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畜産農家の悩みの種。家畜に群がるサシバエは寄生蜂で防除!

斉藤 勝司

ライター:

畜産農家の悩みの種。家畜に群がるサシバエは寄生蜂で防除!

鋭い先端の口で家畜の皮膚を傷つけ、吸血するサシバエ。多い時には1頭のウシに数百匹が群がることがあり、過度のストレスで乳牛は乳量が、肉牛は体重が減ってしまう。サシバエを介して感染症が拡がるリスクもあり、徹底した防除が求められるが、防虫ネットや殺虫剤散布では対策が不十分と感じる生産者も多かった。そこで九州大学の松尾和典(まつお・ かずのり)さんはサシバエのサナギに卵を産み付ける寄生蜂の探索に取り組み、キャメロンコガネコバチを発見した。この寄生蜂を取り入れたサシバエ防除の実証試験では高い防除効果が確認され、実用化に向けた取り組みを進めている。

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サシバエってどんな害虫?

畜産生産者にとって家畜の飼育環境は大きな関心事。ストレスのない環境をいかに整えるかに、誰もが頭を悩ませているが、そこで大きな問題になっているのがウシやブタに群がるサシバエだ。この害虫に詳しい、九州大学大学院比較社会文化研究院の講師、松尾和典さんがこう説明してくれた。

「見た目こそ私たちの身近にいるイエバエに似ていますが、サシバエは吸血性の家畜害虫です。先端が鋭く尖った口でウシ、ブタなどの家畜の皮膚を切り裂き、傷口から染み出た血液を飲むだけでなく、ストロー状の口を突っ込んで吸血するため、家畜は強い痛みを感じます。そんなサシバエが多い時にはウシ1頭に数百匹も群がることがあり、強いストレスから、飼料を十分に食べているはずなのに乳牛はお乳の出が悪くなり、肉牛は体重が思うように増えずに、生産性を大きく下げてしまいます」

鋭い先端の口で家畜の皮膚を切り裂いて吸血するサシバエ

赤い点はサシバエを示しており、1頭のウシに数百匹が群がることもある

アメリカでの被害額は年間22億ドル超

アメリカでの研究によるとサシバエが群がるストレスにより、乳牛では1頭当たりの乳量が139kg、肉牛では1頭当たりの体重が9kgも減少し、1年間の損失額は22.1億ドルに達するという。こうしたストレスによる損失だけでも看過できるものではないが、家畜の皮膚を傷つけて吸血するだけに感染症の媒介が心配される。

「近年、日本では牛伝染性リンパ腫というウイルス性の病気が増えているんです。この病気を発症したウシは法律で殺処分することが決まっていますし、発症しなくても体重が落ちて生産性に影響します。アブが媒介することがあり、サシバエだけが原因ではありませんが、気温の高い西日本にはアブは少なく、サシバエが主な媒介昆虫ではないかと考えられています」(松尾さん)

ウシの四大感染症の増減をみると、近年は牛伝染性リンパ腫が増加しており、サシバエの媒介が疑われている(出典:農林水産省「家畜伝染病発生累年比較(1937~2024)」をもとにグラフ化)

従来の防虫ネット、殺虫剤散布は労力負担が大きかった

さらに2024年には国内未確認だったウシのウイルス感染症、ランピースキン病が福岡県、熊本県で発生。全身の皮膚に多数のしこり、むくみが生じるほか、発熱、リンパ節の肥大などの症状があらわれ、乳牛の場合、乳量が減少する。この感染症が確認されたウシは家畜伝染病予防法に基づいて殺処分しなければならない。サシバエが主な媒介昆虫であると考えられており、こうした新興感染症の流行を抑えるためにも、徹底したサシバエ防除が求められる。

しかし、従来、サシバエの防除には防虫ネットを設置するか、殺虫剤を散布するぐらいしか手立てはなかった。ウシを牛舎内だけで飼育している農場では防虫ネットは有効であるが、ネットが目詰まりして換気が滞れば、牛舎内の環境は悪化しかねず、こまめな手入れが求められる。一方、殺虫剤は即効性があるものの、サシバエが出現するのは春から秋にかけてであり、夏の暑い時期に防護服を着込んで、広大な農場に殺虫剤を散布して回る労力は決して小さなものではない。

