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将来的な供給力不足を見据えてー。商社が挑む「北海道1,000haリンゴ産地化」構想

kawashima_reijiro

ライター:

将来的な供給力不足を見据えてー。商社が挑む「北海道1,000haリンゴ産地化」構想

2026年5月、北海道共和町で約4ha規模のリンゴ園が開設されたというニュースが目に留まった。注目したのは、北海道だからではない。ニュース末尾に記載された「2035年までに200ha、将来的には北海道で1,000ha規模のリンゴ産地化を目指す」という壮大な構想に目を奪われたからだ。海外需要を見据えた新たな産地づくり。その背景には、高密植栽培とスマート農業を組み合わせた、これまでとは一線を画すリンゴ生産の仕組みがある。TRAILIX(以下、トレイリックス)の挑戦を追った。

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海外需要を知り尽くした商社が農業生産に乗り出した理由

今回開設された園地は、将来構想に向けたスタート地点にすぎない。約4haの園地から始まり、2035年には200ha、その先には北海道で1,000ha規模のリンゴ産地形成を見据える。

この構想を描いているのは、2025年5月23日に設立された果樹生産法人「トレイリックス」だ。出資しているのは、西本Wismettacホールディングス株式会社(以下、Wismettac)と北海道共和町の農業法人ノルデックス株式会社(以下、ノルデックス)。ノルデックスはこれまで、米、メロン、さつまいも、大豆などの生産に取り組んできた。

一方、Wismettacは1912年創業の食品商社で、長年にわたり世界各地へ食品・青果を供給してきた。同社の事業は、単なる商社=輸出入ではない。アグリ事業部においては、調達、生産、品質管理、物流、販売までを一体で構築する「バリューチェーンオーケストレーター」として青果事業を展開し、国産青果物の輸出にも力を入れてきた。海外市場を知るからこそ、「売る」だけではなく、「つくる」まで担う。その発想から生まれたのがトレイリックスなのだ。

トレイリックス取締役の塩谷さん(左)と取締役副社長の内山さん。

「日本の青果を海外へ届ける事業を行ってきたなかで、生産側にも踏み込む必要があると考えました」。そう話すのは、Wismettacの事業子会社であるWismettacフーズ・アグリ事業本部生産事業グループ部長であり、トレイリックス取締役を務める塩谷吉郎(しおや・よしろう)さんだ。

Wismettacが生産に乗り出した背景には、日本産リンゴに対する海外需要の高まりがある。台湾、香港、タイなどでは品質への評価が高く、さらにベトナム、インド、インドネシアなどでも今後の需要拡大が期待されている。

一方で、国内のリンゴ産地では生産者の高齢化や減少を背景に園地面積が減少し、必要な数量を安定して調達することが年々難しくなっていた。

「人口やGDPの成長により、アジアマーケットでは今後も需要が高まっていく見込みです」。塩谷さんはこう説明する。もちろん、トレイリックスは青森や長野といった既存産地と競争しようとしているわけではない。Wismettacにとって青森や長野は今後も重要な調達先であり、その関係は変わらない。北海道での取り組みは既存産地を置き換えるものではなく、将来的な供給力不足を見据えて新たな産地を育てる挑戦である。

作ったものを売るのではなく、売れるものを必要な量だけ生産する。トレイリックスの取り組みは、川下(輸出販売)から川上(生産)へと逆流し、輸出という出口から新たな産地を設計する挑戦と言える。

北海道だから可能になる大規模リンゴ産地

年平均と季節ごとの平均気温の将来変化予測。上段は2℃上昇シナリオ。下段は4℃上昇シナリオ。左から年平均、春・夏・秋・冬の予測気温を示す(出典:文部科学省及び気象庁「日本の気候変動2025」詳細編

では、なぜトレイリックスは北海道を選んだのだろうか。大きな理由は、気候変動による栽培適地の変化だ。リンゴは冷涼な気候を好む果樹だが、温暖化によって国内の適地は徐々に北上している。さらに北海道には、広大で平坦な農地が存在する。これが大規模栽培を考えるうえでは大きな強みになる。

トレイリックスが拠点を置く北海道共和町は、札幌から車で約1時間半、新千歳空港から約2時間の距離にあり、リンゴ栽培の歴史を持つ余市にも隣接している。

「北海道は土地の条件が桁違いなのです。大規模化を考えた場合、平坦でまとまった農地があることは非常に大きい。既存の農地を果樹園に転用するだけではなく、耕作放棄地の整備も行います」。トレイリックス取締役副社長の内山和哉(うちやま・かずや)さんは、北海道で取り組む意味をこう説明した。

同社が見据えている1,000haという規模は、単に土地を広げれば実現できるものではない。そもそも果樹栽培は、剪定、摘果、防除、収穫など、多くの作業が人の手により支えられてきた。これを一体どのような仕組みで実現しようとしているのだろう。

1,000ha実現の鍵は「高密植栽培」とスマート農業技術の組み合わせ

トレイリックスが大規模リンゴ産地づくりの基盤として導入するのが、「高密植栽培」である。日本のリンゴ栽培では、現在も「マルバ台木」を利用した栽培が主流であり、これが国内では95%以上を占めると言われる。一方、アメリカやニュージーランドといった世界の主要なリンゴ産地では、高密植栽培が広く普及している。

高密植栽培とは、矮化(わいか)性の苗木を一定間隔で直線的に植え、単位面積あたりの樹数を増やす栽培方式だ。園地そのものを「効率的に作業しやすい形」に設計する。それが高密植栽培の肝だ。

