農家もひとごとではない食中毒
2023年夏、石川県内の流しそうめん店において892人の食中毒患者が確認されるという出来事がありました。この食中毒発生の影響で、同店は被害を受けた食中毒患者への損害賠償を終えた時点で廃業することとなりました。
この店は30年以上季節の風物詩として地元で親しまれ、例年は期間限定のイベントのような形で営業していました。そのため、イベント出店をする農家にとっても食中毒を防ぐ手段などを考える上でとても参考になる事例だと思います。
この店での食中毒の原因は、流しそうめんに使う湧き水に含まれていた「カンピロバクター」という細菌で、潜伏期間は一般に2日から5日。感染すると下痢、腹痛、発熱、悪心、嘔吐(おうと)、頭痛、悪寒、倦怠(けんたい)感などを発症します。
同店では7月中旬の大雨の影響で塩素投入装置が被災しすぐに復旧させたものの、営業再開前に水質検査をしなかったことなどが報道されています。
食品衛生法では「飲用に適する水を使用する場合にあっては、一年一回以上水質検査を行い、成績書を一年間保存すること。ただし、不慮の災害により水源等が汚染されたおそれがある場合には、その都度水質検査を行うこと」と規定されています。同店で水質検査がなされていなかったということは違法ですし、また、普段から食品衛生への意識が欠けていたことの表れでもあると思います。食品の安全性を確保するには、何か起こった時の検査とともに、「普段の管理をどうするのか」も大切ではないでしょうか。
2021年6月に施行された改正食品衛生法では、こうした普段からの食品衛生管理が、最も重視されています。私たち農家もその大切さを改めて考えていきたいと思います。
イベント出店の注意点
改正食品衛生法が施行された2021年6月はコロナ禍のさなかで、収穫祭などのイベントも軒並み中止となった時期でした。2023年春の新型コロナ5類移行後、自粛ムードも薄まり、さまざまなイベントが再開されました。そこで初めて出店要綱が変わったのを知った人も多いように思います。私もその一人です。
改正後、イベントなどの臨時営業で飲食物を提供する場合、食品衛生法で定めている飲食店営業の許可が必要となりました。また臨時出店の場合の施設基準についても変更があり、例えば私が住む石川県では以下のようになりました。
・プレハブか防水性のテント等(天井、側壁3面のあるもの)であること(屋内の出店の場合は屋根なし可)
・水道水または飲用できる水を衛生的に供給できる設備があること
・給水タンクに貯水する場合は容量40リットル以上で蛇口があるものを使い、水道水を使用すること
・洗浄剤や消毒液を備えた流水式手洗い設備が設けられていること
・給水量に応じて適切に排水できる設備を備えること
・必要に応じて冷蔵・冷凍設備を用意すること
・汚液が漏れない蓋(ふた)の付いた廃棄物容器を用意すること
調理済みのもの、すでに完成している加工品においてはこの限りではありませんが、臨時営業(イベント)にあたっても、HACCP(ハサップ:国際的な衛生管理基準)に沿った衛生管理を守るとともに、食品衛生責任者を選任することが必要になりました。
以前と比べ厳しくなりましたが、今の時代ではこうしたことが必要だと私も感じるようになりました。我が風来でも2023年秋のイベント出店においてはその場で調理するものは避け、袋詰め、瓶詰めされたピクルスやキムチ、漬物などをメインで販売しました。
そうしたのはさまざまなリスクを避けるためです。食中毒はもちろん、品質の悪いものを出さないということは当たり前。そのうえ、このSNS時代、何かあった時にその情報は一気に広まるため、経営者の危機管理としての判断でもありました。何かあれば、加工の事業だけでなく、本業の栽培にまで影響が出ます。「イベントの時だけ加工品を作って売って、お小遣い稼ぎ」といった感覚だと、あまりにリスクが高い気がします。
普段の衛生管理とリスクの分散
風来では以上のようなリスクを考え、イベント時にも普段ネット通販などで販売しているものと同じ加工品を販売することにしたわけですが、そうなるとやはり普段の加工の際の衛生管理が大事になってきます。
今回の食品衛生法改正では、HACCPに沿った衛生管理が法制化されました。HACCPの考え方を取り入れた衛生管理とは「工程を連続的・継続的に管理して安全性を確保する」「製品検査は工程管理の検証として活用する」ことになります。
言葉にすると難しい感じがしますが、つまりは工程ごとに衛生管理していこうということです。そのことにより最終製品の安全性を担保します。従来の最終製品の抜き取り検査では、すべての製品の安全性を担保できませんでした。
風来でも、ある漬物の煮沸消毒が不十分だったため、発酵が進み袋が膨らんでしまったことがありました。この漬物の製造の際にHACCPに沿った衛生管理をしていたため、その時同じロットで作っていたものを特定して破棄すべきものが分かり、おかげで損害が最小限で済みました。
先の流しそうめん店において重視されるべきだったのは、水質検査などの一時的なチェックだけでなく、HACCPの意識で全体を見ることだったのではと感じています。
今は製造物責任法(PL法)によって、製造物の欠陥によって生命、身体または財産に損害を被った消費者は製造業者等に対して損害賠償を求めることができます。私たちは製造者としてそうした責任も負っていることを自覚し、しっかりとした備えをしていくことも大切でしょう。
その対策として、加工をはじめた場合には総合食品賠償共済に入ることをオススメします。事故が起こった場合の初期対応費用、被害者治療費用等(治療費負担、見舞金、見舞品購入費用)、消毒費用、示談交渉がまとまらない時の争訟費用、訴訟対応費用、示談解決に係る費用など幅広くカバーされています。かかる掛金は規模によって変わります。私も加入しており、これまで使ったことはありませんが、入っていることによる安心感は大きいです。
またイベントに関しての保険もあります。食中毒への補償は初期設定されていないものがほとんどですが、多くの保険会社では食中毒を想定した「飲食物危険補償特約」などのオプションがあり、付帯することが可能となっています。
自身が主催する時はもちろん、出店者として参加する場合も食中毒の補償について確認しておきましょう。そういった補償がない場合は主催者に加入を促すなどして入っておくと、イベントにもより安心して参加できると思います。
普段からHACCPの考え方で食品安全に気を付け、食中毒を出さないようにすること、またいざという時のために保険に入っておくことなど、さまざまな対策について説明してきました。農家だから、地域だから、知ってる顔ばかりだから……で許される時代ではなくなりました。「備えあれば憂いなし」の精神で安心して良いものを販売していきましょう。