松山市は全国有数の柑橘産地。温暖な気候と水はけの良い適地

愛媛県のほぼ中央に位置する松山市。瀬戸内海式気候に属しており、温暖で降水量が少なく、積雪は年に数回雪が降るかどうか程度である。取材に応じてくれたのは、松山市農業指導センターの柴竜己(しば・たつみ)さんだ
松山市は愛媛県内でも特に雪の少ない地域である。同じ四国地方の高知県や徳島県のような太平洋側と比べると、台風の影響が比較的少ないことも、穏やかな気候を形成する一因にあると柴さんは語る。
「2020~2024年の5年間平均では、年平均気温は17.3℃、1月の平均気温は6.6℃。年間降水量は約1,330mmであり、全国平均(約1,700mm)と比較して、かなり雨が少ないです。土壌については、山間部には花崗岩が風化した土壌(真砂土)が広がっています。この真砂土は粒子が粗いため水はけが良く、柑橘の糖度を高めるのに理想的です」


こうした地理的条件から、松山市の農業では柑橘が主要な作物となっている。農業経営体の約55%、およそ1,600戸が柑橘を主体としており、2023年の農業産出額130億円余りのうち、果樹が半分以上を占めている。高級柑橘の「紅まどんな」「せとか」「甘平」などは全国有数の産地である。
アボカド栽培のきっかけは柑橘の価格低迷
そんな柑橘の産地でのアボカド生産は、どのように始まったのだろうか?
「きっかけは今から20年ほど前、2007年頃に柑橘(伊予柑・温州)価格の低迷が大きな問題となりました。供給過剰と消費低迷が重なり、柑橘農家は、柑橘だけでは経営が成り立ちにくくなっていました」
正確に言えば、当初は樹種転換ではなかったと、柴さんは言葉を続ける。
「柑橘に加えて所得を確保するため、補完品目を探していたのです。当時の松山市農林水産担当部長が中心となり、露地野菜、七草、ライム、そしてアボカド……さまざまな品目に挑戦して、今まで残っているのがアボカドとライムです。アボカドについては、松山で個人的に植えている人がおり、多くの実がなっていたことから、それを参考にして『一緒に挑戦しませんか』と広く呼びかけました」


ここで松山市農業指導センターについて簡単に紹介しておこう。松山「市」だから、市立である。広くは「公設試」に分類されるが、市立の公設試は全国的にも珍しく、四国では唯一である。
「県の農業試験場や普及センターを合わせた松山市版のようなものですが、松山市に特化した農業技術の普及や栽培研究を行っています。市特有の課題解決に特化できること、市のブランド農産物を形成するための事業や市内農業後継者の育成支援(技術面)を踏み込んで実施できることがメリットです」(柴さん)

出荷前の分譲用アボカド苗(左)、定植1年後の様子(右)
アボカドの取り組みに話を戻すと、2009年より松山市農業指導センターでアボカド苗木を生産して、市内生産者への有料分譲を開始した。筆者が取材を申し込んだ理由の一つも、松山市が2009年という早い段階からアボカド苗木の分譲を始めていた点にあった。松山市が気候変動適応作物としてアボカドが注目される以前から取り組みを進めていた理由が、これで明らかになった。
アボカド産地としての状況

現在のアボカド栽培面積は約15haで、生産量は年間7~8t程度。生産者数は大きく増えてはいないものの、新規就農者や「やってみたい」という生産者は、常に一定数いると言う。栽培技術も少しずつ蓄積されており、収量も今後増えていく見込みだ。

寒風・低温障害におちいった苗(左)、コモの壁による防寒を実施した例(右)
アボカド栽培における最大の課題は「寒さ」にあると、柴さんは言う。「アボカドは熱帯性果樹ですから、寒さには弱いのです。確かに松山は温暖ですが、それでも冬にマイナス4~5℃まで下がる年があります。そうした低温が長時間続くと、10年生の大木でも枯れてしまうのです」
地球温暖化が不安視される昨今だが、冬には気温が急激に下がる頻度も増えていると言う。「以前は『5年に1回』程度だった厳冬が、最近は『2~3年に1回』の頻度で来る感覚があります。海沿いは温暖ですから比較的被害が少ないですが、内陸では寒さによる被害が大きな問題となっています」
もう一つの課題は、結実の難しさである、と柴さんは説明してくれた。
「寒さ以上に難しいのが、実が安定してならないことです。柑橘なら10aあたり3~4t収穫できる場合もありますが、現段階では、多い人でも400kg程度。そのうえ年によってはほとんど収穫できないこともあります。アボカドは非常に繊細で、環境条件や体内養分のバランスが悪いと自分で実を落としてしまいます」
そのため現在は、剪定の時期や量、肥料成分と施肥タイミング、開花時の管理などの栽培技術を農業生産者と一緒になって研究している段階だという。これが前出の「蓄積できている」部分であると語る。
こうした課題もあり、生産者の反応は一様ではない。冷害や病気、収量不足を理由に撤退する人もいる一方で、苗木が枯れてしまっても「もう一回チャレンジしたい」「本気でアボカドだけでやっていきたい」という生産者もいる。
そもそも柑橘の収入を補完するために始めた人もいれば、アボカド一本での経営を目指した人もいる。そうした背景の違いもアボカド生産の継続意欲に影響を与えているようだ。
「アボカドを続けたいと考えてもらえる理由は、やはり単価の高さです。アボカドは安定生産さえできれば、労力は比較的少なく、高収益が期待できる作物です。市場では輸入品が圧倒的に多数ですから、松山市が国産品を安定供給できれば、一定の市場を確保できると考えています」

まつやま農林水産物ブランド品の数々。中央にはアボカドが配置されている。
そこで松山市では「松山アボカド」としてブランド化にも取り組んでいる。農業指導センターは主に栽培技術の普及・研究を担当しているが、同センターを所管する農林水産振興課が販売やPRについても進めている。
生産量の向上により松山市を日本一のアボカド産地へ
松山市がアボカド栽培に踏み切った背景には、生産者と同じ目線で考える「市」の立場があったのかもしれない。柑橘価格の低迷という現場の課題に向き合い、補完作物を模索した結果、現在のアボカド産地化につながった。柴さんは松山市のアボカドの将来について、前向きに語ってくれた。

松山市で栽培されているアボカドは4品種。左から「ベーコン」「フェルテ」「ピンカートン」「ハス」。
「現在7~8t前後の生産量を、まずは10t以上に伸ばしたいと考えています。そして最終的な目標は、アボカドで生産者が安定して儲かる産地を作ることです。繰り返しになりますが、安定して収量さえ確保できれば、単価が高いため十分に収益が上がる可能性があると考えています。そこに向けて生産者と連携して、着実に研究と普及を続けていきたいですね」
最後に、樹種転換を目指す他産地へのアドバイスをいただいた。それを本稿のまとめとしたい。
「近年は、西日本を中心に多くの自治体・産地関係者が視察に来ています。ご存知かも知れませんが、九州や静岡などでは既にアボカド産地化に向けた取り組みが始まっています。ただ、個人で栽培している人は各地にいても、産地化となると簡単ではありません」と柴さん。まずは最低気温、土壌条件(排水性)、日当たりなどをしっかり調べることの重要性を説く。
「さらに、その地域の条件に合った品種選びが必要です。アボカドは環境条件の影響を受けやすく、条件が合わないと枯死しやすい繊細な作物です。事前に十分に調査を行ったうえで進めると良いのではないでしょうか」
取材協力・写真提供
松山市農業指導センター
マルっと まつやま(松山市農林水産部農林水産振興課)
















