日本酒がピーチティーやレモンティーに
千葉さんがちろり(お燗用の容器)から脚の長いカクテルグラスに注いだのは、まるでビールのような液体。澄んだレモンイエローの上に、もったりとした白い泡が乗っています。
飲んでみると、ほのかに甘味のあるピーチティー。
ところが、この正体は日本酒でした。
千葉さんによると、使っているお酒は、秋田県「新政(あらまさ)酒造」が、千葉さんが店主を務める飲食店「GEM by moto(ジェムバイモト)」のためだけに造ったオリジナル「木桶(きおけ)仕込元禄酒オーク樽(だる)貯蔵」。酒米は「あきた酒こまち」。オーク樽で貯蔵されたお酒です。
このお酒にブレンドするのは、佐賀県嬉野(うれしの)市産「紅ほうじ茶」。ただし、「お茶と日本酒を液体同士でブレンドさせるのではなく、茶葉と日本酒だけ」(千葉さん)。その方法は、お燗につけて43度くらいまで上げたお酒に、ティーバッグの茶葉を30秒ほど漬け込みます。その後、氷水で13度くらいまで急冷。途中で良い香りになったら茶葉を外し、口あたりを良くするためにミルクフォーマーでホイップします。
この組み合わせに到達するまでに千葉さんが試した茶葉は100種類以上。日本酒との組み合わせは1000種類に及ぶそうです。
桃のフレーバーが入っているわけではないのに、桃の風味。ほうじ茶の茶葉をかじると、ほうじ茶の風味の中に微かに桃のような風味があるような……。
「これをかじって飲んでみてください」と千葉さんが出してくれたのは、黒胡椒のようなもの。日常的に料理に使う黒胡椒に比べて、しっとりとしています。
「台湾の山胡椒です」と千葉さん。かじってから、先ほどのお酒を飲むと、なんとピーチティーがレモンティーに変わるという衝撃の体験が待っていました。
口内調味で日本酒がショコラに
次に千葉さんが選んだのは、透明感のある黄色い日本酒。富山県「桝田(ますだ)酒造」の「満寿泉(ますいずみ) 貴醸酒」で、原料米は「山田錦」です。グラスに注がれると何かのカクテルのよう。「この色になるのは、たまねぎを炒めると茶色くなるように、日本酒のアミノ酸と糖分によって『メイラード反応』と『カラメル化』が起こっているためです。辛いたまねぎも炒めると甘くなるように、酒も甘くなります」と千葉さん。飲んでみると、たしかに甘い。とろみのある舌触りで、きれいな甘さです。
このお酒に添えられたのは、カカオニブ。発酵させたカカオ豆を焙煎・粉砕したものです。かじってみると、ビターなカカオの風味。そして、お酒をひとくち。すると、なんと口の中でショコラになりました。
「口内調味」で日本酒がスイーツになるという新体験。乳製品が苦手な人でも、このペアリングならば気軽にショコラを楽しめそうです。
食後のカプチーノも日本酒
「“ブレンド”でもいいですか?」
千葉さんがそう言ってカウンターに置いたのは、マグカップに入った温かいカプチーノ。ブレンドコーヒーでなくカプチーノ?
マグカップで飲んでいるせいか、ほっとするような甘みと酸味が感じられます。泡は牛乳ほどのクリーミーさはありませんが、ソイラテのようなさっぱりとしたクリーミーさ。そして、後味にのどの奥からほのかな苦みがふーっと立ち上ってきます。
この正体は、やはり日本酒。そして、ビールでした。
「日本酒とビールを7対3で“ブレンド”しました。ビールを使うと泡が持続するだけでなく、タンパク質の成分が多いビールを合わせることで雑味や苦みが出ます」。お燗で63度くらいまで上げて、ミルクフォーマーでホイップすると、カプチーノの完成です。
言われてみれば、たしかにほのかな甘みのあるクラフトビールのような雰囲気の味も感じられます。
ところが、千葉さんが使ったビールは、ドライなビール。「日本酒が甘いので、ビールはうまみの強いものよりも、すっきりドライなビールのほうが合います。主張のあるクラフトビールを合わせてしまうと、日本酒の味が強調できないし、日本酒とビールをそれぞれそのまま飲んだほうがおいしいよね……となってしまいます」
日本酒は栃木県の蔵元「せんきん」の「Celestite(セレスタイト)~博愛と休息~」。原料米は、50%精米の「ひとごこち」。ワイン酵母で仕込み、バーボン樽(だる)で3年熟成したお酒で、これもGEM by motoのためだけに造られたオリジナルです。そのままで飲むと、【後編】の「仙禽(せんきん)」と同様に若干のヨーグルト感があります。
それにしても、ソイラテのような甘さとクリーミーさを感じるのは、なぜなのでしょう。千葉さんに尋ねると、「豆(ソイ)と麦(ビール)には共通の香りがあるから」。【後編】と【番外編】での体験を通してみて、「味わいは香りが8割、味が2割で決まる」という千葉さんの言葉に納得です。
日本酒で出会える新体験
お燗やブレンドやホイップなどさまざまな手法で千葉さんが生み出しているのは、「日本酒では出せない味」。
たとえば、【前編】・【後編】で紹介したように、桃やパイナップルなどの香りや風味が感じられる日本酒はあります。だからこそ、千葉さんは桃の香りを出すために日本酒に桃を入れたりしません。「赤ワインのタンニンは日本酒では出せないし、ホップの苦みも出せない。精米や洗米を甘くすると苦みが出たり、アミノ酸が多いと苦みは出たりしますが、ビールの苦みとは違います。茶葉のカテキンも日本酒では出せないし、胡椒やスパイスも出せません」。あくまで、日本酒で出せる味わいは日本酒だけで出すというスタンスです。
茶葉をお燗で煮出したり、ビールをブレンドしたり、蔵元にオークだるで熟成してもらったり。これは決して奇をてらっているわけではなく、千葉さんの「センス」を駆使して「サイエンス」によって裏付けした、日本酒の新しい楽しみ方の提案なのです。
千葉さんの体験を描いたコミックエッセイ「日本酒に恋して」(主婦と生活社)が11月30日に発売。日本酒にまつわる学びがたっぷりです。
「日本酒に恋して」著・千葉麻里絵/絵・目白花子
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