お米の磨きは米質や季節によって変わる
【精米編】では、一律に「外側に雑味があるから米を磨く」とは言えそうもないということが分かりました。
東京・清澄白河の米店「ふなくぼ商店」の舩久保正明(ふなくぼ・まさあき)さんは「3回で精米すると言っても、1回目、2回目、3回目のどこにウエートをおいて精米するのかによって、お米にかかる負荷も変わってくる」と言います。

精米した山田錦の状態を拡大鏡でチェックする舩久保さん
舩久保さんによると、【精米編】で精米した山田錦はぬか層が厚くて硬かったため、圧力をかけると熱の問題が出てきました。そこで、舩久保さんは改めてウエートを変えて精米してみました。
【精米編】では、1回目と2回目にはあまり磨かずに温度をおさえましたが、蓄熱によって3回目には温度が上がりすぎてしまったと舩久保さんは言います。そこで、改めて、92%まで磨いていた1回目にウエートを置いて91%まで磨き、2回目、3回目は磨きをおさえました。すると、米ぬかや米肌にわずかに感じられたえぐみがなくなり、甘さをより感じるようになりました。

舩久保さんが拡大鏡で見た1回精米後の山田錦(ウエート変更前)
「米質だけでなく、季節ごとに気温や湿度の変化、玄米穀温、精米穀温を見て精米を変える」「米肌の仕上がりによって吸水状態が変わり、蒸しに影響してくる」と舩久保さんが話すように、どの米にもあてはまる一律の“教科書”は存在しないのです。
磨きが少なくても透明感のあるお酒に
舩久保さんと同様に「雑味の原因は磨きではないのでは」と、福島県・会津坂下町の酒蔵「曙(あけぼの)酒造」の代表社員で製造責任者、鈴木孝市(すずき・こういち)さんも考えるようになりました。
鈴木さんは、そもそも酒造において米を磨く理由の一つとして、「栄養分が多すぎるので、もろみ(※2)の管理がむずかしい」と指摘します。「栄養分が多いと酵母が活発になって、お米のデンプンから作られた糖分を一気に食べてしまい、通常は25日ほどかけて醸造するところを10日程度で日本酒になってしまう。すると、味が単調でぎすぎすしたアルコールになってしまうのです」
曙酒造では「普通の酒造りではあり得ないくらいの低温」(鈴木さん)で発酵させているため、必ずしも磨く必要は感じていないと言います。具体的には、一般的に最高温度は12〜13度と言われていますが、曙酒造では12度を2時間キープした後は、急激に9度まで下げることで、活発だった酵母をしずめ、その後は低温でじっくりと醸していきます。

6度に保たれた環境でじっくりと発酵するもろみ
曙酒造が目指している日本酒は「うまみと甘みと酸味でバランスをとりながらも、凛(りん)とした透明感を大事にしています」。そのためには、酵母の管理が最も大事なのだそうです。「磨かないお酒は雑味があるとか苦味があるとか言われていますが、舩久保さんが雑味を減らしながらも低い精米歩合で磨いたお米を使って、透明感を大事にする曙酒造の低温発酵の造り方で酵母を管理しようという一つのチャレンジです」と鈴木さん。そうした造りによって、「舩久保さんが88%、86%で磨いた『瑞穂黄金(みずほこがね)』という品種の飯米(食用米)で、精米歩合65%の純米酒に遜色(そんしょく)ないお酒、ある程度透明感のあるお酒ができました」と言います。
※2 お米、麹(こうじ)、水、酵母を発酵させた、かゆ状の酒のもと。
雑味の原因はお米ではなく造り方?
舩久保さんが精米したお米で日本酒を造った鈴木さんは「今では雑味はお米由来ではなく、酵母由来だと思っています」と話します。「酵母由来の雑味や苦味というのは絶対的にある。酵母は麹がつくった糖を食っていく、かつ、たとえば糖分が濃いと酵母は自分で死んだり、酵母自身が出したアルコールの度数が高いと死んだりします。そうさせないために、低温発酵させること、糖が濃くなったりアルコール度数が高くなったら水打ちして糖を薄めたりアルコール度数を下げたりすると、酵母が発酵の最後まで死なずに済みます」と鈴木さん。酵母が途中で死んでしまうと、お米由来のアミノ酸が増えるのだと言います。「アミノ酸は度が過ぎると、雑味になります。酵母が死んでしまうような醸造をして、弱い酵母が出したアルコールと酵母の死骸によって雑味が出てしまい、ぎすぎすした酸が出てしまうのです」(鈴木さん)

