「おむすび結庵」が東京駅から撤退したワケ【後編】

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「おむすび結庵」が東京駅から撤退したワケ【後編】

連載企画:お米ライターが行く!

「おむすび結庵」が東京駅から撤退したワケ【後編】

最終更新日:2018年12月06日

東京駅のエキナカからおむすび屋「おむすび結庵」が姿を消してから2カ月。経営していた東京・清澄白河のお米屋「ふなくぼ商店」の舩久保正明(ふなくぼ・まさあき)さんにとって退店は後退ではなく前進のための決断でした。おいしいごはんを食べてもらうことが、農家を守り、若手農家を増やし、田んぼを守ることにつながる。舩久保さんには、「もう一箸食べてもらえるごはん」「記憶に残るごはん」を提供していくというぶれないビジョンがあるのです。

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大量炊飯でスキルやオペレーションを習得

「ふなくぼ商店」は一般客へのお米の小売りのほか、飲食店にもお米を販売しています。しかし、ただお米が売れればいいわけではありません。「お米は淡白なため非常に難しい食べもの。精米歩合(米の精白の程度を示す比率)だけでなく米肌の状態で吸水・加熱状態が変わります。わかった気になっていると、とんでもないごはんになってしまう。ごはんを飲食店ですべて80点以上に炊き上げてもらうのは大変なことです」と話すのは、店主の舩久保正明さん。得意先の飲食店の炊飯までをフォローするためのスキルやオペレーションを身につけて得意先に生かしてもらおうと、なんと自身で大量炊飯のお店を経営することにしました。それが、約15年前に江東区・佐賀町の米倉庫で始めたおむすび屋。「おむすび結庵」の先駆けでした。

結庵では羽釜で大量炊飯(写真提供:ふなくぼ商店)

「家庭用の炊飯器で少量だけ炊く場合、少しのブレが重なってもたいしたブレにはならない。でも、大容量で炊く場合は少しのブレが重なることでものすごい味の差になる。特に業務用は安い米というイメージがあるかもしれないけど、業務用ほどちゃんとした米を使わなければおいしく炊けません」。しかも、お米に対する知識を持っているだけでは対応できないのが大量炊飯の難しさ。「その日の気圧も違えば、湿度も違う。換気扇の状態、厨房の温度から、作業の時間帯によってガス圧も変わる。それを自分で体験しなかったら得意先においしいごはんを炊いてもらえないと思ったのです」。

「おむすび結庵白河本店」の「ねぎみそツナ」と「ほっくり鮭」のおむすび

そして、佐賀町のおむすび屋を経営して6年経った2009年、JRから東京駅におむすび屋の出店オファーを受けました。半年断り続けた末、当時のJR側の熱意に押されて出店を決意。東京駅構内に結庵をオープンしました。一方で、佐賀町のおむすび屋は閉店して、ふなくぼ商店に「おむすび結庵白河本店」として併設。結庵は2店舗での展開となりました。

そして、磨いたスキルやオペレーションは、得意先の飲食店に還元。炊飯サポート、マニュアル作り、寿司のシャリ切りなど、何度もとことん試作・検証を繰り返すなど、お米を提供するだけでなく、おいしいごはんを届けることに力を注いできました。

取引先の飲食店でのシャリ切り実験(写真提供:ふなくぼ商店)

そんな中、舩久保さんが1店舗目から関わってきた某チェーン寿司店は店舗数を増やし、ふなくぼ商店はその店だけで月1,000万円の売り上げがあった時期もありました。しかし、ごはんに対する方針が合わなくなった時点で、大口顧客であったにもかかわらず、1年かけて取引をやめてしまったと言います。「売り上げ」よりも「おいしさ」を目指す舩久保さんにとって、結庵もこれと同じ。「経営体制が変わってとにかく数字となってきた」(舩久保さん)JRからの撤退は、たとえ一等地であろうが惜しくはありませんでした。ただ、今でも結庵を目指して東京駅で途中下車するお客もいるそうで、「申し訳なく思います……」と舩久保さんは言います。