「直線的に並んだ樹列、トレリスと呼ばれる果樹棚、作業動線の整理。これによって、防除や草刈り、将来的な収穫作業などを機械で行いやすくなります。高密植は収量を上げるだけではなく、機械化を前提にした栽培方式です」。内山さんはそう説明する。

しかし、この構想を実現するには、人手だけに頼る従来型の果樹経営では難しい。そこで重要になるのが、スマート農業技術の導入である。それにあたりトレイリックスは、北海道の果樹生産法人として初めて、農業の生産性向上を目的とした「スマート農業技術活用促進法」に基づく「生産方式革新実施計画」の認定を取得した。ポイントは、スマート農業技術を適用しやすい新たな生産方式=高密植栽培を採用した点だ。

導入したスマート農業技術の1つが、自動操舵トラクターである。果樹園では、防除作業の精度や効率が大きな課題になる。従来の園地では、樹形が複雑で機械作業が難しい場合も多い。しかし、高密植栽培では樹列が整理されているため、大型機械を活用した作業体系を組みやすい。

「今回、定植では溝を掘る作業にも使いました。作業機を変えれば、防除や草刈り、将来的には収穫物の運搬など、いろいろな作業に展開できます」(内山さん)

海外の先端技術をコンサルタントから学び日本化する

ニュージーランドの農業コンサルタントと契約して、定植計画・剪定・誘引の仕方など、栽培全般にわたって助言を受けながら、技術を習得している

トレイリックスのもう一つの特徴が、海外コンサルタントとの連携である。同社は、ニュージーランドの農業コンサルタント会社から技術指導を受けている。ニュージーランドは、世界有数のリンゴ輸出国であり、大規模で効率的な果樹経営が行われている。

ニュージーランド型の大規模高密植栽培モデルを日本の気候に合わせて適応させようと試みており、その象徴が、剪定や誘引といった果樹管理作業の「数値化」だ。

果樹栽培ではこれまで、熟練農家の経験や感覚に依存してきた部分が少なくない。例えば「どの枝を残し、どこに伸ばすか、そのためにどの枝を切るのか」といった判断は、その後の樹形や収量、作業効率を左右する。しかし、その判断は長年の経験によって培われるものであり、言葉やマニュアルだけで共有できるものではなかった。

この熟練者の頭の中にある判断を、いかに見える形に変えるか。トレイリックスが取り組んでいるのは、その作業の数値化である。

「樹形をどのようにつくるか、そのためにどの枝をどう管理するかという部分を数値化し、さらに一歩進めてマニュアル化することを目指しています。そうすることで、熟練者でなければできなかった作業を、一定の品質で再現できるようになります」(内山さん)

電化・自動化を見据えた展望

一方で、整枝作業を数値化・マニュアル化したところで、目指すゴールは1,000ha。この面積をこなすには、途方もない人手が不可欠である。そこで気になるのは、同社が将来的にどこまでの機械化、自動化を見越しているのかという点だ。

「現時点で導入しやすい領域は、草刈りや防除などの管理作業です。下草刈りは自律走行する草刈機がすでに実用化されています。ただし、果樹園は石や凹凸といった障害物があり、ゴルフ場のような環境とは異なります」(内山さん)

それでも、技術は段階的に進んでいると、内山さんは言葉を続ける。「現在、下草刈りは自動操舵トラクターで行っていますが、これは早期に代替できる可能性があります。続いて、農薬散布です。これは海外では社会実装されていますが、日本の園地に即導入するには、初期コストや仕様に課題があり、見極めが必要です」

そして長期的には、収穫や剪定、摘果といった、人に依存している作業へと、機械化・自動化が広がっていく可能性を見据えているという。その時、先述した作業の数値化・マニュアル化が生きてくるというわけだ。

この点についても内山さんは「あくまでも構想ですが……」と前置きしたうえで、特定の作業を機械に入力する、あるいは学習させることで、作業を人から機械へと置き換える未来を見据えているようだった。

さらにトレイリックスでは、将来的な電動農機の導入も見据え、太陽光発電の利用可能性についても検討している。大規模果樹園地では、農業機械、選果施設、貯蔵施設など、大量の電力を消費する。そこで、園地内でエネルギーを生み出し、農業利用につなげる構想だ。

「選果場の屋根への搭載は、中期的な計画として想定しています。また、昨今の問題となっている獣害対策設備と併用するなど、架台を園地の周辺設備と兼用する可能性も検討しています」。生産、選果、貯蔵までを一気通貫しているからこそ、効率化を突き詰めることができる。

目指すのは「北海道発の新しいリンゴ産地モデル」

トレイリックスが描く最終目標は、単にリンゴを大量生産することではない。海外市場で求められるリンゴの品質と量を把握し、そこから逆算して持続可能な産地の仕組みをつくることだ。

高密植栽培によって機械が働ける園地を整え、栽培技術の数値化・マニュアル化によって、これまで人の経験に頼ってきた作業を次の段階へ進める。その先にあるのは、人と機械が支え合う、新しい果樹産業の姿であるようだ。

2035年に200ha、その先に1,000ha。数字だけを見れば壮大な構想に感じるかもしれない。しかし、トレイリックスには海外市場という出口の情報があり、その需要に応えるための産地づくりに挑んでいる。

もしかすると何十年か後、小学校の社会の教科書に「北海道は輸出リンゴの大産地」と載る日が来るかもしれない。トレイリックスの挑戦は、北海道から新たな果樹産地の可能性を示す取り組みである。

取材協力・図写真提供:トレイリックス
参考:西本Wismettacホールディングスノルデックス

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