くだものの里・国見町で新しい農業人生を始める。
福島県の北部、宮城県との県境に位置する国見町は、阿武隈川が流れ、四季折々の果樹が実る自然豊かな町です。

あつかし千年公園 中尊寺ハス
なかでも「桃」は町を代表する特産品として知られ、「あかつき」や「まどか」「川中島白桃」など、さまざまな品種が栽培されています。
また、源義経ゆかりのまちであり、例年9月23日(くにみの日)には、「義経まつり」が開催され、甲冑を着た騎馬武者が街中を行列するなど、閑静な街にも賑やかな声が響きわたります。

一方で、全国の産地と同じように、高齢化や後継者不足という課題も抱えています。そこで国見町が力を入れているのが、地域おこし協力隊農業部門の受け入れです。
任期中は地域の桃農家のもとで栽培技術や経営を学び、報酬を受けながら独立就農を目指します。ただ技術を身につけるだけではなく、園地探しや経営相談など、独立後まで見据えた支援を受けられることも、この制度ならではの特徴です。
「地域おこし協力隊」という名前から、地域イベントや移住支援をイメージする人もいるかもしれません。しかし、国見町が目指しているのはその先です。地域に人を呼ぶことではなく、この町で農業を続ける「担い手」を育てること。そんな思いに引かれ、今年も新たに2人が国見町で桃づくりを学び始めました。
「残りの人生は、好きなことを仕事にしたかった。」52歳で選んだ、桃農家という第二の人生。

安藤祥さん。神奈川県鎌倉市出身。
朝3時50分。
まだ夜明け前の静かな町で、一人の男性が身支度を整えます。5時には畑へ向かい、朝露が残る桃畑で収穫が始まります。半年前まで、全国展開するアミューズメント企業で店長を務めていた安藤さんです。
「残りの人生は、自分の好きなことを仕事にしたいと思ったんです。」
その言葉は、とても穏やかでした。
もともと果物が好きだった安藤さん。休日には全国各地を旅し、その土地ならではの果物を味わうことが楽しみでした。
「転機になったのはコロナ禍です。これまで当たり前だと思っていた働き方や人生を見つめ直す時間が生まれ、『本当にやりたいことは何だろう』と考えるようになりました。50代は、自分にとって最後の挑戦ができる年代だと思いました。」
その思いを胸に就農フェアへ足を運んだ安藤さん。しかし、年齢の条件から国の就農支援制度を利用できないケースもありました。そんな中で出会ったのが、国見町の地域おこし協力隊農業部門です。報酬を受けながら最長3年間じっくり桃栽培を学び、独立就農を目指せる。「これなら挑戦できる。」そう感じたことが、移住を決めた理由でした。
桃づくりは想像していた以上に奥深い。

現在、安藤さんは受け入れ農家のもとで、桃づくりの一年を学んでいます。収穫期は早朝から作業が始まり、午前中いっぱい収穫を続けます。午後は、箱詰めや出荷準備など桃を最高の状態で消費者へ届けるための仕事が続きます。夏の収穫は、まだ空気の冷たい早朝から始まります。気温が上がれば桃への負担も増えるため時間との勝負です。それでも安藤さんは笑います。
「毎日違う景色があって、毎日違う発見があります。3ヵ月が過ぎ(取材時)、摘蕾や摘果、収穫など、最初は時間のかかっていた作業も少しずつ体が覚えてきました。以前より作業スピードも上がりましたし、自分でも成長を感じています。」
一方で、桃づくりは経験がものをいう世界でもあります。天候や樹勢を見極めながら、一つひとつ判断を積み重ねていく。その難しさを痛感する毎日だといいます。だからこそ、心強いのが受け入れ農家の存在です。
「栽培技術だけではありません。経営のことも、将来独立するときのことも、本当に何でも教えてくださるんです。」
技術を教えるだけではなく、「一人前の農家になってほしい」という思いが伝わってくる。それが国見町での研修の大きな魅力だと話します。
「ここなら夢をかなえられる」と思えた町。
国見町で暮らし始めて、安藤さんが最も印象に残っているのは、人の温かさです。
「皆さん、本当に親身なんです。新しく来た人を自然に受け入れてくれる雰囲気があります。暮らしやすさも魅力の一つでした。自然に囲まれながらも、買い物に困ることはなく、東京へも新幹線を利用すれば約1時間30分。都会すぎず、不便すぎない。その心地良い距離感が、自分には合っていると感じています。」

