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神話の国の伝統野菜を守る 脱サラして出西生姜の栽培を継承する農家【ファームジャーニー:島根県出雲市斐川町】

連載企画:ファームジャーニー

神話の国の伝統野菜を守る 脱サラして出西生姜の栽培を継承する農家【ファームジャーニー:島根県出雲市斐川町】

出雲大社へ奉納し神事に使われる「出西生姜」は、島根県出雲市の出西地区と呼ばれるエリアでのみ栽培されています。しかし高齢化のため、この生姜を栽培する農家はわずか5軒しかないとか。継承が危惧されている伝統作物を守ろうと立ち上がったのは、県外からやってきた小原さん夫婦でした。

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神話の国の伝統野菜を守る。脱サラして出西生姜の栽培を継承

出西生姜(しゅっさいしょうが)とは、島根県出雲市斐川町(ひかわちょう)の出西地区でのみ栽培されている特産品で、幻の生姜と称されています。在来種の出西生姜を栽培・出荷している農家に弟子入りし、栽培方法を一通り習得した後、2017年から本格栽培を始めたのが小原裕輔(こはら・ゆうすけ)さん、祐子(ゆうこ)さんご夫妻です。脱サラして新規就農に至るまでの経緯や、出西生姜栽培にかける思いをうかがいました。

「出西生姜」は幻の伝統野菜

神話の国の伝統野菜を守る。脱サラして出西生姜の栽培を継承

出西地区は、斐伊川(ひいかわ)川下流域の出雲平野に位置します。出雲風土記に「出雲大河、百姓(たみ)のうるほいの薗なり」と記されているほど、このエリアは、昔から鉄分やミネラル、滋養に富んだ豊かな農地でした。斐伊川は、「古事記」の中に出てくる出雲神話のヤマタノオロチやスサノオ尊にも由来がある神聖な川とされています。

この清い水が流れる出西は、「斐伊川おろし」と呼ばれる風が吹く、寒暖差が大きい独特の気候が特長です。そんな環境の中、斐伊川の下流域約2キロでしか育たないと言われるのが「出西生姜」です。幻の生姜とも称される出西生姜は、繊維が少なく柔らかみがあり、風味と香りが抜群で、ピリッとした辛みが特長です。

1960年代までは盛んに生産されましたが、他産地の安価な品に押されて生産量は激減。現在では、商業ベースで栽培する農家はわずか5軒。いずれも高齢化が進み、出西生姜の継承が危ぶまれる状況となりました。

命の尊さを伝える「農家」に

神話の国の伝統野菜を守る。脱サラして出西生姜の栽培を継承

そんな中、大阪市から斐川町にIターンして新規就農し、2017年から本格栽培に取り組み始めたのが小原さんです。

現在40歳になる小原さんは、大学卒業後、広告代理店に就職。5年ほど勤務した後、「人生で大切なものは何か」を考え、ある医師の生き方に感銘を受けて沖縄へ移住。八重岳の山頂にあるパン屋「八重岳ベーカリー」で、パンづくりや農業の手伝いを始めます。

その後、パン職人としての技能を高めるために、東京の天然酵母パンの老舗「ルヴァン」で4年間修行。結婚後、奥さんを連れて再び沖縄に戻り、「八重岳ベーカリー」の経営に夫婦で携わります。ところがその5年後、父がすい臓がんで急死。命の尊さと儚さに気付かされた小原さんは、「健康、食、健全な命とは何か」を自問自答したそうです。その結果、小原さんが行き着いた答えは、農家になることでした。

「真に人々を健康と幸せに導くためには、間接的な加工業では限界があると思ったんです。日本の食の現状と10年後の近未来、地球環境を想像したときに、自分も命を増やす一員にならねば、と思ったんです。そして『農家になる』と決意しました」

新天地を求めて日本全国を旅してまわる中、出西にある工房「出西窯」を訪ねたとき、たまたま「出西生姜」の存在と後継者不足の危機にある現状を知ったそうです。「なぜかそのとき、約400年以上も歴史ある伝統の種を守り継いでいくことに使命感を感じました」

そして2016年に出雲市へ移住し、斐川町でたった一人、出西生姜の在来種を育てている農家のもと2年間の栽培指導を受けました。そして2017年から、出西地区にある30アールの畑を住民から借り受けて本格栽培を始めたのです。

自然を第一に、伝統野菜を守る

神話の国の伝統野菜を守る。脱サラして出西生姜の栽培を継承

小原さんの農場の名前は「ゆうゆうだんだん自然農園」。小原さんの名前である「裕輔(ゆうすけ)」と、妻「祐子(ゆうこ)」さんの仲良し夫婦の愛称「ゆうゆうズ」と、出雲弁の「だんだん(ありがとうの意味)」を結んで命名しました。すべての人の健康と幸せの祈りを込めた名前です。

目指しているのは、「量より質」をモットーに、手間を厭わず、人ではなく植物を優先するという農業で、次の3つを心がけています。

1.草や虫を敵とせず、すべてを受け入れて生かす。

2.農薬や化学肥料・動物肥料は使わず、安心安全な土作りを行う。

3.地域の気候に合った在来種を継承栽培し、できる限り種を保存する。

神話の国の伝統野菜を守る。脱サラして出西生姜の栽培を継承

晩秋になると、翌年の種として生姜を収穫し、斐伊川の砂とすくも(米殻)と共に山室(山の穴)で保温、保湿して冬を越します。春になると、それを穴から出して、夏に栽培するというサイクルで、地域で長く栽培されてきました。

「出西生姜は、出雲大社へ奉納し神事に使われる、この地域で愛される伝統野菜です。後継者不足で継承が危惧されていいます。もしかしたら、10年後には出西生姜の栽培者は私一人になるかもしれません。そんな中で、今の私には、その重い責任を背負う気概と、継承し続けていこうという根拠なき自信だけがあります」と小原さんは笑顔で語ります。

また、縁があってこの土地に住むことへの感謝も忘れていません。

「歴史ある出雲の美しく豊かな自然環境や農村風景を、この土地に住む一員として守り、生かしていただけるご縁に感謝します」

夫婦の夢は、農家民宿

神話の国の伝統野菜を守る。脱サラして出西生姜の栽培を継承

自然に相対し農作業に没頭していると、瞑想のような心地よさが得られると同時に、たくさんのアイデアが湧いてくるという小原さん。「出西というこの地、そして出西生姜に誇りを持ち、慈しみ、そして次の世代につなぎ伝えることに使命を感じています」

小原さんの今後の目標は、自分のパン職人の経験や妻・祐子さんのフランス滞在経験などを生かし、いつかシャンブルドット(農家民宿)をつくるということ。

民宿を通して、世の中の価値観に左右されずに自分自身が本当に満たされて生きることの素晴らしさや、喜び、幸福感を人々に伝えたいと語る小原さん。

小原さんが会社勤めを辞めるとき、「人生で大切なものは何か」と問いかけた答えは、この地で見つかったようです。

(写真提供:ゆうゆうだんだん自然農園)

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