【体験価値①自然環境】癒しの景観vs不便さと虫の恐怖

美しい自然の風景というのはやはり都会にいてはどうしても手に入らないものです。小鳥のさえずりで目覚め、窓から眺める田園風景や山々に心が洗われる。散歩をすれば色づく山ブドウに季節の移ろいを感じ、どこまでも広がる空に深呼吸する気持ちよさたるや。まさに、ここでしか得られないプライスレスな体験価値です。
ただし、豊かな自然に囲まれて暮らすことは必ずしも良いことばかりではありません。例えば、自然が多い場所には公共の交通機関はあまりないため、どこに行くにも車が必要。都会での暮らしに比べて、交通費はむしろ高くつきます。さらに山間地では土砂崩れや雪による通行止めが都市部に比べて起こりやすいなど不便なことも。こうした地域には多様な虫たちが生息しており、スズメバチに刺されることは、決して珍しいことではありません。

自然の中での暮らしは、癒しと厳しさの両方を受け入れることです。それでも、こうした体験の全てが価値だと感じられるなら、田舎暮らしはかけがえのないものになるでしょう。
【体験価値②家庭菜園】自然の力で自ら育てる喜びvsコスパが悪く低収量

新鮮な野菜やフルーツに囲まれる家庭菜園は田舎暮らしの魅力のひとつです。その魅力はもちろん収穫物だけではありません。芽が出た喜び、朝露に濡れるキャベツの美しさ。虫食いのある葉にさえも自然の営みを感じたり、土に触れることで癒されたりと、ふと哲学的な気持ちになることもあります。収穫物を味わうだけでなく、その過程にこそ自然の中で生きる豊かさが詰まっているのです。
一方で、家庭菜園を経済的な合理性で評価すると、現実はなかなか厳しいものです。「家庭菜園をしたら食費が浮くだろう」と考える人は少なくありませんが、タネや肥料、資材などの初期費用は意外と高くつきます。機械を導入しようものなら、数万、数十万円の出費です。

費やした時間を人件費で換算すると、結果としてスーパーで買うよりも割高な野菜になってしまうかもしれません。加えて、プロには及ばない品質で、旬の時期には同じ種類の野菜ばかりを毎日追い立てられるように食べるはめになったりもします。
家庭菜園の価値を「五感の刺激」「自然との一体感」と捉えるか、「コスパの悪い作業」と見るかによって、田舎暮らしの納得感は全く違ったものになるでしょう。
ちなみに、どうしてもコスパ良くやりたい人にはイモ類など放置気味でも育つ作物がおススメです。うまくできれば翌年はコスパ度外視の家庭菜園に目覚めるかもしれません。
【価値体験③DIY】世界に一つだけの家づくりvs終わらない作業に絶望

「古民家って素敵!」。そう思い切って購入したものの、予想以上のリフォーム費用に驚くケースはよくあります。人件費が高騰する昨今は業者に依頼するとなると高額で、「新築を買ったほうが安かったかも…」という声も聞きます。
それでも、これを「趣味」と捉えるなら話は別です。かつての日曜大工は、今やDIYと名を変え、趣味の中でも普遍的な人気ジャンルに君臨しています。田舎ならではの魅力として、周囲への作業音を気にせず取り組める環境や、庭や畑に資材を置けるスペースがあることも大きな利点です。
筆者の義父は、農閑期に掘りごたつやキッチンを自作し、廊下の板の張替えやトイレの改築まで手がけていました。農閑期には副業で稼いでそのお金で業者に頼む、ということもできたはずですが、自分でやるという方法もあるのかとびっくりしました。自らの手で家をつくり上げる達成感は、何にも代えがたい豊かさがあります。
とはいえ、これをコストパフォーマンスや時間対効果の観点で考えると「専門家に頼んだ方が高品質な仕上がりになる」「自分はもっと単価の高い仕事で稼ぎ、その時間を資産形成に使うべき」とみる人もいるでしょう。事実、DIYは時間も手間もかかる上に一定以上の知識・経験も要するため、安易に始めたきり途中で挫折する人も少なくないようです。このように、費用対効果だけで見れば割に合わない選択かもしれません。
【人間関係①近所付き合い】近隣のつながりと温かさvs密すぎる共同体意識にわずらわしさ

井戸端会議、お裾分けから災害後の復旧まで、田舎では今も住民同士の協力が欠かせません。かつては葬式や引っ越しもご近所の手伝いで成り立っていました。今では業者に頼むのが一般的なことも、人が集まれば意外と多くのことができます。
特に「ゆい」や「もやい」といった助け合いの文化は、長く人々の暮らしを支えてきました。「ゆい」は各家の収穫作業を順番に回って行ったり、「もやい」は道路工事などの公共設備を共同で担う仕組みです。現在ではその規模はかなり縮小していますが、一時的な手伝いやボランティア的な取り組みは今もなお残っています。こうした人の温かさに触れることができるのも田舎ならではの価値だと思います。
しかし、共同体意識が強すぎると個人よりも集団が優先される側面もあり、決して良いことばかりではありません。例えば、個人情報が集落内で筒抜けになっていたり、派閥争いに巻き込まれたりなど、日々の暮らしに影響を与えることが多々あります。人のつながりの温かさとわずらわしさは表裏一体です。隣人の顔すら知らないと都会を揶揄する風潮もありますが、多様な暮らしを尊重する都会的な暮らし方が懐かしく、返ってうらやましく思うこともあるかもしれません。
【人間関係②町内活動】地域を担う責任感と充実感vs無報酬で強制参加

田舎では、イベントの手伝いや清掃、行事への参加などの町内活動が頻繁に、かつ無償で行われています。こうした取り組みは地域のつながりを育み、まさにお金では買えない信頼関係やネットワークといった人と人との結びつき、つまり社会的資本を生み出しています。
労働には対価を支払うことが基本である現代的意識からは、このような無報酬の活動はなかなか理解しづらいかもしれません。しかし、活動の中で実際に「お金をもらわないからこそ手伝える」「お金が絡むと関係がぎくしゃくする」といった声を聞くことがありました。これはお金を介さずに人の力で暮らしを支え合う「非貨幣経済」の仕組みが今なお地方に息づいている証とも言えるでしょう。“お金では測れない豊かさ”という言葉は感情論のように聞こえますが、田舎には実際に、お金を介さず人と人との信頼に基づいた社会的資本によって支えられる「もう一つの経済のかたち」があるのです。
とはいえ、現実には同調圧力のもと、やりたくもない仕事を引き受けることになり、貴重な時間と労力を奪われて疲弊してしまうこともあります。町内活動でへとへとになって、「ああ、来年はお金を払って業者に頼んでくれないだろうか」と願う瞬間もあるのが実情ではないでしょうか。
能動的に田舎暮らしを楽しめるなら、地方移住は大いにアリ
田舎暮らしにおける価値の捉え方は人それぞれです。自分は楽しめても、家族はどうだろう。そんな不安もあるでしょう。もし、家族みんなが楽しめるなら、田舎暮らしはけっこう最高かもしれません。お金を介する暮らしは便利で快適ですが、自らの手足を動かしコミットする生活は、能動的にそれを楽しめるならば、可能性は無限大です。田舎暮らしは、ただの引っ越しではなく「生き方の選択」です。自分にとっての“豊かさ”を見つける旅の第一歩にしてみてください。




















