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悲劇の果てに「生活優先」を選んだ日本最大級の果樹農園。労働時間削減を支えた省力技術とは

鈴木 雄人

ライター:

悲劇の果てに「生活優先」を選んだ日本最大級の果樹農園。労働時間削減を支えた省力技術とは

広島県世羅町にある日本最大級の果樹農園「農事組合法人 世羅幸水農園」。約50ヘクタールもの広大な園地を支えるのは、個人所有を一切排除した「完全協業経営」という独自のシステムだ。かつての過酷な開墾と「生産第一主義」の果てに訪れた数々の悲劇を乗り越え、農園はなぜ「生活優先」「人間尊重」へと舵を切ったのか。多品目リレーによる周年雇用の確立から、スマート農業を見据えた先進的な樹形改革まで、持続可能な農業の未来を切り拓く挑戦の全容を、9代目組合長理事の光元信能(みつもと・のぶよし)さんに伺った。

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日本最大級の果樹農園を支える完全協業

目の前に広がるのは、見渡す限りの緑の園地だ。日本最大級のスケールを誇るこの農園の特色について、光元さんはまず数字を挙げて説明する。

「私たちの農園の果樹植栽面積は全体で約50ヘクタール。そのうち梨が約45ヘクタールを占め、ぶどう、いちご、桃、りんご、すももなど、多品目の果樹を栽培しています」

年間生産量は梨だけでも約800トンにのぼる。年間常時雇用スタッフは29名。そして12戸の組合員とその家族、さらには外国人技能実習生を含めた大所帯で運営されている。繁忙期ともなれば、1日の作業員数は100名から130名にまでのぼる。

この巨大な果樹園を統べるのが、設立当初から守り続けてきた「完全協業経営」という独自のシステムだ。

日本の多くの共同農業や集落営農は、基本的には個々の農家が自分の土地や機械を持ち寄り、作業や出荷の局面だけで協力する「共同利用」の形をとることが多い。しかし、世羅幸水農園のあり方は根本的に異なる。ここには「個人の持ち物」が何一つとして存在しない。

「土地も、トラクターやスピードスプレヤーなどの大型機械も、あるいは枝を剪定するための鋏一丁に至るまで、すべてが会社の所有物です。私たちが栽培している梨1個にしても、組合員であっても勝手に食べることはできません。園地を『君はここ、私はあそこ』と切り分けて個人の成果を競うようなことも一切していません。すべての園地を、一つの会社として管理しているのです」

「1人の100歩より100人の1歩」 50年以上続く結束の根幹

共同経営において、最も恐ろしいのは「不公平感」の発生だ。「あの人より自分のほうが働いているのに給料が同じなのはおかしい」「自分の土地のほうが肥えているのに利益が均等に配分されるのは納得がいかない」。そんな小さな摩擦が積み重なり、やがて組織を空中分解へと導く。

世羅幸水農園は、個人の生産手段を完全に会社へ統合し、個人の土地所有に起因する利害対立を構造的に消去することで、この不公平感を根本から排除した。組合員の労賃は、若手であっても、長年勤めたベテランであっても、あるいは組合長理事であっても「一律平等」が原則である。

「もっと稼ぎたい、自分の力だけで野心を実現したいという個人事業主的な考えを持つ人には、この組織の考えには合わないかもしれません。しかし、私たちはこれまで『1人の100歩より100人の1歩』という言葉を基本に運営してきました。誰か一人が突出するのではなく、全員で一緒に一歩を踏み出す。この精神が50年以上も継続できたひとつの要因かも知れません」

見渡す限り果樹園が広がる

「生産第一主義」が招いた、重すぎる犠牲と教訓

昭和30年代、世羅町は米と麦を中心とする農村地帯だった。しかし、物価上昇と他産業への人材流出による過疎化が進み、地域住民の生活は困窮を極めていた。「このままでは、ここで生きていくことができない」。危機感を抱いた27戸の農家たちが、生活できる営農を目指して県営開拓パイロット事業に参画し、山林を切り拓く開墾をスタートさせたのが1963年のことだった。

果樹は植え付けてから収量が得られるまでに、少なくとも3〜4年は収入が途絶える。当時の組合員の労賃は時給60円(1日480円)だったにもかかわらず、苗木の購入や資金繰りのための1世帯あたりの月額出資金は1万3,000円を超えていた。当時のメンバーは「自分の全財産と生活のすべてを投げ打つ」という決死の覚悟で、荒れ果てた山肌を切り拓いていった。

国内でいちはやく「幸水」へ目を付け、ようやく最初の出荷を迎えたのが1966年。その食味でブランドを確立し始めた矢先、この地域を悲劇が襲う。1967年に発生した記録的な凍害である。収穫間近の梨の樹が被害を受け、大打撃を受けてしまった。

「それでも、何としてもこの開拓を成功させなければならない」。そんな焦りから、農園は昼夜を惜しまず働く「生産第一主義」へと突入していく。

その結果、待っていたのは肉体の限界だった。休日返上の極限状態の中、過労により病に倒れる組合員が続出。特に、農園の作業に加えて家庭でも働き続けた2人の女性スタッフが過重労働による精神的な圧迫などによって早世することとなってしまった。

健康なくして、持続可能な農業経営なし

「二度とこのような痛ましい悲劇を繰り返してはならない。全員が安全に、健康に働ける環境をつくることこそが経営の前提であると、私たちは胸に刻んで仕事を始めています」

度重なる自然災害、そして尊い命の犠牲。あまりにも重い教訓を経て、初代組合長の梶川静一(かじかわ・しずいち)さんは、農園の舵を「生産第一主義」から「生活優先」「人間尊重」へと180度大きく転換した。

