レタス苗を育てる外食大手
福島県の白河市は、松尾芭蕉がその旅路で、「白河の関にかかりて旅ごころ定まりぬ」と書いた東北の玄関口。そんな白河の市街地から車で30分ほど、阿武隈川の支流である矢武川ほとりの高台にある12ヘクタールの敷地に、大きな工場が建っている。サイゼリヤ福島工場だ。
このサイゼリヤ福島工場の役割は2つある。
ひとつは、福島産のお米を集めて精米するほか、店の名物である「ミラノ風ドリア」の材料となるターメリックライスを炊くこと。
そして、もうひとつが、今回の訪問の目的であるレタスの育苗である。
サイゼリヤがレタスの苗を育てているとはどういうことだろう?
サイゼリヤの野菜生産を統括する有限会社白河高原農場・取締役の矢作光啓(やはぎ・みつひろ)さんが大きな育苗ハウスの中で説明してくれた。

近隣農家との契約について説明する矢作さん
──レタスの苗を育てているとのことですが。
ここで育てている苗は、契約している農家さんにお渡しします。サイゼリヤの店舗で提供するレタスを作るために、白河近隣で約50軒の農家さんと契約しています。当社が特徴的なのは苗を無償でお渡しして、育成していただく契約をしていることです。
──苗を農家さん任せにしない工夫ということですね。こうした契約を結んでいる理由は。
なるべく一定の品質、そしてサイゼリヤの店舗で使うのに適したレタスにしていただくためです。重量だけの契約にすると、どうしても重量の出やすい品種を選ぶことになりますが、サイゼリヤとしてはおいしいサラダにしたいので。柔らかさも必要です。
また、外側から内側まで同じような色の濃さをしていた方がおいしく見えますし、芯を抜く作業が少なくなるある程度大きなサイズの方が工場での作業効率がよくなります。そして、一括して育成した苗を農家さんにお渡しした方が、あらかじめ計画された時期に均一の大きさのレタスが収穫できます。

大玉で、中まで色が一定している方が効率がよく、サラダとしての見た目もよい
──なるほど、店舗での品質や工場での作業効率を考えて品種を選んでいると。
はい。理想的な品種がなかったので、農場を作った当初は自前で育種していたこともありました。種取りは想像を絶する大変さでしたが……(笑)。今では、複数の大手種苗会社さんと連携させていただいて、育種段階、それこそコードネームの段階からサイゼリヤ向けに選抜していただいて、うまくいったものをここで育てています。
店舗での提供から逆算して、農業の現場を考える
──とにかく、品質と効率に徹底的ですね。
サイゼリヤの創業者である正垣泰彦(しょうがき・やすひこ)は「おいしいものを提供して、お客様に喜んでもらうのに必要な人時生産性はいくらか」とつねに言っています。そして、「根っこからマーチャンダイジング(消費者に合った商品化計画)をしろ」とも。農業は外食産業の根っこですよね。お店でお客様に出されるお皿から逆算して、農業の現場をどうしていくかを考えます。
──根っこからのマーチャンダイジングということでは、サイゼリヤはイタリアから高品質の食材を自ら直輸入していることでも有名ですよね。ただ、理念は分かりますが、自然のものである農産物に、画一的な要求をするとは大変なことも多いのではないですか?
そうですね。店舗から、トマトは全部M玉で、真っ赤な状態で長距離を運べるものを、という要望が来たこともあります(笑)。いくらなんでも、それは難しいなあ、と。現在では、トマトを工場でダイスカットして提供することで、品質と効率を実現しています。すべてが田畑の現場に押し付けられるということでもないのです。
自社農場に福島を選んだ理由
──この福島の南側を選んだのはどうしてですか?
