キョンとは
──石川さんはいすみ市でキョン対策に取り組んでいるそうですが、キョンとはどんな動物なのか教えてください。
僕は3年前にいすみ市の「地域おこし協力隊」(※)に採用され、有害鳥獣対策を嘱託されています。今、いすみ市で最も増えている野生動物がキョンです。キョンはかつて勝浦市にあった行川(なめがわ)アイランドから逃げ出したと言われており、現在も勝浦市と周辺の市町村に生息域を拡大中です。
キョンは中国南部や台湾で自然分布しているシカ科の動物です。成獣の大きさは体重9~10kgほどで、小型犬ぐらいです。
──なぜこれほどキョンが増えてしまったのでしょう。
警戒心が強いキョンは捕獲が難しく、また捕獲の担い手も少ないため、繁殖力の強さに追いつかず増え続けています。千葉県内で5万頭ほど生息しているのに対し、捕獲数は年間約2400頭(2016年度・千葉県環境審議会調べ)です。東京の伊豆大島でも約1万5000頭(2016年度・東京都環境局調べ)まで増えています。
──実際に起こっている農業被害は。
もともと草食動物のキョンは柑橘系の葉っぱが大好きです。他にも大豆の新芽を食べ尽くしたり、ハーブガーデンのハーブを食べてしまったり。ブルーベリーもやられています。
農家でも侵入防止に防獣ネットを張るなど対策をしていますが、オスの角がネットに引っかかってしまうケースが多々あります。農家の人から連絡が入ったら、僕たちが捕獲に向かいます。
難航する捕獲活動とハンターの減少
──生息数を減らすことが急務だと思われますが、現在の捕獲方法は。
捕獲方法はくくり罠(ワイヤーなどで足をくくって捕らえる罠)が主力となっています。住宅地近辺での捕獲要請も多いのですが、市街地では銃は使えません。箱罠も置いていますが、なかなか入りません。
猟友会で駆除をしていますが、若手のハンターが非常に少ないのが問題です。実際にキョンを捕っている40歳前後までのハンターは、自分を含めて3~4人ではないでしょうか。すばしっこく捕獲が難しいため、ベテランハンターにも敬遠されています。
──ハンターに敬遠されるなか、なぜ石川さんは積極的にキョン対策に取り組むのでしょう。
地域おこし協力隊に入る前、僕は戦場ジャーナリストや報道関係の仕事をしていました。やりがいを見失って悩んでいた時に、ふと思い立って狩猟体験ツアーに参加したんです。目の前で鹿が殺生されるのを見て、“命を奪う者”という自分の立ち位置を感じ、その場の空気にのまれました。戦場の前線でも経験のなかった感覚でした。あの鹿との出会いから、言葉では説明できない多くのことを学んだんです。
その後、東京からいすみ市に移住し、地域おこし協力隊で有害鳥獣対策を始めました。キョンのことを知ったのも、いすみ市に来てからです。動物の命と向き合うことの尊さや、追い込まれている農家さんを守る使命を感じて取り組んでいます。今年の8月で地域おこし協力隊の任期が終わるため、9月からは自分で事業をスタートします。
キョンの有効活用を通じて
──新たな事業の内容を教えてください。
ただ殺されるキョンの命を少しでも活用するため、革と肉の製品化を進めています。台湾では、貴重な自然資源としてキョンが重宝されてきた歴史があります。特に革は柔らかくきめ細かな質感から、赤ちゃん用品の素材として使われてきたそうです。
シカやヤギ、ヒツジなどの皮をなめしたものを「セーム革」と言いますが、キョンの革はセーム革のなかでも特別な高級品なのです。
僕もなめし業者の協力を得て、いすみ市で捕獲したキョンの皮なめしに成功しました。その革を使用してベビーシューズやキーケースを作るワークショップを開催したところ、若い女性や主婦に喜ばれ、大盛況でした。
キョンの肉も台湾では高級料理として食べられています。キョン肉は低温調理をするとおいしくて、特にローストは絶品です。今後は解体施設を設置し、キョン肉を流通させる計画もしています。
──革と肉の有効活用の他にも、なにか行う予定があるのですか。
定期的に狩猟体験ツアーを行う予定です。僕があの鹿に出会ったときのような場面に立てば、誰しも何らかの影響を受けるのではないかと。そんな体験を人々に提供できるなら、これこそジャーナリストとして人に伝えたいことだと気づいたんです。
今年の2月、地域おこし協力隊で1泊2日の狩猟体験ツアーを行いました。参加者に見学してもらいながら1日目に罠をしかけ、2日目の朝に見回りに行きました。解体にも参加してもらい、夕食は皆でジビエを楽しみました。
──それは貴重な体験になりますね。
今後は民間事業者として、キョン革を使った手作り小物のワークショップや、猟師の目線で動物の痕跡をたどる日帰りのハンタートレイルを定期的にやっていきます。
また戦場や報道の現場で培った経験も背景に、狩猟期間の11月中旬から2月中旬までは毎週1回のペースで、先ほどお話ししたような“深い気づき体験”をもたらす狩猟体験ツアーや企業教育研修を開催していくのが目標です。
仕事や人生に悩む人や気の弱い人、第2の人生を開拓したい定年退職者、そして女性や子供たちにもぜひ参加してほしい。狩猟を通じてキョンやイノシシなどの野生動物に出会い、自然に息づく「いのち」を感じ、「物事の本質に触れられる場」、「自分自身と向き合う場」を提供していきたいです。
写真提供:石川雄揮