【プロフィール】教えてくれた人
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清水健さん 千葉県農林総合研究センター 病理昆虫研究室 農作物を害虫や病気から守る手段として「総合防除(IPM)」を専門とする研究者。害虫の研究者だった父の影響で幼い頃から虫に親しみ、総合防除を学べる大学へ進学。現在は千葉県で、生産現場の病害虫対策を支える技術の開発に取り組む。 |
育てるだけでは、収穫できない?
みなさん、はじめまして。千葉県農林総合研究センターの清水健です。農作物を害虫からどう守るか。その技術を研究する仕事をしています。
私の父も害虫の研究員でした。だから子どもの頃の家族旅行といえば、たいてい父の調査について行き、田んぼや畑で虫を観察していました。それが、そのまま夏休みの自由研究になっていました。
子どもながらにまんざらでもなかったんでしょうね。進む道を決めたのは、小学4年生のとき。国語の教科書に載っていた、ある話に衝撃を受けたんです。それは、害虫を殺そうと薬をまいたら、その害虫を食べてくれる虫まで減ってしまい、逆に害虫が増えてしまったという話でした。虫を退治するのは、そう単純じゃない。そう気づいてから、私はずっと、虫とどううまく付き合うかを考え続けています。

――害虫対策をしなかったら、作物はどうなるんですか?
まともに収穫することは、まず不可能でしょうね。過去にさかのぼっても、対策なしで作物を満足に育てられた試しは一度もないんです。それこそ昔は、害虫や病気の大発生で作物が穫れずに飢饉(ききん)が起きて、人が亡くなることもありました。近年の調査・研究によると、対策をしないと収穫がほぼゼロになってしまう作物もあります。たとえばリンゴは、何も対策をしなければ、収穫量は最大で9割も減るというデータがあります。
――そんなにダメになるんですか?
はい。果物は、とくに深刻です。食べる部分そのものが、虫にやられてしまうからです。葉っぱなら、少しかじられても、その葉を落とせば済むかもしれません。でも、実そのものに傷がついたら、もう売り物になりません。しかも果物は「木になる作物」なので、一度虫が住みつくと、ずっと付き合うことになる。野菜やお米のように、収穫のあとにリセット、というわけにいかないんです。
農薬を使用しないで栽培した場合の病害虫などによる、収量と出荷金額の減少率(%)

気づいたときには手遅れ? 害虫が一気に増えるわけ
なぜ、害虫の発生がそんなに大きな被害になるのか。原因は「広がる速さ」と、その「見えにくさ」にあります。
――虫って、そんなに一気に増えるものなんですか?
はい。あっという間です。虫は世代交代がとても速くて、たとえばハダニという虫は、1か月で3世代も入れ替わります。ねずみ算式にどんどん増えていくんです。しかも、畑には同じ作物が、ずらりと並んでいますよね。農家さんには効率のいい栽培方法ですが、その虫にとって好物ばかりが並ぶ畑は、いわば天国。虫も効率よく栄養を取れます。それで爆発的に増えるんです。
――それだけ虫が増えるなら、気づけそうなものですが。
ところが、なかなか気づけないんです。害虫のなかには、とても小さいものがいる。さきほど話したハダニも、0.7ミリほどしかありません。葉っぱが少し白っぽいなと思って顕微鏡でのぞくと、その小さな虫が、びっしり群がっている。肉眼では、点にしか見えないんです。気づいたときには、もう手遅れ、ということも起きます。しかも最近は、温暖化の影響で、暑さに強い虫が増えたり、これまでいなかった虫が飛んで来たり。相手も、年々変わってきているんです。
栽培が安定しないと、何が起きる?
害虫や病気は、収穫量を減らすだけではありません。作物の「見た目」を変え、それが農家の手取りに直接ひびきます。
――多少見た目が悪くても、食べられれば問題ない気もします。
その気持ちは、よく分かります。でも実際は、見た目が悪いと市場に出せない、ということが多いんです。たとえば、みかんの表面が黒くなる病気があります。中身はまったく問題なくて、おいしく食べられる。それでも、見た目が悪いというだけで、値段が半分ほどに下がってしまう。こういうものを「見た目の病害虫」と呼んだりします。虫に食べられた跡のある野菜も同じこと。みなさんも、あまり手に取らないですよね。