人口約7,800人、コシヒカリとくだものの里として有名な国見町
さらに、独立までの道筋を描きやすいことも安心材料でした。果樹栽培は、苗木を植えてもすぐに収穫できるわけではありません。しかし、国見町では離農する農家から園地や成木を引き継げる可能性もあり、将来を現実的に考えられる環境があります。
「ここにはすでに独立した先輩たちというロールモデルがいます。だから、自分も頑張ろうと思えるんです」
桃を育てることは、木を育てることだけではありません。人を育て、未来を育てることでもある。そんな国見町の姿勢を、安藤さんは日々の研修の中で実感していました。
「好きな桃を、自分の手で育てたい。」

日沼 竜児さん。福島県伊達市出身。
37歳の日沼 竜児さんは、叔父が営む米農家を手伝った経験があります。作業を重ねるほど品質が変わり、その年の天候や管理によって出来栄えも変わる。農業には、工場で同じものを作り続けるものづくりとは違う面白さがありました。本格的に就農を考え始め、調べる中で出会ったのが国見町です。決め手になった理由はとてもシンプルでした。
「国見町の桃が一番おいしいと思ったからです。おいしいと思った桃を自分の手でも育ててみたかった。その気持ちが協力隊への入隊を決断する一番の理由でした」

ならし研修では、複数の農家で摘果、袋がけ、収穫などを学びながら、「同じ桃でも、育て方一つで味も品質も変わる」奥深さを日々実感しているそうです。
「果樹栽培って、ものづくりに近いんですよね。手を掛けた分だけ結果が返ってくる。その面白さがあります」
将来は、防除機械であるスピードスプレーヤーの操作や高度な剪定技術を身につけ、おいしい桃を育てる一人前の農家として独立したいと話します。
「地域の財産である桃を、自分も未来へつないでいけたらと思っています」
年齢も歩んできた人生も違う2人ですが、国見町で描こうとしている未来は同じです。
「自分の手で、おいしい桃を育てたい。」
その思いが、2人をこの町へ導きました。
人を集めるのではなく、人を育てる。それが国見町の挑戦。
地域おこし協力隊という制度は全国にあります。しかし国見町が目指しているのは、「3年間活動して終わり。」ではありません。町が本当に目指しているのは、任期終了後もこの土地で農業を続け、地域に根付く農家を育てることです。
担当する国見町産業振興課の吾妻 健一さんは、こう話します。
「私たちが募集しているのは、将来、国見町で桃農家として活躍してくださる仲間です。」
そのため、任期中は受け入れ農家のもとで栽培技術だけでなく、経営や販売、独立後を見据えた考え方まで実践的に学びます。さらに町は、園地探しや関係機関との調整、独立後の相談など、一人で抱え込まなくて済む体制づくりにも力を入れています。
「桃は植えればすぐ収穫できる作物ではありません。だからこそ焦らず、一歩ずつ成長してもらえる環境を整えることが、私たちの役目です。」
受け入れ農家も、農協も、行政も。町全体で一人の農家を育てていく。それが国見町の大きな特徴です。吾妻さんは最後に、応募を考えている人へこんなメッセージを送ってくれました。
「農業経験の有無や年齢だけで諦めてほしくはありません。『挑戦してみたい』と真剣にやる気のある方なら、私たちは全力で応援します。」
桃を育てる町は、人も育てている。

取材の最後、安藤さんに「国見町とはどんな町ですか。」と尋ねると、少し考えてから、こんな言葉が返ってきました。
「国見町には夢があります。」
その一言には、この3ヵ月(取材時)で積み重ねてきた実感が込められていました。
桃は町の宝。そして、その宝を守り育てる人もまた町の宝です。52歳で人生を見つめ直した人。経験を生かし、新たな一歩を踏み出した人。年齢も経験も違う2人が、同じ方向を向いて歩き始めています。
農業は決して簡単な仕事ではありません。それでも、自分の手で育てた桃を誰かが「おいしい」と笑顔で頬張る瞬間はきっと何ものにも代え難い喜びになるはずです。
もし今、「農業を仕事にしてみたい」という思いが心のどこかにあるなら、一度、「国見町で農業に挑戦する。」という選択肢を考えてみてはいかがでしょうか。
ここには、桃を育てる技術だけでなく、新しい人生を育てる時間と、人を支える温かなつながりがあります。

■お問い合わせ
福島県国見町産業振興課農林振興係〒969-1792
福島県伊達郡国見町大字藤田字一丁田二1番7
TEL:024−585−2986
E-mail:sangyo@town.kunimi.fukushima.jp
















