農家民宿が盛んな福島県二本松市へ
9月のとある休日、JR東北本線の二本松駅に降り立ちました。福島県の中でも農家民宿の数が多く、受け入れ数も多いというこの町は、東日本大震災後、復興支援のボランティアや大学の研究者の宿泊の需要のため農家民宿が増え、現在では、一般の個人客や教育旅行などでの利用が中心となっています。
二本松の駅前まで迎えに来てくださったのは、今回お世話になる「農家民宿ゆんた」のホスト、仲里忍(なかざと・しのぶ)さん。10年ほど前に二本松市に移住し農業研修を経て新規就農。現在は有機農業に取り組む傍ら、農家民宿を経営しています。
今回のゲストは「STAY JAPAN(ステイジャパン)」という株式会社百戦錬磨が提供するWebサイトを通じて予約。日本語のほか英語や中国語に対応しており、「民泊コンシェルジュ」という集客サービスを利用すれば、細かなやりとりもSTAY JAPANのスタッフが代行してくれるため、ホストが外国語で電話やメールの対応をする必要はありません。
今回、ホストの仲里さんにはゲストの名前と年齢など基本的な情報が伝えられています。その情報をもとに改札から出てきた一人の青年に声をかけると見事に的中。本日のゲストの黄基城(ファン・ジチェン)さんです。笑顔であいさつを交わし、さっそく宿に向かって出発です。
駅から宿までは車で30分。地元のコミュニティバスは休日の運行をしていないため、ほとんどのゲストの送迎をしているとのこと。
運転しながら、仲里さんは今回滞在する二本松市の東和地区について教えてくれました。7年前の震災や原発事故のことにも話は及びます。黄さんは事前に現状を確かめたとのことですが、心配ないという判断をし、今回の宿泊を決めたそうです。
「震災の時、一番義援金をくれたのは台湾の方(※1)だったんですよね。ありがとうございます」と仲里さん。
※1 国別人口一人当たりの義援金額(日本赤十字社、2013年4月発表より)
今回の旅の目的は、ゆっくりと田舎で過ごすこと
農家民宿ゆんたに到着。立派な古民家です。
玄関の戸を開けると、薪(まき)ストーブやソファが目に入り、おしゃれでくつろぎを感じる空間が広がっていました。「一息つきましょう」とお茶を出してくれる仲里さんの様子は、お客様をもてなすというよりも友人を迎え入れるような雰囲気。
東京に住んで1年の黄さんですが、まだ日本語は勉強中。会話は分かりやすい日本語を選んで、お互いに理解できているか確認しながら進みます。
黄さんに今回の旅の目的を訪ねると「自分で野菜をとって、料理したい」とのこと。仕事は楽しく毎日が充実しているものの「たまには仕事を忘れて何も考えない時間が欲しい。ゆっくり自然の中で過ごしたい」と言います。
まとまった休みの時は日本各地を旅しているそうですが、ホテルではなく農家民宿に泊まるのは初体験とのことで、今回は「観光よりもリラックス」を求めての旅です。
さっそく、農業体験!
長靴を借りて、畑へ。夏野菜の終わりの時期、有機栽培の仲里さんの畑は虫や雑草も多いのですが、黄さんは特に気にしない様子です。
畑にはキュウリ、ナス、オクラ、インゲンにカラーピーマン。仲里さんは黄さんにナスのトゲに気をつけるように説明して、一緒に収穫していきます。黄さんはキュウリの実にもトゲがうっすらと生えているのを見て、「キュウリにトゲがあるなんて知らなかった」と感動しきり。
ホストの笑顔がゲストを呼ぶ
「なぜここを選んだのですか?」と尋ねてみると「写真で見た仲里さんの顔がとても優しそうだったから」と黄さんは答えました。
それを聞いて仲里さんは大笑い。「STAY JAPANに掲載する前に担当者の方が来て、上手に写真を撮ってくれたんですよ」と照れながら言います。
STAY JAPANでは、サイトに掲載する宿泊施設で担当者が事前に取材や撮影を行い、その施設やホストの魅力を最大限に引き出すページ作りをしてくれるとのこと(※2)。「紹介文も、担当者の方が全部書いてくれて、楽でした」と笑います。
※2 ホストが希望した場合のオプションサービスとなります。
そのほかに、東京から二本松までのアクセスも決め手だったとのこと。「東京から2時間で、乗り継ぎが1回で来られた」というのは、程よい距離感だったようです。
観光の目玉は東和サルスベリ園
仲里さんが「暗くなる前に宿の周辺を散歩しましょう」と誘ってくれたのは「東和サルスベリ園」。濃いピンクの花が常緑の木にたわわに咲く山道を歩くのは、ちょっとした運動になります。実は、この東和サルスベリ園は、仲里さんの隣人が何か観光の目玉になるものをと、退職金をつぎ込んで一株一株植えたものだそうです。
そんな説明を聞きながら歩いていると、植え込みの上から声をかける人が。サルスベリ園の主、大槻紘一(おおつき・ひろいち)さんです。
「春は花がいっぱいあっけど、夏とか秋はねえから、そういう時期に楽しめるもんにしたかったんだ」と言いながら、庭の柿の木からいくつも実をもぎ取って、手渡ししてくれました。黄さんに食べるように勧めると、その場でガブリ。黄さんには初めての体験だったよう。
自分で料理も非日常の体験
宿に戻ると夕食の準備。今回の農泊の目的を果たすべく、黄さんはとても積極的に手伝います。自分で収穫したナスにきれいに隠し包丁を入れる、丁寧な仕事ぶりです。感想を聞くと「人と一緒に(何かを)することがうれしい」と、交流そのものを楽しんでいる様子が伝わってきました。
夕食はコタツで。南国出身の黄さんには初めての体験です。昼間に収穫した野菜が料理になって、テーブルいっぱいに並びます。
黄さんに、台湾にも農泊があるかと聞いてみると、スマートフォンで台湾の農業体験のWebサイトをいくつか見せてくれました。こうしたサービスは、台湾でも人気とのことですが、黄さんは地元ではあまりそうしたサービスを経験したことはないそう。やはり、大好きな日本をより深く知るために、もっといろんな日本人と交流したいという思いもあるようです。
農泊ならではの交流を楽しむ
私たちが滞在した1泊2日の間に、仲里さんのお宅にはたくさんの来客が。「野菜がいっぱいとれたから持ってきた」というご近所さん、「お彼岸で墓参りに来たから、ついでに顔を見に来た」というお隣の息子さん。そんな急な来訪者とも自然に交流できる雰囲気があります。それがホテルへの滞在との大きな違い。すらすらと会話ができない黄さんも自然に会話に加わり、まるで久しぶりに会う親戚同士のようでした。
最後に、黄さんにこの滞在を楽しめたかと聞くと「もちろん」と答えてくれました。「野菜をとるのも料理をするのもとても楽しかった。いろんな人と会うことができたし、皆さんはとても親切で、リラックスさせてくれた。今度は台湾の友達を連れてきたい」
そして、別の地域にも興味がわいたようで、次の計画についても語ってくれました。「次は牧場にも行ってみたい。釣りやキャンプも楽しそう」と、すっかり農業体験や農泊の楽しさに目覚めた様子。
外国人が農泊に求めるのは、いつもの生活とは違う「非日常」。観光地巡りでは体験できない日本人の日常の暮らしを知り、その中に身を置いて人々と交流することこそが、農泊の本当の価値なのかもしれません。
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