黒星病にかかったナシ。売り物にならない
――それは、農家にとってつらいですね。
そうなんです。とれる量が減れば、当然、収入が減る。見た目が落ちても、値段が下がって、やっぱり収入が減る。加工用に回す手もありますが、そのまま売るより収入は下がってしまう。虫や病気の被害は、とれる量を減らすだけでなく、とれても農家の手取りをじわじわ削っていきます。だから、被害が出てしまう前に、しっかり守ることが大事なんです。
害虫を知れば、守り方が見えてくる!
では、どうやって作物を守るのでしょうか。清水さんが専門としている「総合防除」は、意外な発想から成り立っていました。
――どうすれば害虫をやっつけられますか?
そこが面白いところで、ゼロにしなくていい場合も多いんです。特定の虫を全滅させようとすると、どうしても自然環境に無理が出てきます。そうではなく、被害が出ない程度まで数を減らして、うまく付き合っていく。これが私の研究分野である「総合防除(IPM)」の考え方です。一つの武器に頼らず、あらゆる手段を組み合わせて対処する方法で、私はよくラーメンの「全部のせ」にたとえます。使える手を少しずつ全部トッピングして、残さず全部食べてほしいです。大盛りにする必要はないですよ。

経済的な病害虫防除の考え方。この考えの中で総合防除の実践が役に立つ
――どんな手段があるんですか?
害虫の発生源になる雑草を刈ったり、ネットで防いだり、栽培時期や方法を工夫をしたり、病気や害虫に強い品種を選んだり、農薬を使うことも一手段です。
面白いのは「天敵」を使う方法です。たとえば、ハダニという厄介な虫を食べてくれる、カブリダニという小さな虫がいます。もともと畑にいるこの虫に、うまく働いてもらうんです。私の推しでもありますが、梨農家さんのなかにはこの天敵にすっかりハマって、「うちで活躍している虫のことをもっと知りたい」と、顕微鏡を買う人までいるんですよ。

カブリダニ。ハダニを捕食する農家の強い味方
――薬をまくと、その天敵にも影響が出ませんか?
いい質問です。だから、薬の使い分けが大事なんです。私は、幅広い虫を一網打尽にする薬を「赤い薬」、狙った虫だけに効く薬を「青い薬」と呼んでいます。「青い薬」で天敵を残しながら害虫を抑えることができるんです。もちろん、「赤い薬」にも別のタイミングで活躍する機会がありますので、目指すところは「適剤適所」ですね。
それに虫の「くせ」を知れば、薬を使わずに防げることもあります。田んぼにすみついて稲を食べるスクミリンゴガイは、田んぼの面を平らにならすだけで、被害がぴたりと止まりました。相手をよく知ることが、いちばんの戦い方です。

頼れる農薬の使い方
天敵、ネット、栽培の工夫。数ある手段のひとつである農薬。では、農薬は、どんな役割を担っているのでしょうか。
――いろんな手段があるなら、農薬はなくてもいいのでは?
農薬も大事な武器の一つです。私は、病害虫対策をサッカーの「守り」にたとえます。虫や病気は、放っておけば、どんどん点を取られる。つまり、収穫が減ってしまう。農薬は守りをしっかり固めてくれる、とても頼れる選手なんです。守りが安定すれば、農家さんは、より多く穫る、よりおいしく作る、という「攻め」に力を注げるようになります。
――それなら、農薬を使うのがいちばん簡単なのでは?
そうとも限りません。農薬は使いすぎると、だんだん虫に効かなくなってしまうことがあります。だから、ネットや天敵など、ほかの手段と組み合わせながら、いちばん効かせたいタイミングを選んで、必要なときに、必要なだけ使う。農薬を長く大切に使うためにも、さっき話した「全部のせ」が有効なんです。そうやって、いろいろな方法を組み合わせながら、安定して作物をつくれるようにしているんです。

――最後に、この記事を読んでいるみなさんへ、メッセージをお願いします。
農業は、いろんな人が活躍できる世界です。生きものが好きな人も、機械が好きな人も、それぞれの得意を生かせる場所が、必ずあります。しかも、おいしいものがたくさん穫れれば、みんなが喜ぶ。こんなに気持ちのいい仕事は、なかなかありません。自分の好きなことや得意なことが、意外なところで農業につながっているかもしれませんよ。
清水さん、ありがとうございました。さて、いよいよ次回は最終回。ここまでたどってきた食の裏側、そして農業のこれからを、専門家とジャーナリストの対話から見つめます。(取材・文=マイナビ農業企画制作部)



















