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かかりつけ農家とは。いざという時に頼りになる農家であることの効能【ゼロからはじめる独立農家#49】

西田 栄喜

ライター:

連載企画:ゼロからはじめる独立農家

かかりつけ農家とは。いざという時に頼りになる農家であることの効能【ゼロからはじめる独立農家#49】

円安や世界情勢による食材の値上がりや、肥料や飼料の価格高騰についてのニュースが連日報道されている昨今。消費者の農への関心が以前より高まっているように思います。ひと世代前なら親戚に農家がいる人も少なくなかったかと思いますが、販売農家が激減している現在、親戚に農家が一軒もいない家庭もあることでしょう。こんな時代だからこそ、農家と消費者が積極的につながっていくことが必要ではないでしょうか。今回は「かかりつけ農家」という考え方について、お伝えします。

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「かかりつけ農家」という発想

「かかりつけ医」とは、普段から健康に関することなら何でも相談できる身近な医者のことです。この「かかりつけ医」と同じように、消費者にとっていつでも野菜を供給してくれる「かかりつけ農家」もあってよいのでは……。そんな考えを、我が農園「菜園生活風来(ふうらい)」の顧客向けメルマガなどで書きはじめたのが2002年。その当時、先輩農家達がこの「かかりつけ農家」という言葉をいたく気に入ってくれました。自称「23世紀型お笑い系百姓」で今や農Tuberとして有名な林農産の林浩陽(はやし・こうよう)さんを筆頭に、多くの農家がその言葉を使ってくれています。

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その反面、当時の消費者の反応はイマイチ。「面白い言葉ですね」と言ってくれるものの、腑(ふ)には落ちていない様子でした。コンビニやファストフードで手軽に安く食料が手に入る時代にはピンとこなかったのだと思います。
時代がすすみ、近年では日本でも「CSA」などの活動を通じ、農家と消費者の関係性にも注目が集まってきました。CSAとは「Community Supported Agriculture」の略で、日本では「地域支援型農業」と訳されています。CSAでは消費者が生産者に代金を前払いして、定期的に作物を受け取る契約を結びます。前払いしてもらうことで、農家は肥料や機械などに投資でき、安心して農産物を育てられます。そういう点で農家にとっては理想的な契約のスタイルです。ただ日本では、CSAはなかなか浸透していないのが現状です。

私は日本において上記のスタイルのままだと受け入れられるのが難しいと感じています。日本人は先々までの投資が苦手なのか、半年先や1年先の野菜の代金を前払いすることに抵抗を感じるようなのです。実際、日本人はあまり金融投資をしないとも言われています。
風来では野菜定期便を10年以上継続している人も多いのですが、そのような人もすべて支払いは前月払い。客の立場では契約を変更できる余地を残したいのでしょうし、農家とあまり密になりすぎない関係を求めているように実感しています。

10年以上継続している人もいる風来の野菜定期便。同梱している野菜説明

一方、かかりつけ医のようにいざという時に頼りになる「かかりつけ農家」は、契約ではなく一人の人間としてお客さんに接します。食卓で「◯◯さんの野菜はおいしいね」と話題になるなど、家族団らんの一助になるような存在になるのがいいのではないかと思っています。とにかく私が意識しているのは「生産者と消費者」の関係ではなく、お互い人と人として認識し合える関係になること。
自称・日本一小さい農家である「菜園生活風来」がまがりなりにも23年間やってこられたのは、この「かかりつけ農家」になることを意識してきたからだと思っています。

かかりつけ農家になるには

ではかかりつけ農家になるためにはどうしたらよいか。かかりつけ医と患者の間柄のような信頼関係を、消費者との間に築いていかなければなりません。「野菜に関することなら何でも相談できる」「この人の野菜なら安心して食べられる」。そんな信頼関係を築くために、風来ではさまざまな取り組みをしてきました。

農園で教室を開く

まずは、近くに住む人達のかかりつけ農家になりたい。そのためには風来まで足を運んでもらうのが一番手っ取り早い。そこではじめたのが食に関する知恵の教室「ベジベジくらぶ」です。味噌(みそ)教室、ぬか床教室、キムチ教室、また家庭菜園教室などなど、風来の加工場でたくさんの教室を開催しました。今、風来の野菜定期便を利用している人のほとんどは教室への参加がキッカケです。定期便とは言っても、皆さん近所にお住まいなので、風来まで毎回受け取りに来てくれます。今年開催した味噌教室に参加した人の中からも、新たに3人が野菜定期便を2週に1度取りにきてくれることになりました。

農家と触れ合うイベントを企画する

そして「あなたのかかりつけ農家を見つけよう」とイベント化したのが「農コン」(農家とコンパ)です。農産物を売るのではなく、まず農家の人柄を知ってもらうことを目的に開催し、毎回定員を超える申し込みがあるくらい大人気でした。農家と話したい人がこんなにいるのかと、主催した自分が驚いたくらいです。コロナ禍になり、ここ数年できていませんが、農コンのような触れ合いを中心にしたイベントが全国に広がればいいなと思っています。

