遊牧舎 秦牧場の秦寛さん(左)と中地由起子さん(右)
舎飼いの養豚に比べ、設備投資や糞尿処理などのコストがかからず、肉質のよい豚ができると近年その魅力が広まりつつある「放牧養豚」。元北海道大学の研究者で、定年後に「遊牧舎・秦牧場」を立ち上げ、放牧養豚を始めた、秦寛(はたひろし)さん。
前回の「動物と自然に暮らす牧場を作りたい」遊牧舎 秦牧場の放牧養豚【ファームジャーニー :北海道十勝】では、秦さんに放牧養豚にかける思いや、秦牧場ならではの肥育法についておうかがいしました。
今回は、秦さんとタッグを組んで、秦牧場のブタ「遊ぶた」の世話をしている中地由起子さん(なかちゆきこ)さんに放牧養豚に向き合う日々について、お話をおうかがいしました。
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生き物相手の仕事に終わりはない
写真提供:まぎぃ
北海道・十勝平野で放牧養豚に取り組む秦牧場。農業は全く未経験でありながらも、「動物が好き!」という一念から養豚に携わることになった中地さんは、現在、秦さんと二人で牧場運営にかかわるすべての業務をしています。
ブタに餌をやるという作業一つとっても、餌を配合してから運び、食べ残しを掃除する作業、残った餌を回収するなど、やるべきことはたくさんあります。そのほかにも寝藁の管理や、ブタの体のケア、ブタ同士の仲間割れなどが発生していないか、などの見回りもしなければなりません」と、中地さん。
それらの作業は、仕事というよりも生活そのものです。相手が生き物であるだけに、決められた時刻で終わりということはなく、臨機応変の対応が求められる日々だとか。
「最近は子犬を二匹飼い始めたので、そのしつけや世話も大変です」
それでも、毎日動物にかかわれる日々に、中地さんは忙しくも充実しているようです。
愛情たっぷりに育てたブタとの辛い別れも経験
写真提供:まぎぃ
養豚という仕事で辛いのは、いつか「出荷」という別れがくること。少しでもブタに落ち着いてもらって、穏やかに出荷するために、秦牧場では「パーティ」と呼ばれる独自の訓練を行なっています。
「出荷する際、ブタをトラックに積み込むのですが、普通はどんどんトラックに押し込むんですね。でも、そうしてしまうとブタにストレスがかかり、肉質にも影響が出てしまいます。出荷時のブタは200キロ前後と重いので、トラックの中で暴れたら大変です。そこで私たちは、できるだけブタが自然にトラックに乗るように日頃から訓練しています」と、中地さん。
その訓練とは、出荷台とトラックの荷台をつなげ、トラックの中にブタの好物の食べ物を置いておくというもの。ブタは好物を食べにトラックに乗り、また降りてを繰り返します。そのうちにトラックを怖がらなくなり、トラックを駐車すると、自然と乗ってくるようになります。
「こうしてトラックに慣れておけば、出荷のときも暴れることなく安全にトラックに積むことができます。屠畜場に着いても、自然にトラックから降りていくんです」
ブタは、出荷の最後まで穏やかに過ごしているとか。それは嬉しい反面、「心が痛むほどです」と、中地さん。
当初、「愛情を込めて育てたブタを、屠畜場に連れて行くことだけは、絶対にできない」と思っていたそうです。しかし、「私が育てたのだから、私が最後まで責任を持って彼らを連れて行かなくてはならない」と思い、自らが運転するトラックで屠畜場に向かいます。
移動時間はつらくて耐えられないんじゃないかと思っていたそうですが、実際には「ブタに対する感謝の気持ちと、無事に出荷できるありがたい気持ちで幸せを感じています」と中地さん。養豚者となり、命あるものをいただくことについて、日々思いを深めていっているそうです。
地域コミュニティの助け合い
写真提供:まぎぃ
育て上げたブタの出荷を経て、少しずつですがこの仕事に慣れてきた今、厳しい現実も見えてきました。
「一番気になっているのは、お金のことです。放牧地の購入や豚舎の改築、豚の導入などに毎月経費がかかります」
それでもなんとかやっていけているのは、「地域の先輩農家の方々の助けがあるからですね」と中地さん。農業は、その土地に根ざすもの。その土地の恵みを分け合う人同士の良好な関係が必要不可欠だと言います。
「正直、地域の小規模農家同士で物々交換をしたりなどの助け合いがなければ、生計は立てられません。食べるものを育てる者同士、お互いの苦労は手に取るようにわかります。新しい仲間に対し、先輩たちは寛容です。自分が育てた食材をお互いに分け合い、経験の浅い農家を助けてくれます」
農業という全く新しい世界に飛び込んで、地域のコミュニティが作る”農業独特のセーフティネット”を実感したとのことです。
「お金の面での不安はありますが、農業は、少なくとも食べるものだけはそこにある。それは気持ちの余裕につながります。そこが他の産業とは少し違うところだと思います」
遊ぶたの魅力を直接伝えることの大切さ
地域の助け合いの中、2017年1月から、毎月2頭ほど定期出荷を開始した秦牧場。今年の出荷は30頭を予定し、販売先の開拓が急務です。
手間をかけて育てる遊ぶたは、効率的に生産する一般的な舎飼い豚と比べると、価格で競争するには不利になります。だからこそ中地さんは取引先に何度も足を運んで、自分が育てた遊ぶたの魅力を直接伝えるようにしているそうです。
「先日、取引先のレストランでとてもうれしい出来事がありました。シェフの計らいで、遊ぶたを気に入ってくれたお客様と私を引き合わせてくれたのです」
お客様もシェフも、中地さんが語る遊ぶたの話にとても興味深く耳を傾け、ますます遊ぶたのファンになってくれたそうです。
写真提供:まぎぃ
最近は、「助けてもらっている近隣農家の方にも顔向けができるようになった」と中地さんは言います。
「いつか自分たちも恩返しがしたいと奮起してきました。最近になって初めて、ブタの餌となる副産物をいただいたお返しに遊ぶたを届けたときは、自分たちもやっと農家らしくなってきたと感じ誇らしかったです」そう語る中地さんの口調には、少しばかりの自信が顔を覗かせていました。
次回は、実際に遊ぶたを使った料理を提供しているシェフに、素材の選び方や生産者に求めることについてうかがいます。
※写真提供:遊牧舎 秦牧場、まぎぃ
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