生活者を味方に、社員にするという発想
この10年、スマートフォンの普及、デジタル化の進展に伴い、生活者が接触可能な情報は爆発的に増加しています。人々は「スルー」することに慣れ、押し付けられる情報には反応しなくなりました。一方で、消費者同士のクチコミや評判はかつてないほど力を持ち、友人知人の言葉は企業のそれの2.8倍以上の効力をもつという調査結果も出ています。

※図・出典:岩崎邦彦「農業のマーケティング教科書:食と農のおいしいつなぎかた」日本経済新聞出版社、2017年
情報発信の主体、商品価値を決める主体は、企業から生活者に移っています。これは農業者にとってポジティブな話です。農業マーケティングを成功に導くチャンスがここにあります。
以前は企業がしていた役割を、今は顧客にしてもらう必要がある時代です。従業員の役割は下がり、顧客は消費者ということだけでなく、体験者であり、共創者であり、イノベーターである、という役割にまで広がっています。農業者が負担するマーケティングにかかる労力や知恵を顧客に担ってもらう、生活者を巻き込み味方に、社員にしてしまうという発想が実現できる時代なのです。
直売所や観光農園はこれまでクチコミに支えられてきましたが、その中で一番大きいのは、テクノロジーの果たす役割が増えたことです。テクノロジーは生産に限った話ではありません。直売において、固定客がつき、売上が安定するまで8年かかっていたのを、1年に短縮する。
そういうことがテクノロジーを活用することでできるようになります。生活者、特に小さな子どもがいる親世代は、顔を見合わせるよりもスマホ上でのコミュニケーションが多くなっています。スマホの活用は、顧客層の若返りや拡大という効果にも期待できるでしょう。
大切なのは、顧客との関係構築の技術
農業マーケティングにおいて、もっとも大切なのは、効果的で効率的な顧客との関係構築の技術だと言えます。農業者と生活者との深いつながり(エンゲージメント)が重要です。売上の8割はつながりの深い2割の固定客から生まれます(パレートの法則)。つながりの浅い浮動層はなかなか居着いてくれず、安売りなどで簡単に離れて行くでしょう。
あなたは自分の農産物を購入してくれるのがどういう人たちか把握されているでしょうか。農業経営にマーケティングを取り入れるにあたり、まずはその実態把握から始めてみるのはいかがでしょう。ちなみに、直売所の地元顧客割合は6割、地方公共団体・第三セクターが手掛けるいわゆる「道の駅」でも4割は地元顧客のようです。

※出典:農産物地産地消等実態調査
地域や顧客との絆を深めることで、良いクチコミが広がり、地元で評判となり、それが全国や世界で通用するブランドになっていく。これが農業におけるブランディングの最善の方法だと考えます。まず地元の人が好きになって、そこから外に伝えていく形が好ましいです。
マス広告に頼らず、値下げもせず、ローカルで、商圏の中で、確実なブランドづくりを行う。そのような企業のやり方は農業マーケティングにおいても参考になる部分が多いでしょう。
繰り返しになりますが、重要なのは既存の顧客を大切にすることです。自分に時間とお金を費やしてくれている相手に「あなたは大切な方です」と伝え、お得意様として自覚してもらうことです。具体策として、その方との接触頻度を上げることは有効です。対面では限界があることも、テクノロジーを活用することで、効果的に効率的に、実現していくことができるようになります。
お得意様をつくることが、新規顧客獲得にもつながる
マーケティングにおいて、既存顧客を維持するコストと新規顧客を獲得するコストとは5倍違う、というのが一般的です。これは「1:5の法則」と呼ばれ、新規顧客の獲得以上に、既存顧客の維持を重要視すべきという考えです。
既存の顧客を大切にするというのは、農業者にとって受け入れやすい考えだと思います。
そのように顧客からお得意様をつくることは、新規顧客の獲得にも良い影響を与えます。人は価値観が近しい人が好むものを好む可能性が高いと言われます。10人の顧客がいて、彼女たちが身近な5人にオススメすれば、50人になります。
その彼女たちがまた5人に言えば250人のお客さんになります。小規模直売では、毎週30人の顧客がいれば経営が安定すると言われるそうですが、そのために必要なお得意様は1人か2人ということになります。それがスマホでのクチコミに積極的な人だと、なお良いでしょう。
「ここのを食べたら、よそのはもうダメなのよ」と言ってくれるお得意様=ファンを1人つくることをまずは目指してください。それができれば農業マーケティングは半分成功したようなものです。
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