありがとうございました。

あわせて読みたい記事5選

シェアする

  • twitter
  • facebook
  • LINE

関連記事

タイアップ企画

公式SNS

「個人情報の取り扱いについて」の同意

2023年4月3日に「個人情報の取り扱いについて」が改訂されました。
マイナビ農業をご利用いただくには「個人情報の取り扱いについて」の内容をご確認いただき、同意いただく必要がございます。

■変更内容
個人情報の利用目的の以下の項目を追加
(7)行動履歴を会員情報と紐づけて分析した上で以下に活用。

内容に同意してサービスを利用する