農コンについて詳しくはこちら
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インターネットで消費者との関係を構築する

インターネットでの野菜の販売においても、かかりつけ農家であることを意識してきました。2000年ごろの自社ホームページでの販売初期の頃は電子掲示板(今でいう5ちゃんねるのようなもの)を活用し、メルマガなどにも積極的に取り組みました。その後、ブログやSNSなど新しいサービスが出るたびに活用し、情報発信だけでなく、消費者との相互のやりとりを心掛けました。
ただ変化が激しいのもネットの世界。今、電子掲示板を設けているサイトはほとんどありません。ホームページにレビュー機能もつけられるのですが、レビューは消費者による一方的な評価の機能なのでかかりつけの関係性はなかなか築けません。 

そこで私が注目したのが産直EC。産直ECは販売手数料がかかるので自社サイトより利益率は低くなります。また、それぞれのサービスによってユーザーとの距離感は違います。風来では、かかりつけ農家という観点で、主に「ポケットマルシェ」を使っています。ポケットマルシェには生産者と消費者が積極的につながるための仕組みがあるからです。生産者のページごとに「みんなの投稿」という掲示板があってコメントが投稿されますし、生産者とユーザーが直接やりとりするDM機能もあります。

風来ではみんなの投稿ページの雰囲気づくりをとても大切にしています。今も書き込み通知があるとドキドキしますが、コミュニティーが育ってきていい雰囲気になっています。ユーザーからのクレームはみんなの投稿に書かれることはなく、DMで届きます。「明るい雰囲気に水を差すのははばかられる」と、ユーザーの行動にも影響を与えているのかなと感じています。

ポケットマルシェ・風来のみんなの投稿

みんなの投稿ページは口コミ効果もあるようで、初めて購入する人の安心材料にもなっています。また、私はDMのやりとり、投稿への返事にかなり時間をかけています。でもそのコミュニケーションコストをかけることで、好意的なコメントがもらえたりリピーターになってもらえたりすることもあるので価値は十分あります。
ポケットマルシェでは一度購入した人、また生産者をフォローした人には、新商品が販売されると通知が行くようになっています。その通知を受けた人が買ってくれることがとても多く、安心して新商品のリリースができるようになりました。

ピンチの時こそ助け合う関係に

かかりつけ農家として消費者に関わることには、販売上のメリットがあります。でも、その真骨頂は別のところにあります。農家と消費者、互いが困ったときに助け合える関係になれるのです。

風来では東日本大震災の時、食料への不安があってか野菜セットの新規購入の申し込みが増えたのですが、ちょうど端境期で野菜の収穫量が少ないこともあり、すべて断ることにしました。なぜなら、これまでお付き合いしてきた定期便のお客さんを大事にすべき時だと思ったからです。特に東北・関東方面の定期便にはいつもより多めに野菜を入れ、とても感謝されました。あれから12年経ちますが、今も継続している人がほとんどです。

またこれはポケットマルシェでの事例ですが、コロナ禍の初期に都内で食料や日用品の買い占めが起こったというニュースを見た生産者が、都内に住む顧客にさまざまな物資を送り感謝されたということもあったそうです。

こちらが救われたという点で記憶に新しいのが、2022年8月に石川県を襲った大雨の時のこと。風来では畑が水に浸かり、低いところの畑の実野菜が全滅しました。幸い高いところにある畑の分で野菜定期便は出せたものの、新規販売分が出せなくなりました。夏の野菜セット最盛期だったので、経営的に大打撃になるのは避けられないと覚悟したのを覚えています。そんな中、少しでも売り上げにつなげようと大雨の前に豊作だったキュウリの漬物を中心にした「【応援商品】復興SPセット」(税込み1998円)を販売したところ、2週間で200セットを完売。購入してくれた人のほとんどがSNSでつながっていた人、またはポケットマルシェでこれまで買ってくれていた人でした。

水害の後、販売した復興SPセット。多くの人にご購入いただきました

雪でビニールハウスがつぶれた時やビニールハウスが風で飛ばされた時も、友人がクラウドファンディングを立ち上げてくれて、そのおかげで助かったこともありました。支援してくれたのはそれまで関係がある人ばかりでした。

風で飛ばされたハウス。この時もたくさんの人に救われました

今の時代はクラウドファンディングなどで信用がダイレクトに資金援助につながる時代となりました。でもそれは普段からかかりつけの関係性を作っておいてこそです。そして戦争や物価高など不安な時代にこそ、その関係性が求められてくると思います。かかりつけになることで農家は安心して野菜を育てることもできますし、消費者にとっては食料の供給元とつながっているという安心感が心の支えになることもあるでしょう。

小さい農家が長く続けていくために、農産物を買ってくれる消費者にとっての「かかりつけ農家」であり続けるという発想はとても大事です。今、あなたの野菜を買ってくれているお客さんも、きっとそんな存在を求めているはずです。

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