農山漁村振興交付金による農泊の推進
農林水産省は農泊の推進のため、2017年度より「農山漁村振興交付金(農泊推進対策)」の公募を開始しました。これは、「地域の創意工夫による活動の計画づくりから農業者等を含む地域住民の就業の場の確保、農山漁村における所得の向上や雇用の増大に結び付ける取組までを総合的に支援し、農山漁村の活性化、自立及び維持発展を推進(※)」するものです。
ここで想定されている農泊による地域の活性化とはどういうものなのか、2つの事例をもとに見ていきます。
集落の消滅の危機から再生へ NPO法人集落丸山
2008年、兵庫県篠山市の丸山地区は消滅の危機に直面していました。丸山集落はもともと全戸で12軒の小さな集落でしたが、そのうち7軒が空家となってしまったのです。集落の消滅の危機を回避するために、何らかの手を打たねばならないと、住民たちが活動を開始しました。
集落丸山での農泊推進に大きく影響を与えたのは、関係者が参加するワークショップでした。集落を再生するために、集落住民、転出者、大学生、市の職員などが参加し、半年間で14回も開催。その結果、古民家を再生することで「集落の暮らし」を体験する宿泊営業を行う方向性を確認しました。
翌2009年、NPO法人集落丸山が発足。住民が主体となり、古民家2軒を宿泊施設として運営することに。また、連携する一般社団法人ノオトとLLP(有限責任事業組合)を結成することで、更にビジネスとして円滑な事業計画が推進されることになりました。
まずは、改修された古民家2軒を一棟貸しするスタイルでの宿泊場所の提供です。田舎の雰囲気と同時に高級感あるしつらえで人気となっています。
また、その他の空家でもレストランを運営するなど、有効活用がなされています。
有名なシェフを招聘して開店したフレンチレストラン「ひわの里」では、ジビエや地元食材をふんだんに用い、質の高い料理を提供しています。
こうしたサービスを確立することで、他の事業の発展にもつながっています。
都市住民向けの田んぼオーナー制度による米作り、黒豆栽培等の交流事業の実施により、2.1ヘクタールの耕作放棄地が完全に解消。移住者なども増え、かつて5世帯まで減った住民は、2017年には8世帯まで回復しました。
旅行者ニーズの変化に対応 信州いいやま観光局(長野県飯山市)
かつて主にスキー客で賑わっていた信州飯山。バブル崩壊後、スキー客の落ち込みと旅行者ニーズの変化への対応のため、夏場にも観光客の誘致をしようとグリーンツーリズムに取り組み始めました。
2007年には、飯山市内にあった斑尾観光協会、信濃平観光協会、戸狩温泉観光協会、北竜湖観光協会が合同し、飯山市観光協会として法人化したのです。同時に旅行業の登録も行い、自らツアーの企画や集客も行えるようになりました。2010年には財団法人飯山市振興公社とともに一般社団法人信州いいやま観光局を設立。さらに2011年には「飯山旅々。」という飯山での旅のプランを予約・申し込み・決済までできるポータルサイトの運営を開始しました。
2014年には翌年の北陸新幹線開業により観光客が東京から直接飯山駅まで来られるようになるため、観光案内所やアクティビティセンターの整備など取り組みを強化。2015年には飯山市インバウンド推進専門委員会を立ち上げ、JNTO(日本政府観光局)を活用した情報収集や長野県と連携した営業活動等のインバウンド対策に取り組んでいます。飯山駅観光案内所は「JNTO認定外国人観光案内所(カテゴリー2:少なくとも英語での対応が可能)」の施設となり、外国人観光客に対してワンストップでさまざまなサービスを提供しています。
信州いいやま観光局の成功のポイントの一つは、市外からの人材登用。旅行会社、ホテル、金融機関出身者が多く、彼らが飯山市の魅力を外部の視点で発見することで、新たなコンテンツの展開につなげています。
農泊を知ってもらうための取り組み
農林水産省では、農泊をさらに多くの観光客に利用してもらうための取り組みを行っています。
国内向けでは、都市部に住む親子の農泊体験が再現された動画を配信。家族での余暇の過ごし方として提案されています。
外国人観光客に向けては、外国人タレントやブロガー等を起用し動画の発信等に取り組んでいます。特に東南アジアで人気のタレント、エラワン・フサーフ氏が旅するテレビ番組「Japan Authentic」では、日本の農泊地域6ヶ所をめぐり、その魅力を伝えています。
これらの動画は、国内外に向けて農山漁村の新たな魅力を伝え、農泊をアピールすることを目的としています。
動画の視聴はコチラから⇒ 農泊を中心とした都市と農山漁村の共生・対流(農林水産省)
地域ぐるみの取り組みがカギ
紹介した2地域のほかに、農泊で成功している地域は多くありますが、「いずれも地域ぐるみで取り組み、その中での合意形成が不可欠だった」と農水省の担当者は語ります。「『農泊』はビジネスとしての裾野が広い。宿泊場所の提供、食事や体験の提供を一人で担うのは困難です。地域全体でコンテンツをしっかりと考え、どのように運営していくのかを考えることが重要です」
また、運営の中心となる団体のあり方も株式会社、地域創生を行うNPO法人等によるものなど多様です。地域の構成員だけではなく、外部から専門家を招聘するなど、より多様な人々が関わるようになっています。
これらの外部の視点を取り入れることで、「観光客のニーズに気づき、より質の高い観光資源として地域を磨き上げることにつなげていくことが必要」とのことです。
「農山漁村振興交付金(農泊推進対策)」の助成対象は多岐にわたり、体制の構築や施設整備、人材の確保にも活用することが可能です。農泊によって地域に仕事が生まれることで、その地域の自立的発展や農泊地域の所得向上につながることが期待されています。
「観光立国推進基本計画」(平成29年3月28日閣議決定)や「未来投資戦略2018」(平成30年6月15日閣議決定)などでは、「農山漁村滞在型旅行をビジネスとして実施できる体制を持った地域を平成32年(2020年)までに500地域を創出する」としています。農泊に取り組む多くの地域が持続的なビジネスとして農泊のコンテンツを磨き上げ、地域社会を活性化させていくための取り組みはさらに続きそうです。
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