しかし、舩久保さんの思いはぶれません。「もう一箸食べてもらえるお米、おいしく満足してもらえるお米を提供することで、専業農家が経済的に成り立ち、若手農家が増える。販売量を増やしてもっと多くの頑張る農家さんのお米を契約していきたい」。結庵の撤退は決して後退ではなく、舩久保さんにとってはより目標に近づくための前進だったのです。

ふなくぼ流・お米農家との付き合い方

結庵のおむすびは東京駅では食べられなくなりましたが、ふなくぼ商店では引き続き、おむすびを販売しています。舩久保さんが満を持して結庵のおむすびに使うことを決めたお米は、秋田県・大潟村産「ひとめぼれ」。実はお米農家と出会ってから9年目にしてようやく取引が始まったお米でした。

2017年産の大潟村の田んぼ(ふなくぼ商店提供)

1年目、大潟村へ行った舩久保さんは水と土と環境を見て「ここでおいしいお米が作れるはずがない」と彼らの田んぼに入ることすらしませんでした。それからもなかなか舩久保さんが納得できるお米ができず、彼らもあきらめずに毎年挑戦し続け、とうとう8年が経過。そこで、9年目はふなくぼ商店の契約農家から種を分けてもらって栽培してもらうことに。その年の秋、田んぼを見た舩久保さんはようやく買い取りを約束しました。

ふなくぼ商店で販売しているお米。舩久保さんが2種類以上のお米を掛け合わせたブレンド米も。

舩久保さんの契約の方法は「俵数買い」ではなく、「田んぼ買い」が当たり前。つまり、作付けしてもらった田んぼのお米はすべて責任を持って買うということ。さらに、新品種の場合は「1、2年ではそれが本当に良い品種かどうかわからないから」と、4年間は必ず買い続けるなど、お米農家に寄り添った取引をしています。「自分が米農家だったら良い出来のときだけくれなんて無理ですよね」と舩久保さん。米農家も舩久保さんもおいしいお米を目指して真剣勝負。だからこそ、いろいろな米農家から売り込みがあっても、「軽い気持ちで手をつけられない」と舩久保さんは言います。

今では10数軒ほどのお米農家と契約して、東京近郊を中心に取引先の飲食店は80数軒。「月に2、3キロを食べる家庭で田んぼ1枚分を消費するには数千軒の家庭が必要ですが、小規模でも5〜10軒の飲食店が集まることで田んぼ1枚になります」。舩久保さんが飲食店の売り先を開拓するのは、売り上げを増やすためというよりは、あくまで田んぼの作付けを増やすためなのです。

ごはんの総合プロデューサー

農家の生産・乾燥調整、飲食店の炊飯だけでなく、お米屋として精米についても研究を重ねている舩久保さん。飲食店の設備とオペレーションを見て、品種や精米の仕上がり状態を変えて納品。精米機は中身を特注で製造してもらい、その年、その米の質、その米の状態によって精米歩合を変えているそうです。

「うるさい米屋」であり「米変人」であり「ごはんの総合プロデューサー」の舩久保さん

例えば寿司店ならば、その店の合わせ酢によってさまざまな米を炊いてシャリ切りして比べ、大将が求める理想の握りに近づける。例えば冬場に魚に脂が乗ってきた頃は、米の味が負けないように精米の仕方を少し変えるなど、適宜、微調整も行っています。
おいしいごはんを味わうためには、生産の現場、精米・目利きの現場、炊飯の現場は地続き。「素材4、精米保管3、炊飯3。これがすべて揃わないと難しい」と舩久保さん。ふなくぼ商店はごはんの総合プロデューサーなのです。

清澄白河の「ふなくぼ商店」には「おむすび結庵白河本店」があり、おむすびが購入できる。「海鮮かき揚げライスバーガー」やレンジアップでおいしく食べられる白ごはんなど新商品も展開。

「人は一度感激したおいしさは記憶に残ります。工業製品化されたものではなく、おいしいと感激してもらえるお米とごはんを提供する手伝いができればと思っています」と舩久保さん。お米の消費割合は中食・外食が増加傾向にあるなか、一人でも多くの人にごはんのおいしい体験を届けるために、舩久保さんは「うるさい米屋」として田んぼに入り、厨房に立ち続けています。

 
ふなくぼ商店

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