山形の「はえぬき」に秘められたポテンシャル
まず訪れたのは、東京・銀座にある「アロセリア ラ パンサ」。
「アロス(arroz)」とはスぺイン語でお米のこと。つまり、「アロセリア」はお米料理専門店です。
このお店でパエリアやメロッソ(カルドソ)に使っているお米は、なんと山形県産「はえぬき」。食べてみると、パエリアの表面は程よい焦げ目がついていて、中はしっとり。メロッソの米粒はぷりっとふっくら。煮込んでも粒が崩れていません。
店主のビクトル・ガルシアさんによると、「はえぬき」を選んだ決め手は、アルデンテ(少し芯が残った状態)とふっくら感のバランスの良さ。
「スペインのお米はアルデンテになる時間が長いのですが、米粒がどことなく崩れている感じがして、ぷりっとしていません。一方で、日本のお米はアルデンテになる時間が短く、アルデンテを一瞬で超えてしまうのですが、『はえぬき』は煮込んでもお米がべちゃっとならず、粒が際立ちます」。そうガルシアさんが言うように、一粒一粒に張りがあり、絶妙なアルデンテが楽しめます。
なぜ山形の「はえぬき」はこうした特性があるのでしょうか。東京・浅草のお米屋「隅田屋商店」の片山真一(かたやま・しんいち)さんに聞いてみると、「山形県は軟質米ができる土壌の地域。はえぬきは硬い品種のお米。柔らかい土壌で硬いお米を栽培することで、こうした特徴のお米ができるのでは」と教えてくれました。
ちなみに、東京・恵比寿の「マサズキッチン」でも炒飯に山形県産「はえぬき」を使っています。食べてみると、しっとりとしていながらも、一粒一粒がほろほろ。
「はえぬき」は山形県内で最も多く栽培されている品種(平成27年産)。どちらかというと業務用米として使われることが多かった品種でしたが、実は多くの汎用性が秘められていそうです。
お酒を造るお米でパエリアを作る
東京・月島のスペイン料理店「TabeLuna」がパエリアに使っているお米は、酒米で生産量トップの「山田錦」。日本酒を造るお米でパエリアを作る…なんとも意外な組み合わせです。
このお店ではこれまでスペインのお米を使っていましたが、2017年末から仕入れられなくなり、代わりとしてさまざまな日本米を試していました。その中で、東京・清澄白河のお米屋「ふなくぼ商店」から提案されたのが、山田錦でした。
山田錦は米の中心に「心白」という白い部分があります。心白部分はでんぷん粒が粗い、つまり隙間が多いため、麹菌が繁殖しやすく良質の麹ができやすい特性があります。だからこそ、酒造に適しているのです。
この心白がパエリアにも適していると考えたのは、ふなくぼ商店の店主で五ツ星お米マイスターの舩久保正明(ふなくぼ・まさあき)さん。酢を吸わせる鮨米や、吸水の早い時短調理米などの研究や実験の一環として、パエリアに酒米を使うことを提案したと言います。「心白には空洞があるため、お米の中に出汁が入りやすいのです」と舩久保さん。それはぜひ食べてみたい…というわけでTabeLunaで「魚介のパエリア」を作ってもらいました。
出汁を味わうためのお米という存在
食べてみると、魚介の出汁の濃厚な味わい。米粒を噛むたびに出汁の味がストレートに感じられます。ちなみに、TabeLunaのパエリアはアルデンテではないタイプ。「スペインでは必ずしもアルデンテではありませんので、アルデンテではない仕上がりにしています」と話すのは佐々木一寿(ささき・かずとし)店長。「パエリアは出汁を楽しむ料理なので、べたっとせずお米の味があまりしない山田錦は合っていました」と仕上がりに手応えを感じています。
これまでに試した日本米は「べたっとしてお米の味がするものが多く、出汁の味がお米の味に負けてしまいがち」(佐々木店長)だったそうです。ただ、山田錦はスペイン米と同じように作ると中心に芯が残ってしまうため、火加減や加熱時間を変える必要がありました。試行錯誤の末、ようやく山田錦パエリアが提供できるようになったそうです。
「スペイン料理は煮詰まった味を積み重ねていく料理。その典型がパエリアです」と佐々木店長。パエリアにとってお米はさまざまな食材の出汁を吸う、優秀な存在なのです。
さらに、日本米を使っているイタリア料理店や中華料理店を回ってみると、一気に料理を完成させずに途中で時間を置くという方法をとっているお店が意外と多いことに気づき始めました。前述のガルシアさんによると、スペインでも五分炊き、七分炊きにしておいて、注文が入ってから仕上げる店もあるそうです。それでもスペインのボンバ米は日本米よりもアルデンテに仕上がりやすいそうです。果たして、日本米でもリゾットや炒飯などがおいしく作れるのでしょうか。さらに調べてみました。