「健康なくして、持続可能な農業経営など成り立つわけがない」

この信念のもと、朝8時から夕方5時までの所定労働時間を厳守し、残業を原則禁止とすることを徹底。さらに、組合員の妻たちで構成される「婦人部(現・女性部)」を中心とした健康改革が始まった。

「当時は、過酷な肉体労働に対して栄養摂取がまったく追いついておらず、初期の健康診断ではほとんどの組合員が栄養失調状態にあると診断されたそうです。そこで、婦人部が行政や農業改良普及所に指導を仰ぎながら、農園で働く全員の食事の栄養バランスを見直しました。卵や牛乳を積極的に摂取し、1日に『30品目』を使った体に優しいおかずをつくって全員に配る。定期検診や産業医による健康管理体制も整備しました。この『食生活改善と労務改革』こそが、世羅幸水農園の永続的な発展を支える土台となったのです」

従来の栽培方法で作られる梨の木

多品目リレーによる周年雇用の実現

果樹栽培において大きな壁となるのが「通年雇用の難しさ」だ。特に梨は春の摘果と夏の収穫期に膨大な労働力を必要とするが、冬場は作業が劇的に減少する。そのため、多くの果樹園では繁忙期のみの一時的な労働力に頼らざるを得ず、優秀な人材が定着しないという課題を抱えていた。

この課題に対して、世羅幸水農園が出した答えが、作物の特性を組み合わせた「多品目リレーによる周年雇用の確立」である。

「主力の梨だけでは、どうしても8月から10月の3ヶ月間しか売上が立ちません。そこで1998年に直売所である『ビルネ・ラーデン』を建設したことを機に、年間を通じてお客様に果物を提供し、スタッフが1年中安定して働けるポートフォリオを構築しました」

1月から5月までは「いちご狩り」。7月からは「すもも」や「桃」の収穫。8月から10月までは主力の「梨」と「ぶどう(ぶどう狩り)」。秋から冬にかけては「りんご」の収穫へとバトンを繋ぐ。さらに、収穫された果実は氷蔵庫で保管され、冬から春にかけても高品質な状態のまま直売所などで販売される。

この多品目リレーと貯蔵によって、農園は「1年中仕事があり、1年中キャッシュフローが回る」仕組みを実現した。これにより、2016年からは「月給制」と「有給休暇」を完全導入。天候によって作業時間が減少する月があっても、従業員の基本給を完全に保障し、安心して生活設計が立てられる環境を整えたのだ。

直売所「ビルネ・ラーデン」

過酷な「上向き作業」を排した樹形改革

果樹業界の最大の障壁である「重労働」を解決するため、2010年代からは樹形改革に着手した。

従来の梨栽培は、1.8メートルの高さに張られた棚のさらに上に枝を伸ばすため、作業者は「常に上を向いたまま首や肩、腕を酷使する作業」を強いられていた。この肉体的負担を解消するために導入されたのが、木と木を直線的につなぎ合わせる「ジョイントV字トレリス樹形」である。

「ジョイント仕立てにすると、木が下から60センチの高さから二股のV字に分かれ、すべての枝と果実が直線的に、かつ人の目の高さに綺麗に配置されます。作業者は上を向く必要が一切なくなり、前を向いたまま、横に歩きながら直線的に作業を進めることができる。作業効率は向上し、首や肩への負担も少なくなりました」

この目の高さでの作業への移行により、全体の労働時間は12%削減。さらに、この直線的でフラットな「機械化対応樹形」を園地に整備したことは、結果として「将来的にスマート農業を導入できる土台」にも繋がった。

「収量だけをみると従来のやり方に比べて、同面積当たりの収量は落ちます。ただ、都市部と違って作る場所はいくらでもある。まだまだ、従来の形の畑も多いので、収量バランスも考えながら、もっとジョイント畑の面積を増やしていきたいと思っています」


ジョイントV字トレリス樹形

スマート農業の「現実」と次世代へ繋ぐ未来

世羅幸水農園が「ジョイントV字トレリス樹形」へ取り組む目的は、単なる人手作業の省力化だけではない。将来的に「自動収穫ロボット」などのスマート農機が園地を走行するための、言わば「スマート農業対応型のインフラ整備」でもある。

近年、同園は国の「スマート農業実証プロジェクト」に参画し、大学や大手メーカーと共同で、自動収穫ロボットの社会実装に挑戦した。しかし、2年間にわたる実証実験で突きつけられたのは、現段階における「テクノロジーの限界」だった。

「結論から言えば、自動収穫ロボットによる完全自動化は、現段階では難しい。梨を傷つけずに、軸からポキッと綺麗に収穫するという手の動きは、機械にとっては想像以上に難しい。無理にやろうとすれば、果実の皮を傷つけたり、ロスを出してしまう。現状は人間が手でもいだ方が早く正確で、圧倒的にロスがありません」

しかし、挑戦を諦めたわけではない。

「現段階のロボット技術は人間の手には及びません。しかし、私たちは落胆していません。なぜなら、10年後、20年後にさらに人手不足が深刻化したとき、ロボット技術は必ず進化して私たちの右腕になってくれる。その時が来たら、いつでも最新の機械を迎え入れて即座に稼働できるよう、私たちは『ジョイントV字トレリス樹形』というインフラをすでに園地に敷き詰めて待っています」

梨以外にも様々な品目にも取り組む


光元さんは組合員農家としては2代目の現在68歳。しかし、7名の役員の大半が3代目となり現場をリードしている。そして、若い従業員も多く農園全体の平均年齢は47歳である。かつて、「全財産を賭けたギャンブル」から始まった農園は、悲劇を乗り越える中で「生活優先」の経営体制へとシフトした。そして今、スマート農業を迎え入れるための最先端のインフラを武器に、次の世代へと受け継がれようとしている。

取材協力
世羅幸水農園

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