創業者の正垣が、イタリアのピエモンテ州と気候や風土が似ているということで、この白河の隣、西郷村の高原にあった牧草地280ヘクタールを買い取ったことが始まりです。外周は42キロに及ぶ広大なものです。2000年のことです。
ただ、正垣としては、福島の農家さんに1989年の時点で声をかけていたそうです。当時はまだサイゼリヤは17店舗しかありませんでした。そんな会社が将来、1000店舗作るから野菜を作ってくれと声をかけても農家が振り向いてくれない。そこで実験農場を自ら作ろうということで、白河高原農場ができました。
──だいぶ長いこと取り組まれていますね。
白河高原農場のスタート当初は文字通り、失敗続きでした。私は農場の開設とほぼ同時に福島に来たのですが、元はまったく異なる部署にいましたし、本当にずぶの素人でした。最初の年は、本当に小さなレタスしかできなくて。手ごたえを感じるのには6年くらいかかりました。
でも、失敗しても正垣に言わせれば、「それをどう克服していくのかを考えるのが楽しいんだ」。失敗を失敗と言わない社風なんです。普通の会社だったら、さっさと潰していたと思います。
──契約農家でのレタス栽培と自社農場とはどのようなすみ分けなのですか?
隣村にある自社農場の白河高原農場は、白河市の中心部より標高がかなり高い。なので、春は白河市の契約農家さんのところでレタスを作り、夏になるとより標高の高い白河高原農場に移ることになります。自社内での産地リレーですね。
──レタス以外にも福島で作っているのですか?
白河高原農場では、店舗で提供するハーブの多くを生産しているほか、タマネギの契約栽培も近隣の生産者さんと3年前から始めました。そして、お米の契約農家は280軒にもなります。
──そのお米を集めて、この福島工場で精米しているのですね。
はい。福島県なのでコシヒカリとひとめぼれが多く、白米として提供する分には、品質に満足しています。一方で、看板商品である「ミラノ風ドリア」に使われるターメリックライスは、もっちり感が少ない方がいいんですね。コシヒカリはホワイトソースを受け止めちゃうんですよ。ホワイトソースが少しお米に入っていくくらいがいい。そこで、2012年に登録された新しい品種「天のつぶ」をおすすめして作ってもらっています。ドリア向きなだけでなく、この品種は収量がコシヒカリより断然多いんですね。なので、品種を変えるように地道にお願いして、今では、かなりの農家さんが「天のつぶ」を作るようになってくれています。
──収量が多いのは農家さんもうれしいですよね。
作業が減るけど、収入は増える。これはサイゼリヤが店舗や工場でずっと考えてきたことです。農業の現場でも、だんだんと実現できてきていると思います。
編集後記
今回の取材で印象的だったのは、矢作さんの熱い語り口である。
正垣さんから福島に行けと言われたときは少し驚いたが、大きなやりがいも感じたという。実は、矢作さんは、正垣さんとは入社前からの付き合いなのだが、入社以前から、農業がサイゼリヤの商売にとって大事なファクターであることをよく聞かされていたのだという。正垣さんのことをよくわかっているからこそ、農場開設時の悪戦苦闘も乗り越えられたのだろう。
そんな矢作さんは、店舗の現場のこともよく分かっていて、サイゼリヤのことを愛している。「コシヒカリはホワイトソースを
サイゼリヤが農業に参入していると聞くと、効率性ばかり追い求めているように思うかもしれない。それは一方で真実だが、その見方だけでは見誤る。
よりおいしいものを提供したいというマーチャンダイジングへの熱意が、店舗にも、工場にも、農業の現場にも、確かに通底しているのだ。
そして、農業が効率性から逃れられるわけでもない。自然を相手にしているから、効率性と相性が悪い分野であることは事実だ。しかし、それを言い訳にしていては、収入や待遇は上がらず、若者から見向きもされなくなる。それもまた事実だ。
そうした矛盾する事実が、農業経営の前には横たわる。しかし、農業に限らず、そもそも経営とは矛盾を解決していく営みである。
サイゼリヤの店舗を訪問すれば、おいしさと効率性という矛盾の解決がなされていることが分かる。そのエッセンスと限りない熱意は、農業界に大きなヒントを与えているのではないだろうか。