4年に及ぶ研究の末、日本在来の寄生蜂を発見

そこで従来からある防虫ネット、殺虫剤に加えて新しい防除技術の実現を目指し、松尾さんが取り組んだのは日本在来の寄生虫の探索だった。

「サシバエのサナギに卵を産み付けて繁殖する寄生蜂がいて、すでに海外ではサシバエ防除に利用されています。その寄生蜂を輸入して利用するという選択肢もありますが、気候風土の異なる日本でも防除効果を発揮してくれるか分かりませんでした」(松尾さん)

防除効果が不透明なだけでなく、日本国内にも在来の寄生蜂がいるはずで、不用意に海外から持ち込んでは生物多様性を攪乱しかねない。松尾さんは別種の寄生蜂の研究で博士学位を取得していたこともあり、在来の寄生蜂を見つけ出す研究に取り組んだ。

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サシバエは家畜の糞に産卵することから、松尾さんはウシの糞が集められた堆肥場からサシバエのサナギを収集。寄生蜂が卵を産み付けていたら、サナギからはサシバエではなく寄生蜂の成虫が出てくる。サナギからどんな寄生蜂が出てくるかを確認する地道な研究を続け、キャメロンコガネコバチ(以下、キャメロン)がサシバエに寄生することを突き止めた。

「他にもサシバエの寄生蜂を見つけましたが、キャメロンのほうがサシバエに好んで卵を産み付け、サシバエを探索する能力も高かったことから、サシバエ防除に活用できるのではないかと考えました」(松尾さん)

松尾さんがサシバエに寄生することを明らかにしたキャメロンコガネコバチ

堆肥管理も行うことでサシバエを大幅に減らせる

キャメロンに卵を産み付けられたサナギを堆肥場に撒いておけば、サナギから羽化したキャメロンの成虫が別のサナギに卵を産み付けていく。こうしてサシバエの数が減れば、家畜への害も抑えられるだろう。

サシバエのサナギに卵を産み付けるキャメロン。キャメロンが寄生したハエのサナギを製品として販売、これを堆肥場に撒いておけば、別のサナギに卵を産み付け、サシバエの数を減らしてくれると期待される

ただし、サシバエ防除にキャメロンを活用するには、実際の農場で防除効果を確かめなければならない。松尾さんは2022年~2024年に北は北海道から南は沖縄までの7道県で、キャメロンを取り入れたサシバエ防除の実証試験を実施。結果にばらつきが見られたものの、前年に比べてサシバエの密度を約85%も減少させられた農場もあった。

「実証試験を行った農場の中には、前年に比べてサシバエが減らなかったところもありました。そうした農場は堆肥場の“切り返し”を行っておらず、サシバエが大量に発生していました。これではキャメロンを利用しても、サシバエが多すぎて防除することは難しかったのです」(松尾さん)

通常、堆肥場では定期的に堆肥の材料をかき混ぜる切り返しを行い、空気に曝して微生物を活発に働かせる。発酵が促されるだけでなく、発酵熱で堆肥場の温度は60~80℃に上昇し、多くのサシバエを死滅させられる。逆に切り返しを行わなければ温度が上がらず、大量のサシバエが生き残り、キャメロンを使っても防除しきれなかったのだ。

堆肥場の管理を行った上でキャメロンが卵を産み付けたサナギを撒けば、サシバエの防除ができるはず。サシバエが発生する春から秋にかけて、定期的にキャメロンが卵を産み付けたサナギを撒く必要はあるものの、従来の防虫ネット、殺虫剤の散布と比較して、作業労力を大幅に削減できることも明らかになった。

こうしてサシバエ防除にキャメロンが十分に使えることを確認した松尾さんは、2025年2月、九州大学の教員だった荒木啓充(あらき・ひろみつ)さんとともに株式会社Arthron(アルスロン)を設立。荒木さんが代表取締役に就任し、本格的に実用化に向けて動き出した。

現在、事業化に向けて量産体制の準備などを進めており、近い将来、販売が開始されるだろう。そうなれば畜産農家にとって、これまで悩みの種だったサシバエの防除の強い味方になってくれるに違いない。

株式会社Arthron への問い合わせは下記メールアドレスへ
info@arthron.co.jp

画像提供:松尾和典

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