底の白い沈殿物が酵母
鈴木さんによると、2018年産の東北のお米は天候の影響で全体的に溶けにくい傾向があると言います。無理やり溶かそうとすると、酵母に無理が生じてしまい、雑味があって味わいの薄い単調な味わいの酒になりがちなのだそうです。「お米由来のアミノ酸がうまみ成分としてきれいに出ると、ぎすぎすしない、良い余韻のある酸になります。酸にはいろいろな種類があって、酵母由来の酸もあれば、乳酸由来の酸もあれば、糖を消化していく中で出る酸もあります。その中でも一番良くない酸は酵母が死んでいくことによって出る酸です」(鈴木さん)
さらに、鈴木さんによると、一般的には、日本酒のアルコール度数を17、18%ほど出してから加水して、15、16%まで下げています。しかし、17、18%のアルコールを出そうとすると、酵母にストレスがかかって雑味が出やすくなるのだそうです。そのため、透明感を大事にしている曙酒造では、後から加水することはせず、原酒のみを造っています。さらに、最新設備を使って理想の蒸し米や麹などを作り、できた日本酒は徹底した温度管理も行うなど、酒蔵ででき得る限りの雑味の排除を徹底しています。日本酒は、お米の生産、精米、そして、醸造、それぞれの現場の技によって、味わいが左右されているのです。

曙酒造では2015年に蔵に最新設備を導入。そのうちの一つ、間接蒸気によってお米を蒸す機械は、たとえ硬質のお米であっても麹造りに最適な蒸し米に仕上げることができるという
お米の個性や味わいを尊重した日本酒造り
かつての鈴木さんは、「磨けば雑味は出ないし、酵母も優しくゆるやかにできるし、きれいな酒ができて楽」だと思っていたそうです。しかし、2011年に発生した福島第一原発事故後、鈴木さんの考えが変わり始めました。
事故直後、原発がある方面から避難してくる車列によって蔵の近くの国道は渋滞していました。そのとき、「生まれ育った地域で商売して生活して死んでいくのは当たり前だと思っていたけど、そうじゃない現実がすぐそばまで来た」と鈴木さんは振り返ります。この地域で商売できることは決して当たり前ではない。そう考えると、福島という地域が好きだということに改めて気づき、「地元に腰をすえてやるんだったら福島を見直そう」と思い直したと言います。そして、蔵で使っている原料米の産地を変え、地元産4割、県外産6割から、現在では地元産7割、県外産3割に。売り先も6割が県外でしたが、現在では7割が地元です。

洗米した舩久保さんが精米した山田錦。曙酒造の地元・福島県喜多方市の農家「やまだズ」で栽培されたお米
地元のお米を大切にしているからこそ、「お米の味」に対する疑問に打ち当たったのです。「ワインで『テロワール(※3)』『ドメーヌ(※4)』と言うように、ワインはたしかにその土地の味がします。ワインと日本酒の大きな違いは、アルコールを生み出すためにワインはそのまま果実の糖を酵母が食べてアルコール発酵していますが、日本酒は生米に水を入れて蒸かすことでデンプンがアルファー化され、そのデンプンを酵母が食べてアルコール発酵しています。さらに、できたお酒に加水する場合もあります。そうなると、『米の味って何だ?』と思うのです」。同時に、鈴木さんは「お米の味わいがまったく関係ないわけでもない」とも考えています。「お米の影響がゼロだったら米じゃなくてもいい。全体のお酒の味が10だとすると、米由来は2。水が2。設備が2。人間(造り手)が4です」
曙酒造では、2016年から舩久保さんが精米したお米を使った日本酒も造り始めました。2016年産のお米では精米歩合88%の瑞穂黄金、2017年産のお米では精米歩合86%の瑞穂黄金、そして、今回の2018年産のお米では精米歩合87%の山田錦。舩久保さんと鈴木さんは、酵母由来の雑味、保管による雑味をすべて排除した上で、精米歩合が80%台ほどと磨きの少ないお米を使って醸造することを通して、日本酒の雑味と言われているものが本当にお米由来なのか、雑味をお米だけのせいにしていないかを追究しています。「磨かないことで、磨く意味を探しているという部分もあります。磨くもの、磨かないものを見極めることができるようになったら、お米の味を最大限に引き出した酒造りができるのではないかと思っています」と鈴木さん。お米の個性や味わいを尊重した酒造りは2019年も続きます。
※3 ワインの味わいの決め手になるぶどう畑の土地の気候や風土の性質。
※4 フランス・ブルゴーニュ地方などでぶどう栽培やワイン醸造を行うワイン生産者。
【関連リンク】
ふなくぼ商店
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